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中国で日本風の“夏祭り”中止に「和服を着るな」。歪んだ愛国主義が盛り上がる?

宮崎紀秀ジャーナリスト
日本の風物詩、夏祭りが中国では...(2022年8月1日東京都墨田区 筆者撮影)

 中国の南京で日本風の“夏祭り”と題されたアニメ・漫画イベントが予定されていたが、「歴史を忘れるな」などとネット民らの糾弾を受け、中止に追いやられた。その後も、中国各地で“夏祭り”が相次いで中止される事態となった。中国で、歪んだナショナリズムがにわかに高まっているようにも見え、不気味だ。

中国では日本の風物詩も歴史問題?

 中国メディアによれば、南京市で7月17日に“夏祭り”と称するイベントが予定されていた。メインは、アニメと漫画のイベントだが、イベントの案内によれば、日本の盆踊り会場を模したやぐらや日本風の鳥居を設置し、たこ焼きやおでんなどの販売も予定しており、日本の縁日さながらの雰囲気を醸そうとしたらしい。

 だが、このイベントが「国恥を忘れるな」「歴史を忘れるな」などのネット民らの大反対を受け、中止に追い込まれたという。

 南京は、日中戦争中の1937年に旧日本軍が市民らを殺害したとされる“南京事件”の舞台でもある。南京事件については、事件そのものや被害者数などを巡って諸説あるが、中国では、旧日本軍の侵略戦争中の蛮行として語られる。

 その都市ゆえに、日本風の夏祭りの開催はご法度というわけだ。南京では夏祭りの中止に続き、個人的な心情の理由から、旧日本軍の位牌を供養したとされる中国人女性が糾弾され、警察に身柄拘束される事件も起きた。7月、8月は先の戦争を想起させる機会が多い「敏感な時期」ゆえに、日本を糾弾する声も上げやすい。

日本風の夏祭りが民族感情を傷つける?

 話は、“特殊な土地”である南京だけでは終わらなかった。中国各地で予定されていた同様の“夏祭り”が相次いで糾弾と通報の対象になり、中止に追い込まれてしまった。

 一例を挙げれば、四川省攀枝花市。同市の文化・観光などを管轄する当局(以下文旅局)は、ネット民からの通報を受け、ホテルを会場にして予定されていたアニメ・漫画イベントでやはり“夏祭り”という言い方をしていたことが分かったという。その結果、ホテルは会場提供の契約を反故にし、主催者側もイベントを取り消したなどと発表している。同市文旅局は、今後、文化活動の管理や監督などを一層強化するなどとした上で、次のように宣言する有様だ。

「民族感情を傷つけるいかなる違法な文化活動も徹底的に取り締まる」

 実際にイベントを取り消したケース以外にも、通報を受けて地元当局が調べてみたものの、「該当するようなイベントは申請されていなかった」などという発表も複数ある。もはや魔女狩りの様相を呈している。

着物のコスプレを楽しむ中国の若者たち(北京で開催されたアニメ漫画イベント 2016年12月筆者撮影)
着物のコスプレを楽しむ中国の若者たち(北京で開催されたアニメ漫画イベント 2016年12月筆者撮影)

中国では着物を着るのもダメなのか?

 その一方で、参加者に「和服を着ないように」などと要求した上で、予定通り開催が可能となる見通しのアニメ・漫画イベントもある。

 それは寧夏回族自治区の銀川市で8月初旬に予定されているもの。このイベントの名称は、「“一帯一路”(寧夏)アニメ漫画祭」と、習近平政権が提唱する巨大経済圏構想の名を冠している。先に触れたように、主催者側は実施に向け「入場時の着装についての通知」を出した。

 「通知」の中で、主催者側は「中国の漫画と伝統文化の発揚に注力してきた」と主張。更に「公序良俗に影響を与え、中華民族の感情を傷つける内容を禁じる」とした上で、「和服およびそれから派生した服飾(例えば羽織)」などを着ないように求めた。また、「いかなる国の国章や国旗の着用や携帯」も禁じた。

 中国でもこうしたイベントにはコスプレーヤーは付き物だ。でも、着物姿のキャラクターを装うのは許されない。

見え隠れする歪んだ愛国主義?

 中国でも、若者の間では日本のアニメや漫画は人気だし、それらを通じて知った日本の文化をこよなく愛する人も多い。彼らに、いわゆる“反日感情”はほとんどなく、“夏祭り”は確かにイベントの売りにはなったはずだが、その日本を前面に押し出したやり方が、「敏感な時期」と相まって地雷を踏んだようだ。ただの「アニメ・漫画展」だったら、これほどまでの騒ぎにはならなかっただろう。

 中国では“愛国”と称して日本に関わるモノを大声で否定するような出来事はこれまでも起きてきた。だが、ほとんどの場合は、“愛国”や“反日”を傍若無人に振りかざす人を非難する理性的な声も、同時に上がる。

 ところが、最近はどうも様子が違う。日本の“夏祭り”を中止するのが「やり過ぎ」というメディアの論調やネット民の声はかき消されているように見える。国が強大になるに伴い、台湾問題などでも関係国を臆面もなく恫喝さえするようになった中国そのものの姿が投影されているようで、不気味だ。

 歪んだ愛国主義を膨らませたところで、最終的にそのツケを払わされるのは庶民だ。そのことを、庶民自身がなかなか気づかないのは、一党支配の国の不幸だ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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