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「すべてが自己責任の人に頼りづらい社会があるのではないか」。孤立する40代女性を描いて考えたこと

水上賢治映画ライター
「女たち」メイキングより

 現代を生きる女性ならば誰しもがいつ直面してもおかしくない現実を逃げずに見据える現在公開中の映画「女たち」。

 「一歩間違えばわたしも」と思わずにはいられない現代女性の心の叫びを描いた本作について、内田伸輝監督に訊くインタビューの後編に入る。

みなさんに伝えたのは、脚本は『ガイドブックです』ということ

 すでに各方面で大きな反響を呼んでいるのが、本作に出演する女優陣の演技にほかならない。

 結婚も仕事もままならず、介護疲れでギリギリの精神状態に追い込まれる篠原ゆき子が演じる美咲、その美咲の母で、身体が不自由でそのいら立ちもあり娘に罵詈雑言を浴びせる高畑淳子演じる美津子、そして美咲の友人で突然命を断ってしまう香織を演じた倉科カナらの演技に注目が集まっている。

 このすさまじい演技を引き出す上で俳優陣とはどういう話し合いがもたれたのだろうか?

「僕がみなさんに伝えたのは、脚本は『ガイドブックです』ということ。

 脚本をベースに、みなさんがまずは考えて感じたことを自由に出してもらいたかった。

 どんなシリアスな場面であっても、まずは俳優さんが生き生きと映っていなければならない。

 僕はいつも自分の仕事は、みなさんがいきいきと自由に演技ができる場を作ることだと思っていて。

 まずは、そういう場作りができて、みなさんいきいきとやってくれたのではないかと思っています。みなさん役柄としては苦悩していたと思うんですけど(苦笑)」

「女たち」より
「女たち」より

どんな演技合戦になるのだろうと、毎日ワクワクしていました

 女優陣からはいろいろと提案があったそうだ。

「みなさん、ほんとうにそれぞれの役に真摯に向き合ってくれて、打ち込んでくださいました。

 印象に残っているところだと高畑さんは、はじめの設定として半身不随だったんです。

 ただ、高畑さんが言語障がいでうまく話せないほうが、彼女の抱える怒りやもどかしさが出るんじゃないかといわれて、

 なるほどなと思って、いまの形になりました。

 倉科さんは読んで、もうショートカットと思ったそうで、ばっさり髪を切られて、驚きましたけど、香織という役にもうその時点で入り込んでいましたね。

 ほんとうにみなさん、自分でいろいろと考えてくださって、こちらが予想していなかったものを出してくださって。それが『なるほど』ということがほとんどでした。

 だから、僕はもうみなさんがどういうものを出してくれるのかを楽しみにし、その演技に修正点があれば伝えて、もう一度演じて頂きました。

 今日はどんな演技合戦になるのだろうと、毎日ワクワクしていました」

「女たち」メイキングより
「女たち」メイキングより

 その演技合戦でも、衝撃的なシーンとなったのが、篠原演じる美咲と高畑演じる美津子が取っ組み合いとなる場面。

 血を分けた母と娘の果し合いの一歩手間までいくこのシーンはどう監督の目に映ったのだろう。

「ほんとうにシーンとしてはシリアスなんですけど、僕自身はもうワクワクしながらみていました(苦笑)。

 このシーンは娘の美咲が母に手を挙げるシーンですから、篠原さんは最初から辛そうでしたね。

 演技とはいえ、篠原さんも役に入り込んで、高畑さんが実の母のようになっていましたので、苦しかったと思います。

 ただ、そこで高畑さんがさすが大ベテランなんですけど、助け舟を出したと言いますか。

 『遠慮はいらない、思いっきりやってくれて大丈夫だから』と篠原さんを萎縮させないように申し出てくださった。

 それで篠原さんがふっきれて、ああいう壮絶なシーンとして成立したと思います」

「女たち」より
「女たち」より

 倉科カナが演じた香織には、実は監督の知人の姿が重ねられているという。

「香織のように薬を過剰摂取して、亡くなった知人がいて。その死を自らの望んでいたかが判然としない。

 ただ、人ってふとした瞬間に、死が頭を過ぎるといいますか。

 歯車が狂って、もうどうにでもなってしまえと自暴自棄になってしまうところがある。

 そして、なんかそうするつもりはなかったのだけれど、一歩踏み外してしまって、それが死につながってしまう瞬間ってあると思うんです。悲しいことですけど。

 そのあたりを倉科さんはひじょうに汲んでくれて、香織という人物に常に漂っている儚さを表現してくれたと思います」

どこかすべて自己で解決しようとしてしまう、

自己責任が求められる頼りづらい社会があるのではないか

 主人公の美咲が陥っていく状況は、正しいことをしても報われない、現在の社会を物語っているように映る。

「美咲は、どんどん歯車が狂っていきますけど、最初の段階では社会や仕事にものすごいストレスや不満をもっているわけではない。

 母の介護にしても、嫌味をいわれながらも、親なので見捨てることはない。

 ただ、小さな不幸がいくつか重なって、心にどんどん余裕がなくなってしまう。

 そうなると周りがどんどんみえなくなって、実は救いの手が実は出ているのに見逃してしまう。もしくはその手を拒否してしまう。

 すると、自分は悪いことをひとつもしていない。にもかかわらず、なにも報われないと、どんどんなっていってしまう。

 そういう悪循環に、美咲ははまっていく。

 なんでそうなってしまうか考えたときに、やはりどこかすべて自己で解決しようとしてしまう、自己責任が求められる頼りづらい社会があるのではないかなと。

 そこを描きたいとは思いました」

「女たち」メイキングより
「女たち」メイキングより

 また、母と娘の関係という本作のキーポイントとなる点については、新たな関係の在り方を提示する。

「親にとってはいつまでたっても子どもは子どもで、子どもにとって親はいつまでたっても親。

 それが悪いわけではない。それでうまくいっている母と娘の関係もある。

 ただ、いま変わりつつありますけど、立場でいうと親が上で、子どもが下という考えがまだまだ強いと思うんですね。

 そこはもう少し変わってきていいんじゃないか、どちらがマウントをとるかではなくて、もう少し対等な立場で物事を考えたほうがいいのではないか。

 いまだとまだ子どもが親に感謝する意識が強い。もっとお互いがお互いを認めて、謝るときは謝って、感謝するときは感謝する。

 そういう関係に変わったほうがお互いに救われるんじゃないかなと思ったんですよね。

 なので、美咲と美津子の最終的な向き合い方はああいう形にしました」

無意識にしている差別みたいなことを今度は描けないか

 今回の「女たち」を経験したことで、こんな新たな発見があったという。

「前でも少し触れましたけど、自分はこういうきつい現状があることを知ってほしくて、そこを強調するためにあえてへたな希望や夢に逃げないでひとつの物語を描いてきたところがある。

 ただ、今回『女たち』を作っていく中で、たしかにいまの社会には逃げ場がないところがある。

 でも、きちんとみていくと、セーフティネットがあるんじゃないか、アクセスできないでいるだけではないか、と思うところがけっこうあって。

 これからはそういうところをきちんと見つめなくてはいけないと強く思いました。

 あと、今回、女性の生き方と向き合う中で、はずかしながら自分も知らないうちにしてしまっているかもしれない、女性に対する差別に気づかされたところが多々ありました。

 なので、無意識にしている差別みたいなことを今度は描けないかと考えています」

「女たち」の内田伸輝監督  筆者撮影
「女たち」の内田伸輝監督  筆者撮影

「女たち」

監督:内田伸輝

出演:篠原ゆき子、倉科カナ、高畑淳子、サヘル・ローズ、筒井茄奈子、窪塚俊介

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)「女たち」制作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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