高まるナショナリズムに警鐘を鳴らすデンマークの新鋭。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭より(1)

映画『陰謀のデンマーク』 ウラー・サリム監督 筆者撮影

 毎年7月に埼玉県川口市のSKIPシティで開催されている<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭>。現在、主流となったデジタルシネマにいち早く着目してスタートした本映画祭がメインに掲げる「国際コンペティション」部門には、実に多彩な作品が並ぶ。「よくぞ見つけてきた!」と言いたくなるような、ふだんなかなかお目にかかれない国の良作がノミネートされることも珍しくない。そして、映画祭に合わせて関係者が来日。注目の映画作家の生の声がきけるとともに、さまざまな国の事情を知ることができる貴重で有意義な機会になっている。

 また、作品クオリティの高さも確か。本映画祭での上映をきっかけに、日本公開の決まった外国作品も数多い。

 そこで、2019年の本映画祭で来日を果たした4人の映画人のインタビューを4回にわたって届ける。まず、1回目は同映画祭で見事に監督賞を受賞した『陰謀のデンマーク』のウラー・サリム監督に訊く。

ウラー・サリム監督 筆者撮影
ウラー・サリム監督 筆者撮影

 ひと言で表すならば、『陰謀のデンマーク』は、世界的に高まるナショナリズムに警鐘を鳴らす1作。現在の世界情勢で見過ごせない問題であることもあってか、映画祭でのQ&Aでも多くの質問が出た。ただ、ウラー監督はまず自身を出発点に生まれてきた物語だという。

「今回の長編を手掛ける前に、短編をいくつか発表しているのですが、それも実体験に基づいたところがあります。短編では家族のことを描いているのですが、今回、初長編に挑むとなったとき、家族というひとつのパーソナルなところから一段あがって、自分と社会という視点から、人と人との関わりを描こうと思いました。

 実際に僕個人が経験したことというのは、この作品にはありません。ただ、僕の考えや個人的な意見、映画作家としての姿勢はきちんと反映されています。この作品は僕が今の社会に対して日々感じていることであり、わたしたちの社会がどういう状況にあるのかを描いたと思っています」

ナショナリズムの台頭で、世界が再び分断の道を歩んでいるのではないか?

 作品は、コペンハーゲンで爆弾テロが起きてから1年後のデンマークが舞台。間近に控えた選挙で、極右政党の優勢が伝えられるところから物語は始まる。実際にコペンハーゲンで銃乱射事件が起きているが、それをベースにはしていないという。

「コペンハーゲンの事件に着想は得ていません。わたしたちが生きる現代の在り方についてまず考えました。ここ100年ぐらいの歴史を見ると、例えばデンマークにおいて100年前は女性に投票権はありませんでした。当時、男性と女性の間に能力の差はあったのでしょうか?あるはずないですよね。でも、女性に参政権がないということが、社会で当たり前とされていたわけですよね。なぜ、そうだったのか?それは、社会全体にそのような意識があった。女性に参政権など必要ないとみなしていた。

 じゃあ、100年経った、現代の社会はどうなっているでしょう?表向きは差別や格差についてどんどん是正されてきているとされている。ほとんどの国で女性の参政権はある。でも、成熟した社会になっているかというとかなり怪しい。

 たとえば選挙でわたしたちの投票によって選ばれた政治家が、いわゆるヘイトというものを公言し、差別を助長し、煽るようなことを平気でやる。それに感化されてしまう人間がいる。本来、あってはいけない人間の尊厳を著しく傷つけるような極端な思想が許されてしまう。市井の人々を守るはずの立場の人間が逆に傷つけるような行為に加担する。ひと昔前ならば、考えられなかったことです。

 ほんとうに成熟した社会にいまなっているのか?実は、ひと昔前と状況は変わっていないのではないか?ナショナリズムの高まりで、世界が再び分断の道を歩んでいるのではないか?そうした社会へ抱いた疑問点から、今回の物語はスタートしました」

 むしろ視野に入ってきたのは、現在、ヨーロッパを中心に起きている極右政党の台頭だという。

「実は6年前から、この作品は準備を始めています。そのとき、この脚本を関係者に見せると、『これは誇張しすぎているんじゃないか。現実離れした物語なんじゃないか』という意見の人が大半でした。

 ただ、僕としては、なにかこういう傾向に社会が進んでいっているのではないかという匂いを当時から感じていました。すごく嫌な匂いを感じ取っていたんです。『極端な思想が少しずつ、受け入れられはじめている気がする』と。

 それで、2年前に撮影に入ったとき、みんながなんていったかというと、『これはあまりに現実に近すぎるんじゃないか』と。

 つまり6年前に非現実だったことが今まさに現実に感じられるようになってしまったわけです」

 そんなスタッフ全員が既視感を覚えたという物語は、政権を奪還しようという極右政党、対立するグループなどが登場。権力闘争から、市民同士、コミュニティ間の対立、世代によっての意見の相違など、さまざまな争いが絡まり、ひとつの社会にハレーションを巻き起こしていく過程が克明に描かれる。

「今回リサーチを重ねる中で、わかったことがありました。実際は、自身の思想とかはあまり関係なく、自らに何等かの不条理なことであったり、脅威に感じることであったり、恐怖を覚えたり、権利がはく奪されたりする。何か自分の大切なものが突然奪われる。そういった経験が極端な思想に走る人の背景にあるということです

 つまり、いつだれがそうなってもおかしくない。これは他人事ではない。いつ自分の身におきてもおかしくないのです。

 歴史をみればわかることですが、いまに限らず、人間が極端なことに走るときは、これはデンマークだろうと日本だろうと実は同じで。やはりなんらかの危機を感じたり、目に見えない恐怖を感じると、つい極端な考え方に至ってしまう。ことの真偽を確かめないで、自分に都合のいいことを信じ込んでしまう。

 

 いまだったらフェイク・ニュースやネットの炎上がいい例です。ちょっとした発言や出来心の発信が一気に拡散されて、身に覚えのない人間が誹謗中傷にさらされたりする。あとになって誤りであることに気づく。

 人の心には弱さがある。その弱さにつけこもうとする人間が必ずいる」

映画『陰謀のデンマーク』より
映画『陰謀のデンマーク』より

 映画は、公正で良識ある人間までもが自制心を失ってしまう危うさを伝える。

「非常に極端なこと、とりわけ自分の大切なものを奪われる場面に直面すると、良識ある人間であっても理性を失ってしまう。人間の良心までも踏みにじる人間が政治で台頭してきている。そういう危うさを抱えた時代に入ってきていることを伝えたかったんです」

最悪のシナリオを提示している。でも、そこから何かが始まってほしい

 監督自身はこの物語にこんな思いを込めたという。

「ここで進展していく負のスパイラルはなかなか止まらない。おそらく多くの人が暗雲たる気持ちになると思います。

 この映画は、確かに最悪のシナリオを提示しています。未来に対して悲観的になる人もいることでしょう。でも、僕は信じています。反対の原動力にもなってくれるだろうと。世界がいい方向に進むよう。いいシナリオを描こうという人が出てくることを望んでいます

 本作は社会的なメッセージがつまった社会派映画であることは確か。ただ、そういったメッセージ色をおびながらも、エンターテイメント性あふれ、先の展開がまったくよめない一級のサスペンス劇にも仕上がっている。

「僕は自分のことをアーティストだとは思っていません。僕が大切にしているのは多くの人に届く物語であること。数パーセントの人にだけわかってもらえればいい。そんな難解な物語を作りたいとは思っていません。

 映画の作り手として商業的か芸術的か。どちらにも傾きたくない。目指すとしたら、映画の可能性、地平を広げることにチャレンジすること。自分の内なる声を大切にして、世界の人々に届く普遍的な物語を作り出したい」

 作品は、テロで始まり、最後は壮絶な復讐劇で終わる。字面で考えると、ものすごくベーシックなサスペンスに思える。でも、鑑賞した印象は痛烈で重厚な社会派ドラマにも、一級のエンターテインメントにも感じられる。

「いい映画というのはストーリーがシンプルであると思うんです。だけれども、登場人物の感情は複雑に緻密に描かれ、ひと言で言い尽くせないテーマが隠されている。そういう作品を常に作りたい気持ちがあります。僕の好きな映画作家もそうなのです」

 本国デンマークでの公開では、大きな反響を呼んだという。

「今年の4月に公開したのですが、ありがたいことにロングランの上映になりました。おおむね好評でした。まあ、政治家の中には『好ましくない』という人もちらほらといましたけどね(苦笑)。でも、かえってそのことがこの映画の成功につながったような気がします」

映画『陰謀のデンマーク』より
映画『陰謀のデンマーク』より

 本国での成功のみならず、本作はロッテルダム国際映画祭のコンペティション部門に選出されるなど、世界の映画祭をめぐった。初監督にして高い評価を得たウラー監督だが、映画の道へ進んだきっかけをこう明かす。

「いろいろなことが重なっていることは確かなのですが、中でも、世界に自分の声を届けられることは大きな要因のひとつといっていいでしょう。社会や世界の情勢を独自の視点から描くことができる。映画は物事を多角的に表現することができる。

 あと、単純に僕は本当に映画を見ることが大好きです。同じ映画を1日に2回見ることを続けている時期がありました。コレクターでいろいろと映画を集めてもいました。

 なので、この道を選んだのは偶然であり、必然でもあったといっていいかもしれません」

失敗というのは恥ずかしいことですが、自分を成長させてくれる

 影響を受けた映画作家を訊くと、こう明かす。

「ひとりに絞ることはできませんね。作品でいうと、『レイジング・ブル』ですね。何か新しいプロジェクトに入る前は必ず見ています。あとイタリア・ネオリアリズムであったり、フランスのヌーヴェルヴァーグにも大きな影響を受けています。日本の映画作家も見ていますし、もちろんデンマークの映画にも影響を受けています」

 映画作りのベースは、映画学校で学んだことが大きかったという。

「デンマーク国立映画学校に入学でき、ここで4年間過ごせたってことは僕にとって大きな経験でした。ここで、もう想定しうる失敗はすべてしてしまったことで、多くのことを学ぶことができました。失敗というのは恥ずかしいことですが、自分を成長させてくれます。同時に失敗を恐れることがなくなりました。常にチャレンジ精神で作品に取り組むことができるようになりました。

 これからも失敗を恐れずに、自分の声を大切にした作品をとことんこだわって作っていけたらと思っています」

映画『陰謀のデンマーク』より
映画『陰謀のデンマーク』より

場面写真はすべて(C)Henrik Ohsten