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中国が「ゼロコロナは正しい」と喧伝するのは誰のため?

宮崎紀秀ジャーナリスト
コロナ拡大を受け首都北京でも対策が強化されている(2022年5月6日北京)(写真:ロイター/アフロ)

 中国は厳しい行動制限や大規模なPCR検査の実施などを伴うゼロコロナ政策を続けている。最大の経済都市、上海ではすでに1か月以上、ロックダウン状態が続いており、国の内外で不満や懐疑がくすぶる。しかし習近平指導部は、「中国共産党の方針であるゼロコロナは正しい」とプロパガンダを強めて、異議を許さぬ構えを明確にした。

党の方針を全面的に認識せよ

「党中央が決めた感染予防・抑制の方針・政策を深く完全に、全面的に認識し、認識不足、準備不足、取り組み不足などの問題を断固として克服」した上で、「“ダイナミックゼロコロナ”の全般的な方針を、いささかも揺るぎなく堅持する」

 これは5月6日、国営中国中央テレビの午後7時のニュース番組「新聞聯報」が、5分間に亘って報じたニュースの一部。中国共産党の最高意志決定機関であり、習近平氏が主催して前日に開かれたという中央政治局常務委員会の会議の内容だった。

 ダイナミックゼロコロナとは、日本で言うゼロコロナ。つまりゼロコロナを堅持すると示したわけだ。

 ちなみに日本のメディアは中国のコロナ対策を、単にゼロコロナと称しているが、中国では上記のようにダイナミックゼロコロナ(中国語では動態ゼロコロナ)という言葉が使われる。これは、コロナの感染者を全く出さないという意味ではなく、感染者が出たら即座に抑え込み拡散を防ぐ対策と説明されている。

我が国の方針への懐疑は許さない?

上のくだりは次のように続く。

「我が国の防疫方針・政策への歪曲、懐疑、否定の言動とは断固として闘争しなければならない」

 ゼロコロナ政策に疑念を示したり、転換を促したりするような言動は許さないという警告を加えたのだ。

 これを報じたニュース番組「新聞聯報」は、共産党や中央政府の立場を伝えるプロパガンダを担う。

 つまり指導部はこのニュースを通じ、中国は何があろうと「ゼロコロナで行くぞ」と通告したわけで、注意深い中国人なら、「今後、ゼロコロナを批判すれば中国政府に楯突くことなる」と感じたに違いない。長引く厳しい感染対策で、当局への信頼度の揺らぎも見せ始めた国民に対し、習近平指導部が今一度引き締めを狙ったものと言えそうだ。

 ちなみにゼロコロナ政策を堅持する理由について、中国は人口大国の上に高齢者が多く、地域の発展が不均衡で医療資源の総量も不足しているため、予防・抑制の手を緩めれば、大規模な感染を招き大量の重症者や死者が出してしまう、と説明している。

国営メディアで自画自賛

 同日、やはり政府の宣伝メディアである国営新華社通信が、国際社会にくすぶるゼロコロナ政策への懐疑の声に反論する論評を配信した。

「西側メディアは色眼鏡をかけて、中国のコロナ政策にでたらめなことを言い、中国共産党と政府の率いるコロナ対策の成果を疑っている」

 と、こうした「誤った言論」に不快感をあらわにした上、上海で感染の勢いが鈍化している点などを挙げ、「事実が最も良い反駁だ」と自信を見せた。

 さらに、中国の各地で大規模なPCR検査の実施や、迅速な臨時病院の建設が実現できた事実に触れ、中国の体制を自賛した。

「中国のコロナ対策の成果は、人々が一致団結した力を示しており、“力を集中させ大きなことをやる”という中国の制度の優位を示している」

 また先に触れた最高指導部の会議での内容にも触れた上で、「中国は必ずコロナとの激戦に打ち勝つことができる。いかなる中国のコロナ対策をとがめる誤った言論は自滅する」と中国政府のコロナ対策を持ち上げた。

もはや感染対策を超え...

 これだけではない。最近は、記者会見の場などで担当者がことあるごとに「ダイナミックゼロコロナを堅持する」と言及する。

 実は中国の専門家の中でも、ゼロコロナ政策の見直しを示唆する意見がないわけではない。だが、感染症対策の権威である鐘南山氏も、中国メディアによれば、「中国はダイナミックゼロコロナの中で、だんだんと緩めていくことができる。しかし完全な緩和は不適切だ」などと述べており、言葉を選んでいるようにも思える。

 今や中国でゼロコロナは、感染症対策の一つの選択肢という本来の役割を超越し、習近平指導部による政治運動と化しているようにさえ見えてくるのだ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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