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中国で子供6人を産んで逃げ出した女性は救われたのか?

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国では男の子を重視する考えが今も残る(写真はイメージ)(写真:アフロ)

 中国ですでに女児6人を出産した女性に、夫は更に子供を産むよう求めた。女性は夫の下から逃げ出し、裁判所に離婚を申請したが、男の子を産むまで出産を続けるよう要求されていたという。男の子を重視する古い価値観が如実に現れたケースといえるが、離婚を望む女性に対し裁判所の下した判断は?

結婚前にすでに子供4人を出産

 湖南省の農村部、辰渓県の裁判所が扱った案件として中国メディアが取り上げた。6月6日に裁判所に離婚を申し立てたのは女性側。女性と夫が結婚の届けを出したのは2015年の3月だったが、女性はそれ以前にこの夫との子供を4人産んでいたという。子供は全て女の子。正式に結婚の届けが出された後、女性は更に双子を出産したが、またもや女の子だった。

 夫は、中国でしばしば使われる言葉で言えば「重男軽女」の考えが強かったという。つまり男尊女卑だ。女性は、男の子を必ず産まなければならないと夫から求められており、2019年10月に実家に逃げ帰った。そのまま今に至るという。

 このケースを裁判所はどう判断したか。

 裁判官は、女性が実家に逃げ出した後、自らの家庭には戻らないで、子供達の面倒を全く見ず養育費も払わなかった点に注目した。女性が子供たちに無関心で、保護者としての責任を果たさなかったとみなした。

女性裁判官の下した判断は...

 その結果、裁判所は女性に対し、家庭教育の知識を積極的に学び、保護者として未成年の養育や教育に責任を持つようなどと命じる「家庭教育令」を発した。女性が望んだ離婚ついては、子供が6人いることや夫婦の関係が決裂したことを証明するには証拠が不十分などという点を挙げ、却下した。ちなみに裁判官は女性である。

 裁判の後、女性は辰渓県の担当者の指導を受け、「同情すべき境遇ではあるが大人として責任を負い、自分がきちんとした家庭教育を受けてこなかったからこそ子供達をしっかりと教育して同じ轍を踏ませてはいけない」などと諭されたという。

出産の道具として扱われた女性

 裁判所の判断は家庭や家庭教育を重視する最近の国内のムードを反映した可能性もあるが、例え育児放棄の事実があったとしても、女性の人権という点ではこの判断に疑問を呈さざるを得ない。それは中国内でも指摘された。

 例えば中国メディア「極目新聞」の評論は、息子を産むまで出産を続けるように求められ、健康と感情が全く考慮されず出産の道具としてだけ扱われている結婚生活に、女性が失望し苦痛や恐怖を感じて逃げ出すのは当然だと同情する。その上で、裁判所が本当に家庭円満と子供たちの成育環境の改善を望むなら、男尊女卑の発想から妻に息子を産むように執拗に要求する夫を教育すべきだと主張した。

 習近平国家主席は、「家庭は社会の基本単位で、家庭の運命と国家や民族の運命は密接に結びついている」という考えを示しており、「時代や生活パターンがどんなに変わっても、我々は家庭建設を重視し、家庭を重視し、家庭教育を重視し、家風を重視しなければならない」と述べている。

 中国ではこうした指導者の方針が社会全体に染み渡るが、形だけの家庭や家庭教育を優先するあまり、誰かの人権が犠牲になるような状況は許されないだろう。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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