「ブラック・ライヴズ・マター」運動が起きるいまこそ観たい1作も。無名の新人監督の気骨ある映画を存分に
映画界の黒子的存在として、日本で多様な作品と多様な映画作家を紹介しているのが「独立系配給会社」。彼らの存在なくしてミニシアターはこれだけ豊かな番組を編成できないと言っていいだろう。
いわば日本の映画の多様性を守る最後の砦である彼らが、このコロナ禍の危機を乗り越えようと「Help! The 映画配給会社プロジェクト」を始動。現在、13社が配給会社別にベストセレクションとも言えるような豪華な映画見放題パックの配信を始めている。
今回は、外国映画と日本映画ともに手掛ける配給会社「マジックアワー」の見放題配信パックをピックアップ。有吉司代表に話を訊いた。
無名の新人監督の尖った作品を日本へ紹介
今回のマジックアワーの見放題配信パックは外国映画に絞ったラインナップ。タイトルを見ると、本邦初登場となる海外の新人監督の作品が並ぶ。しかも、かなりチャレンジングかつ異能の作品がほとんどと言っていいかもしれない。ある意味、マニアック、でもはまるとクセになる作品ばかりだ。
「基本、無名の新人監督の作品ばかりです(苦笑)。並べてみるとけっこう、爽快で気持ち良かったりするんですよ。まあ、自己満足なんですけどね(笑)」
かつてアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥのデビュー作『アモーレス・ぺロス』やファティ・アキンの長編2作目『太陽に恋して』を買い付け
こうした若い海外の尖った才能を発掘して日本に紹介するようになったきっかけをこう明かす。
「もともと僕のキャリアは映画興行から始まっている。東京テアトルの劇場の現場に身を置いていたんですけど、わりと若いころから番組編成をやらせてもらって。そこをスタートラインにして次に配給や映画製作への出資といったことを始めている。独立した今もそのスタイルをほぼ継続している感じですね。
東京テアトル時代に、海外の作品を買い付けて劇場にかける配給を始めたわけですけど、当時から海外の若い新人の作品を発見することに関しては喜びがありました。たとえばアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥのデビュー作『アモーレス・ぺロス』やファティ・アキンの長編2作目『太陽に恋して』を買い付けましたけど、その後、彼らは世界的な映画作家に成長していった。ただ、公開の時点では私はテアトルを辞めてましたが(笑)。
海外の無名の新人を発掘する理由
このように自分が『これ』と思った、まだ未知の才能がどんどん大きく飛躍していく姿を見られるわけです。もしくはそうした才能にいち早く出会うことができる。
この海外の映画作家を見つけるのは本当に楽しいです。海外のマーケットに行ってそれこそ無数にある作品の中から、宝石になりうる原石を探し出す喜びがある。
あと、東京テアトルで買い付けをしていた20数年ぐらい前というのは、ミニシアターもいわゆるミニシアター系と呼ばれる映画もまだ活況だった。多くの人が足を運んでくれた。興行成績をある程度見込めるから、割と値段が高めの作品も買えたんですよ。
ただ、15年前ぐらいに独立してマジックアワーを始めたあたりから、いまコロナ禍でさらに危機が高まってますけど、そのころから、そもそもミニシアターの経営がなかなか厳しい状況になってきてしまった。東京テアトル時代は会社が出してくれるお金だったんですけど、自己資金となると買い付け予算はさらに限られる。
なので、実情を言うと既に名をあげた監督の作品は手が出ない。そこまで予算をかけられないのです。結果的に、いわばスタートラインに立ったばかりの映画作家の作品しか買えないというか。ぶっちゃけると、基本僕が買い付けている作品は安い(苦笑)。それで気づけば無名の新人、しかもあまりなじみのない国の監督たちの作品になっているというわけです。
ただ、安いからといって内容は決してお粗末ではない。自信をもって観客に届けたい無名の映画作家や、日本の発想には無いものの見方や視点に触れることのできる作品を紹介していると思っています」
近年は権力にくみしない映画を
作品選びについては、ここ数年、もうひとつ明確にある視点が加わったという。
「日本は現政権になってから、政治はもとより社会もひどい状況になってしまっているのではないか。長いモノには巻かれない、権力にくみしない映画を届けていきたいなと。
僕もいい歳なのでこの仕事をいつまで続けていけるのかはわからない。なので、少しでも世の中がいい方向に進むような作品を選んでいきたい。そういう意識があるからか、たとえばLGBTを主題にしたものだったり、差別や偏見を描いたものだったり、権力と対峙するような内容の映画がここ数年多くなっている気がします」
今再びみたい映画『私はあなたのニグロではない』
今回の見放題配信パックの中で、その表れの1作と言っていいのが『私はあなたのニグロではない』だ。『マルクス・エンゲルス』のラウル・ペック監督が公民権運動家で作家のジェームズ・ボールドウィンの未完の原稿を基に、アメリカの黒人差別の歴史に迫ったドキュメンタリー作品になる。
「アメリカで『ブラック・ライヴズ・マター』運動が起きて、その抗議は世界中に広がっていますよね。まさに黒人差別の問題の根源に迫っている作品なので、いま観てほしい1本です。嬉しいことにいくつかの劇場での再上映も決まりました」
そういう意味では、『NO』も同じくタイムリーな内容と言っていいかもしれない。1988年のチリを舞台とした本作は、ピノチェト独裁政権の是非を問う国民投票における反対派のキャンペーン活動が描かれる。それは、今回のコロナ禍で起きた給付金をめぐる件や、検察庁法改正法案の件など、民意が政府に突きつけた「NO」に重なる。
「いかにして独裁政権に歯止めをかけるのか?一般人が権力とどう闘えばいいのか?この映画は、その権力への立ち向かい方、立ち向かう手段があることを記している。公開した2014年でも好評だったんですけど、むしろいまのほうが現在の日本にも重なることがあって考えることが多い気がします。もう1度ちゃんと観てほしい作品です」
いつかラヴ・ディアスの8時間超えを上映したい
個人的なことを言わせてもらうと、やはりラヴ・ディアスの228分の大作『立ち去った女』。いまだよくぞ公開したと思える。
「ラヴ・ディアスはもう死ぬほど好きになったんです。観た瞬間に、これは『素晴らしい』と。でも、実はもともと買うつもりはなかったんです。
今回のパックに入ってますけどグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンというアイスランドの新人監督の青春映画『ハートストーン』を気に入って、セラー(映画の配給権を売る人)と話していたんですよ。そうしたら、そのセラーが『立ち去った女』も担当していて、『こっちもどう?』と。
正直いうと、『ハートストーン』だけでいいと考えていたんです、当初は。ラヴ・ディアスは素晴らしいけど、4時間近いし、劇場公開するには相当苦労するのが判っていましたから。でも、安くすると言ってくれてるし、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲っているし、ラヴ・ディアスの作品としてはとっつきやすい。ラヴ・ディアスの入門編として紹介するのはありかなと思って、結局買ってしまいました。
ただ、僕が本当に日本で劇場公開したいと思っていたのは、『立ち去った女』の前にラヴ・ディアスが発表した『痛ましき謎への子守唄』。8時間以上ある超長編ですけど、これがすさまじい傑作なんです。
ベルリン国際映画祭のコンペに出ていて、そこで観たんですけど、前半の4時間ぐらいで語られたあらゆることが、後半の4時間で見事に収束されていくんです。これをやりたい(笑)。ただ、『立ち去った女』が、興行は案の定惨敗で(苦笑)。でも、『死ぬほど好き』と言ってくれる人が結構いたので、ちょっと報われたかなとは思っています。ただし長さだけの問題じゃないですが、4時間でダメとなると、9時間の『痛ましき謎への子守唄』に踏み出す勇気を今は持てない(笑)。いつかやるかもしれないですけど」
大ヒットし損ねたのは冷房設備のせい??
劇場公開で想い出深い1作として『フレンチアルプスで起きたこと』をあげる。本作は、スウェーデン人一家がバカンスでフランスのスキーリゾートへ。そこの山際のテラスで昼ご飯を食べてたところ、目の前の斜面で雪崩が発生。家族は無事だったが、父親がとった行動が思わぬ波紋を呼び、泥沼の事態になっていく。
「この映画は大ヒットになり損ねたと言いますか(笑)。これ簡単にいうと夫婦ゲンカのお話で。なにか話題になるキャンペーンをやろうとなって、割引するので夫婦で観ましょうというのをやったんですよ。夫婦割引ですね。男の立場と女の立場でまっぷたつに分かれるような内容で、お父さんとしてはかなり気まずくなるので、本当はあまり夫婦で一緒に観ちゃいけない部類の映画なんですけどね(笑)。
それで公開が始まったんですけど、『なんじゃそれ』といった感じのタイトルに加え、夫婦キャンペーンが大成功。夫婦で観ちゃダメな映画として逆に話題になり、大ヒットと言えるスタートを切ったんですよ。でも、最終的には思ったほどのヒットにならなかった。なぜかというと、話題を集めてお客さんが入っていた最中、劇場の冷房が壊れちゃったんです。すごい夏の暑いさかりに。それで故障を直す期間、何日か上映中断になってしまった。そこで点きかけた火が消えてしまったんですね。上映再開したときはなにか熱が冷めてしまい、だいぶお客さんの足が遠のいてしまっていました。マジックアワー映画としてはまずまずヒットしたとも言えるのですが、幻の大ヒット作です」
波紋を呼んだ日本版ポスター
もうひとつ、『好きにならずにいられない』は劇場公開時にこんなことがあった。
「この映画もまずまずヒットしたんですけど、その要因が良くも悪くもポスターだったんですよ。
これはソフトのジャケットみてもらえればわかるんですけど、主人公フーシの上半身の画像にいろいろといたずら書きがしてある。これはデザイナーに頼んで作ってもらった日本版のポスター。オリジナルのポスターは、主人公のフーシの上半身は同じですが、背景は灰色の暗いトーンのポスターなんですよ。
要するに、風采の上がらない巨漢の男が立っているだけのポスターなんです。これはいくらなんでもと思って、43歳独身、オタクでもてないけど、人の痛みがわかるフーシの優しさみたいなものを表現したくて、このようなちょっとポップなテイストにしたんです。
ところが、一部で、このポスターが『ひどい』と。これは彼を冒とくしているっていう声がネットで出て。おまけにタイトルも原題は彼の名のフーシなんですけど、『好きにならずにいられない』とは何ごとだと。
僕としては不器用だけど愛さずにはいられない彼の人間性からどうかなと思ったんですけど、これもいくつかお叱りを受けました(笑)。
でも、そういうことがネット上で話題になる。面白い時代になったなぁと、今となってはいい想い出です」
アイスランド映画はこれからも注目したい
本作はアイスランドとデンマークの合作映画。ラインナップをみると、ほかにも2本アイスランド映画がある。また今回の配信パックには入っていないが、近年の配給作品をみるとフィンランド映画『トム・オブ・フィンランド』など、北欧の映画が多い。
「アイスランドは人口35万人ぐらいなんですけど、そこからおもしろい映画が続々と出ている。なので、映画祭に行ってもアイスランドの映画が上映されていると必ず観にいく習慣になっています。
北欧の映画が増えているのは、もしかしたら、個人を大切にする成熟した社会に対する意識の表れかも。いま北欧の国が幸福度ランキングで必ず上位に来ている。対して日本はどうか?社会や政治の在り方や個人の自由というテーマを前にしたとき、北欧の映画がひっかかってくることが多いですね」
今後についてはこう語る。
「まあ、続けられるだけ頑張って続けていこうかなと(笑)。
このあと、8月22日(土)から『僕は猟師になった』が公開されます。この作品は、京都で猟師として生きる千松信也さんのドキュメンタリー映画です。
それから今年の後半は、10月にイメージ・フォーラムで『靴ひも』というイスラエル映画を公開します。発達障害で40歳の息子と、昔その子と家族を捨てた身勝手な父親の話なのですが、かなり泣ける映画です。新人ではなくベテラン監督なんですけど、彼の作品が日本に紹介されるのは今回が初めてです。
それからそのあとに、『わたしの叔父さん』というデンマーク映画を公開します。こちらは昨年の東京国際映画祭コンペティション部門でグランプリを獲りましたが、とても有能な新人監督です。どちらも期待してください」
<マジックアワー見放題配信パック(10作品)>
https://www.uplink.co.jp/cloud/features/2537/
『馬々と人間たち』ベネディクト・エルリングソン/『私の、息子』カリン・ペーター・ネッツアー/『フレンチアルプスで起きたこと』リューベン・オストルンド/『好きにならずにいられない』ダーグル・カウリ/『灼熱』ダリボル・マタニッチ/『立ち去った女』ラヴ・ディアス/『私はあなたのニグロではない』ラウル・ペック/『NO』パブロ・ラライン/『僕たちの家(うち)に帰ろう』リー・ルイジュン/『ハートストーン』グズムンドゥル・アルナル・グズムンド
3カ月見放題 1,000円(税込み)
*8月31日まで販売(購入から3ヶ月の視聴可能)
<マジックアワー劇場公開新作>
『僕は猟師になった』
8月22日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
https://www.magichour.co.jp/ryoushi/
『靴ひも』
10月 シアター・イメージフォーラム ほか全国順次公開
https://www.magichour.co.jp/kutsuhimo/
『わたしの叔父さん』
今秋公開予定