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あの独裁者の名を子どもにつけるのはあり? ドイツから届いた名前論争コメディ「お名前はアドルフ?」

水上賢治映画ライター
映画「お名前はアドルフ?」より

 今回のコロナ禍で強いられた「ステイホーム」。出歩くこともはばかられ、旅行も買い物もままならない。自由に外出できない鬱憤とイライラがたまって、ついついパートナーと口論や口喧嘩になってしまった人は案外多いのでは?

 ドイツから届いた映画『お名前はアドルフ?』は、そんなコロナ禍でも起こっていそうなトーク・バトルが巻き起こるコメディ。その抱腹絶倒のやりとりを、思わず、自身の内輪もめと重ねてみてしまう人もいるかもしれない。

山中陽子代表 提供:セテラ・インターナショナル
山中陽子代表 提供:セテラ・インターナショナル

子どもにアドルフと名付けるって?

 配給を手掛けるセテラ・インターナショナルの山中陽子さんはこの作品を日本の観客へ届けたいと思った理由をこう明かす。

「まず『子供の名前をアドルフにする』というところからしてフックがあると思いました。

 キャッチコピーを『歴史とカルチャーで頭脳を刺激し、家族と現代社会を揺さぶる知的エンタテインメント!』としたのですが、単に笑えるだけのコメディではない。

 ささいなことで口論がはじまると、世界史論争となり、それがいつしか居合わせた人間たちの秘密の大暴露大会になってしまう。もちろんヨーロッパの文化を知らないとわかりにくいところはあるんですけど、理屈っぽい語り口の人物がいたり、逆に論法なんてどうでもよくて感情をそのままぶつける人物がいたりと、登場人物がいずれも『こういう人いるいる』と思える。

 あと、よく言われることですけど、ドイツ人の融通のきかない、まじめなところは、日本人にも通じるところがある。たとえば時間にきっちりしていて、会議は時間通り始まるとか。そういうドイツ人気質も、日本では共有できて楽しんでいただけるんじゃないかなと思ったんです」

もともとは世界中で上演されたフランスの舞台劇

 舞台はライン川のほとりにたたずむ大きな一軒家。家の主は、哲学者で文学教授のシュテファンと、国語教師のエリザベトの夫婦だ。

 この家にディナーでエリザベトの弟であり、不動産業で成功を収めたトーマスと、彼の恋人で女優のアンナ、そして、エリザベトの幼なじみで親友のクラリネット奏者、レネが集う。

 当初は、愉快な時間を過ごすはずだった。ところが出産間近のアンナの生まれてくる子どもの名前についてトーマスから出た言葉から論争が始まる。なんと彼は子どもに「アドルフ」と名づけるといいだすのだった!

 そう、ドイツで「アドルフ」といえば、もうおわかりのように「アドルフ・ヒトラー」。法律で禁止はされていない。でも、「なにを考えているんだ!」とアドルフの名前の是非を世界史、政治、宗教、芸術などあらゆる角度から検証する議論が勃発する。

 なるほど、ドイツならではの作品に思えるが、実は、もともとフランスの舞台から始まっている。

「脚本を書いたのはフランス人なんです。もともとフランスで舞台劇として上演されて大ヒットして、その後、ヨーロッパ中に飛び火して、各国で舞台化されたんです。ドイツ、イタリア、イギリス、その他、ほんとうにあらゆる都市で上演された。

 出演者も5人でワンシチュエーション。お芝居にしやすかったんだと思います。都合、40か国ぐらいで舞台化されています。

 それから、わたしもこの作品を配給することになってから調べて知ったんですけど、アジアの国でも舞台をやっていたんです。タイやシンガポールや、マレーシアといった国で」

映画「お名前はアドルフ?」より
映画「お名前はアドルフ?」より

 実は今回のドイツ版より前に映画化もされている。

「舞台が大ヒットしたので、フランスですぐに映画化されたんです。それからイタリアでも映画化されている。今回のドイツ版はそのあとなんです。

 実は、フランスで映画化されたとき、検討したんです。けれども、私の感想としては、スノッブになり過ぎているなと。少し教養や知識をひけらかすように映ってちょっと鼻につく。

 フランスでは大ヒットして400万人ぐらいの動員を記録したんですけど、わたしとしてはピンとこなくて見送ったんです。

 そうしたら、今度はドイツで映画化されたという話を聞いて、みてみたらおもしろい。嫌味な感じがしないし、構成もよくできている。

 ドイツ人じゃないとわからない笑いもあるのかなと思って、スタッフにみせたら、やはりおもしろいと。それで配給することを決めました」

名前をめぐる論争は日本も身近では?

 たしかにアドルフと名をつけるとなったところで、本気で議論が始まってしまう。この真に受けてしまうところは、日本人と一緒かもしれない。フランスやアメリカでは「なにを冗談を」のひとことで終わってしまうかもしれない。

 ただ、この名前というのはいい目のつけどころ。プレス資料にも書かれているが、一生自分についてまわるものなのに、自分では決められない。戦後、アドルフの名をつけるドイツ人はほとんど皆無ということだが、それ以前は人気の伝統的な名前だったという。

 この論争は、キラキラネームが珍しくなくなった日本でも実は日々起きていることなのかもしれない。そう考えると、ひじょうに親近感を感じるストーリーでもある。

名前の話はおもしろいですよね。見終わったあと、ちょっと自分の名前について改めて考えてしまう。誰かと一緒にみると、いろいろ盛り上がると思います。また、時代を振り返ることになるかも。時代で流行が変わりますもんね。一時期、キラキラネームが話題を集めましたけど、いままた古風な名前が流行りだしたりして。この作品をみると、いろいろと語りたくなる気がします」

最後は世の女性たち必見の大演説に!

 

 ただ、この作品の5人はアドルフ論争で話が終わらない。いつからか本音と建て前は抜き!それぞれがそれぞれに抱いている感情をぶつけあう事態に発展。しかも、とんでもない秘密まで明かされてしまう。この丁々発止のやり取りと予想外の展開は見てもらうしかない。

 そして、最後は永遠の命題ともいうべき男と女の違いへ突入し、エリザベトが大爆発する。これはもう世の中の女性たちは拍手喝采に違いない。

「わたしもほぼ納得ですね(笑)。超納得です。もうほんとにそのとおりというか。いやいや、あれはほんとにすっきりしました。

 ワンオペで頭にきている主婦の方も、働く女性もすっきりするんじゃないでしょうか(笑)。

 ちなみにこのエリザベト役のカロリーネ・ペータースは、もともと舞台女優をメインに映画やテレビでも活躍中とのこと。すごく存在感のある役者さんで、記憶に残ります」

映画「お名前はアドルフ?」より エリザベト役のカロリーネ・ペータース
映画「お名前はアドルフ?」より エリザベト役のカロリーネ・ペータース

世の中、暗いニュースばかり、少しでも気分が晴れてくれたら

 山中さん個人としての見どころをこう明かす。

「やはり俳優たちのアンサンブルですね。絶妙なあの掛け合い。ほんとうにドミノ倒しのように話が転がっていって、彼らの会話の中に自分もいるような臨場感で90分間があっという間に過ぎていく。そこを楽しんでいただけたらなと。

 あと、出ている役者さん全員が魅力的。中でも注目してほしいのは、問題の『アドルフ』発言をする、トーマス役のフロリアン・ダーヴィト・フィッツ。彼はドイツではスーパースターなんですよ。その才能は演技だけにとどまらず、監督業にも進出しているそうです。

 ちなみにわたくしどもが配給した『はじめてのおもてなし』にも出演していて、そこでもいい味を出しています。よかったら、こちらもご覧になってみてください」

 最後にこう言葉を寄せる。

「世の中暗いニュースばかりなので、少しでも明るい気分になってもらえればと思います。とりわけ40~50代ぐらいの年代の女性がみると、スカッとすると思います。逆に、男性は痛いところ突かれたと思うかもしれないんですけどね(笑)。でもとにかくこの会話は一見の価値ありますので、是非お見逃しなく。今年最高のドイツ映画です

映画「お名前はアドルフ?」より
映画「お名前はアドルフ?」より

「お名前はアドルフ?」

東京/シネスイッチ銀座、立川シネマシティにて公開中。

7月10日(金)より大阪/テアトル梅田、京都/京都シネマ、長崎/長崎セントラル劇場、

7月11日(土)より北海道/札幌シアターキノ、大分/シネマ5/シネマ5 bis、沖縄/桜坂劇場、

7月17日(金)より青森/フォーラム八戸、岩手/フォーラム盛岡、宮城/フォーラム仙台、山形/フォーラム山形、福島/フォーラム福島、兵庫/シネ・リーブル神戸、福岡/KBCシネマ、

7月18日(土)より神奈川/シネマ・ジャック&ベティ、宮崎/宮崎キネマ館、

7月24日(金)より山形/フォーラム東根、愛知/伏見ミリオン座、静岡/静岡シネギャラリー、香川/ホール・ソレイユ2、

7月28日(火)より神奈川/川崎市アートセンター アルテリオ映像館、

7月31日(金)より栃木/フォーラム那須塩原、佐賀/シアター・シエマ、熊本/Denkikan、

8月1日(土)より岐阜/シネックス、

8月8日(土)より青森/シネマディクト、長野/塩尻東座、

8月15日(土)より長野/長野松竹相生座・ロキシー、

8月21日(金)より静岡/CINEMAe_ra、

8月29日(土)より群馬/シネマテークたかさき、

9月4日(金)より佐賀/シアターエンヤ

9月12日(土)より三重/伊勢進富座、

10月2日(金)大分/別府ブルーバード劇場にて公開。

新潟・市民映画館シネ・ウインド、石川/シネモンド、岡山/シネマクレール丸の内、広島/夢売劇場 サロンシネマ1・2にて公開予定。

くわしくはこちらまで。

場面写真はすべて(C) 2018 Constantin Film Produktion GmbH

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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