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「作品と向き合う姿勢はデビューから変わらない」。アジアの名女優、グイ・ルンメイの現在地

水上賢治映画ライター
「鵞鳥湖の夜」で主演を務めたグイ・ルンメイ

 2002年のデビューから、着実にキャリアを積み重ねてきた女優のグイ・ルンメイ。今やアジアを代表する俳優として知られる彼女は、これまでジェイ・チョウ、ツイ・ハーク、ダンテ・ラムら名だたる監督の映画に出演してきた。

 最新出演作『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』は、昨年のカンヌ国際映画祭で、のちにアカデミー賞にも輝いたポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』にも負けない話題を集めた1作。2014年の『薄氷の殺人』に続きディアオ・イーナン監督との顔合わせとなった。

電話インタビューに応じてくれたグイ・ルンメイ
電話インタビューに応じてくれたグイ・ルンメイ

前作『薄氷の殺人』は大きな自信になりました

 はじめに彼女は、『薄氷の殺人』はかけがえのない1作であったことを明かす。

「映画業界に入って、20年近くが経つ私にとって、『薄氷の殺人』は、最も重要な経験だったといっていいかもしれません。なにより心を動かされた脚本でしたし、ディアオ・イーナン監督、今回も出演されている俳優のリャオ・ファンさんとの出会いが大きかった。

 ディアオ監督は『薄氷の殺人』を6~7年もの歳月をかけて、自分が満足できるまでとことん時間をかけて完成へ導いた。リャオさんも自分にすごく求めることがいっぱいある俳優さんで、演技ということに努力を惜しまない。ふたりとも、映画人として同じ道を進んでいる友達というか同志と思える存在に感じることができました。

 彼らの存在と出会うことで、私自身の映画に向き合う姿勢が間違っていない、そのことを確認できましたし、自分は俳優としてきちんと歩んでこれたと自信を持つこともできました

 極寒の中での撮影で、もう体は悲鳴をあげる寸前だったような気がします。でも、その中で、それを打ち消すような作品への情熱が、私にも、リュウさんにも、監督にも宿っていた。今振り返っても、美しい創作体験だったと心に残っています」

再度のオファーはうれしさとプレッシャーが半々でした

 それだけに、ディアオ・イーナン監督の作品へ再び出演するのはある意味、うれしさと不安が半々だったと明かす。

「『薄氷の殺人』を撮り終えたとき、いつかまたディアオ監督と一緒に作品を作ることを強く願いました。ただ、そのためには、自分自身ももっと演技者としても人としても成長しないといけないとも思いました。

 なので、『鵞鳥湖の夜』のオファーが来たときは、うれしかったんですけど、プレッシャーというか。緊張しました。ほんとうに自分は期待に応えられるのかと思いましたし、今の自分をみて監督は失望してしまうんではないかと、不安に苛まれました。

 いただいたリウ・アイアイという役も実に奥深い人物で。外見も職業としても、私にとってかなりの挑戦を要するものでした。時間をかけて準備して、ディアオ監督が満足できるようなところまでもっていかなければならない。心して挑まねばならないと思いましたね」

映画「鵞鳥湖の夜」より
映画「鵞鳥湖の夜」より

武漢での撮影、言葉から風俗業の仕事まで数えきれない準備が必要だった

 作品は、裏社会の縄張り争いに巻き込まれた挙句、警官を誤って殺してしまった男チョウが、命と引き換えに自らにかけられた報奨金を妻と息子に残そうと画策。リゾート地、鵞鳥湖の周辺を舞台に裏社会、警察、チョウとその家族と関係者を巻き込んだ危ういクライム・ストーリーが展開していく。

 ここでグイ・ルンメイが演じたのは、先で触れたようにアイアイ。彼女の職業は水浴嬢。鵞鳥湖で娼婦として生きている。あることから、彼女はチュウと行動をともに。いわば物語のキーパーソン、ある種のファム・ファタールとして作品の中で存在する。

「アイアイを演じ切るには、数えきれないほどの準備をしないといけませんでした。

 まず、ディアオ監督からは、言葉をマスターしてほしいと言われました。物語の設定は中国南部としているのですが、実際の撮影地である中国の武漢市の言葉を完璧にしてほしいと。『武漢の人間よりも武漢語がうまくなってほしい』と言われて、言葉が自分の演技をするときの障がいにならないように努力を重ねました。

 演技をするときに発音とかイントネーションとかを考えずに演技ができるようになるのが、まず目標でした。

 もうひとつ大きな準備は、風俗嬢の役でしたから、どういう仕事なのかきちんと正確に把握しなければいけないと思いました。それで、風俗業を観察するアイデアを出して、実際に現場を見てみたいと思いました

 そこでリウ・アイアイさんが暮らす村の中で実際に暮らしてみました。その社会で風俗嬢として生きる彼女がどういうことに恐れ、どういう生き辛さを感じ、どういう状況にあるのかを知りたかったんです。

 ディアオ監督の脚本を見て初めて水浴嬢のことを知って、ネットで調べたんですけど、さほど記事になっていない。ということで、実際に行ってみて、その仕事を観察して、あとはキャバクラで働く女性たちなどの生活や現状を参考にして、アイアイ役を作っていきました」

映画「鵞鳥湖の夜」より
映画「鵞鳥湖の夜」より

 演じる上ではこんなことを考えたという。

リウ・アイアイさんのような女性は、そうとう危険なところに身を置いていると思いました。私が見たニュースの中には、水浴嬢がお客にボートで深いポイントまで無理やりつれていかれ、性行為を強要された挙句、そこに置いていかれ溺死したという記事もありました。

 そして、水浴嬢になる人の多くは人生に多くの選択肢がない。法律の枠組みでは、もう生きていけない、だから人生自体で博打を売ってしまうような現実がある。こうした現実があることは知りませんでしたし、知って心が痛かったです」

ディアオ監督の作品は痛みを伴う。でも、なにかの核心を見ることができる

 こうしたいまある社会や生活の現実を突きつけ、浮き彫りにする物語は、ひじょうに痛みを伴う。でも、そのいまの現実からどこか目が離せない。単なるクライム・サスペンスで片付けられない奥深さが本作にはある。

「ディアオ監督の作品の魅力は確かに痛みを伴います。人間のできればみたくない醜さや愚かさ、欺瞞や愚行、そうした痛いところを突いてくる。そこを浮き彫りにすることで、物事の核心を突く。それはある意味、対象となる人間の誠意や優しさ、そういったことも照らし出すことになる。

 ですから、確かに痛みを伴うんですけど、同時にディアオ監督の作品はなにか得た気持ちになって映画館から出ることができるので、私は大好きです

映画「鵞鳥湖の夜」より
映画「鵞鳥湖の夜」より

作品と向き合うときの姿勢はデビューのときから変わっていない

 こうしてまたひとつ大きな役を終えたグイ・ルンメイ。デビュー作『藍色夏恋』で10代だった彼女も30代半ばを超えた。ただ、役者としての凄みを増しながらも、どこかその印象は新鮮で初々しさが残る。そのある種のフレッシュさはこんな姿勢からくるのかもしれない。

「私の一女優として変わらないことがあるとすれば、それは作品に向き合うときの姿勢です。私はひとりの役者として、いい脚本でありいい作品に巡り合うことを常に願っています。そして、その作品への出演を決めたら、観客がシアターに入って映画を観て『良かった』と幸福を覚えるような作品にしたい。そのためにベストを尽くすのみ。ひとつでもいい作品になるよう、あらゆることに手を抜くことなく熟考して時間をかけて役と向き合う。その姿勢はデビューのときから変わっていないと思っています

映画「鵞鳥湖の夜」
映画「鵞鳥湖の夜」

「鵞鳥湖(がちょうこ)の夜」

全国公開中

監督・脚本:ディアオ・イーナン

出演::フー・ゴー、グイ・ルンメイ、リャオ・ファン、レジーナ・ワンほか

ポスタービジュアル及び写真はすべて(C)2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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