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新型コロナ感染が広がる中国で生活してみた。今日の北京は、明日の日本?

宮崎紀秀ジャーナリスト
若者に人気のエリア。マスク着用を呼びかけている(2020年2月15日北京にて)

 中国の北京では、400人近くに新型コロナウイルスの感染が確認され、4人が死亡している。中国全体で見れば、感染者が特に多いわけではないが、首都だけあって拡大防止のための管理は厳しい。

 日本で感染が更に拡大した場合、どのような状況が生じうるか?北京に住む私の生活を知っていただければ、参考になるかもしれない。

マスクがないと外に出られない?

 春節の休暇の延期に続き、北京市政府は企業活動の再開時期を遅らせるなどの対策を取った。そのため、これまで街の中で見かける人は極めて少なかった。しかも、その人たちはほとんどマスクを着用していた。

「感染が怖いからずっと家の中にいる」

 春節の休暇期間中にSNSで伝えてきたのは、マスクを買えないと嘆いていた中国人の友人だ。

 北京市政府は、ホテル、スーパーマーケット、公共交通機関などでは、マスクを着けていない人は入れないよう勧告すべき、という通知を出している。こうした公共スペースで、もしマスク着用を巡って問題が生じれば、警察が介入して処罰し、身柄拘束もありうると警告している。

 つまり、社会生活にかかわるような外出は、マスクがないと出来ない。

今の北京でマスクは外出の必需品?(2020年2月21日北京にて)
今の北京でマスクは外出の必需品?(2020年2月21日北京にて)

マスクが買えない?

 にもかかわらず、そのマスクが買えない。

 感染が問題になってからは、薬局を見つける度にわざわざ確認しているのだが、今日に至るまで、全て「マスク売り切れ」の張り紙が張ってあった。

 そんな中、高級スーパーの北京市内にある7店舗で一昨日、マスクが売り出された。ネット上で確認した写真では、箱入りのマスクがうず高く積まれていた。

 値段は50枚入りで1箱500元。日本円で約8000円はお安くはない。

 それでも店を訪れた人によると、売り出しから2日目にはすでに売り切れていたという。

 店の人は、在庫を全て売り切ってしまったと彼に教えてくれたそうだ。

そしてマスクをしない人も

 今、北京でも徐々に人が増え始めた。それに伴い、マスクをしていない人の姿も見かけるようになった。人の増加に、マスクの供給が追いついていないようだ。

 この2日間は、出勤時間帯にマスクを着けていない人と何度かすれ違った。マスクをしていても、あごまでずり下げ、くわえ煙草で悠然と歩く人も見かけるようになった。

 これまで以上に「自衛」に注意が必要になるな、と感じる。

自宅の出入りが厳しくなる

 住んでいるマンションから「臨時出入証」なるものを渡された。これが無いとマンションに入れないという。自分の名前と部屋番号が書かれたカードにマンションの運営会社の印鑑が押してある即席のモノだ。

 先日、マンションに繋がる路地に新たに設けられた「検問所」で、実際に「出入証を見せろ」と要求された。そこで1回提示。さらに、マンションの敷地に入る前にも、警備員に呼び止められ再び提示を求められた。

 抵抗するも、いずれも「ルールだ」の一点張り。簡易式の検温の後、「出入証」を私の手から奪い取って、まじまじと調べた。この「臨時出入証」の掲示がなければしなくていいはずの人と人との接触が、新たに生まれたわけだ。

 新型コロナウイルスは、接触によっても感染するとされるにもかかわらず...。

集合住宅の入り口などにはこのような「検問所」が。北京に戻って来た人の登録を要求している(2020年2月21日北京にて)
集合住宅の入り口などにはこのような「検問所」が。北京に戻って来た人の登録を要求している(2020年2月21日北京にて)

家族さえ自宅からシャットアウト?

 さらに、北京以外の都市から帰ってきた人は14日間、自宅で経過観察しなければならないという通知をマンションから受け取った。経過観察中の者は、毎日体温を計り、マンションに報告しなければならない。この規則に違反した場合は警察に通報すると明記してある。

 居住者以外の人の訪問も禁じられた。友人や単身赴任の人の家族が訪ねて来たとしても、自宅には入れられない。

 こちらも他人の家などには行けない。取材相手がOKと言っているにもかかわらず、警備員に拒まれ、先方の自宅や会社に立ち入りが許されなかった事態は何度も経験済みである。

 移動の自由が奪われた感覚だ。プライバシーが著しく当局の管理下に置かれたと感じる。

どこに行くにもこのように検温される(2020年2月21日北京にて)
どこに行くにもこのように検温される(2020年2月21日北京にて)

外食できなくなる?

 ほとんどのレストランは閉店している。すでに過ぎてしまった春節の休暇明けの開店を通知する張り紙だけが、固く閉ざされた扉の上で虚しく風に吹かれている。

 地方出身の店員が北京に戻って来られない、客の戻りが悪いなどの理由もあろう。その上に、北京市政府が人と人との密接な接触をさけるために、グループでの食事を禁じた措置も大きく影響しているようだ。

 営業しているわずかな店でも、宴会はお断りとしている。店内では食事をさせず、テイクアウトとデリバリーのみに対応するという対策を取っている店もある。

 テイクアウト用に商品を受け取るだけでも、店に入るには、まずマスクをし、入り口で名前と携帯電話番号を記入しなくてはならない。体温を測って熱がないと確認された上で、やっと入店が許される。

 マスクや消毒液を除けば、北京では著しい品不足のような事態には陥っていない。私が普段、利用しているスーパーは、営業時間が短縮され通常より品揃えは少ないものの、食材はある。

 必然的に自炊が多くなる。

配達やテイクアウトのみというレストランも。この店は材料の野菜を売り出している(2020年2月21日北京にて)
配達やテイクアウトのみというレストランも。この店は材料の野菜を売り出している(2020年2月21日北京にて)

他人との交流は減る

 衛生当局は、必要性のない外出をしないよう勧めている。そう言われなくても、感染が怖くて外にあえて出ないと考える人は多い。日本人の駐在員では、会社から「外出や人混みをなるべくさけるよう指示されている」などと明かす人が多い。結果として友人と会う約束をするという状況は激減する。

 帰省などを終えて北京に戻って来た中国人は(もちろん中国人に限らないが)2週間の自宅観察を義務付けられているので、その間はフラフラ出歩くわけにはいかない。

 他人との交流という点で言えば、様々な局面で人と人との直接の接触を避けるような工夫がなされている。

 例えば、宅配便は自宅まで届かず無人の棚に「放置」される。荷物を受け取る人と配達員が触れ合わずに済むからだ。

宅配便の荷物を「放置」する棚が設置されている(2020年2月21日北京にて)
宅配便の荷物を「放置」する棚が設置されている(2020年2月21日北京にて)

娯楽が減って体重が増える?

 映画館など、狭い空間に人が密集する場所はご法度だ。中国では、例年、春節向けの大作映画がいくつも封切られ、庶民の楽しみの1つになっているが、今回はその機会が失われた。映画館は早々に閉館措置が取られ、今もその状態が続いている。

 私がよく泳ぎに行っていたスイミングプールは、春節の休暇が明ける前の1月29日に再開予定だった。それは叶わなかった。予定から1か月近く経た今でも、施設の入り口に「上から再開の指示が出たら適宜お知らせします」と書いた紙が張られている。

 人の集まるような場所や施設は開いていない。気晴らしのための街歩きや、運動する機会は著しく限定された。同じ悩みを抱える人が多いのだろう、中国のネットメディアなどでは、自宅でできるエクササイズがしばしば紹介されるようになった。

 これは個人の心がけの問題だが、私の場合は腹の贅肉が増えた。

 中国と日本とは社会体制が違うが、感染を防ぐためにできる措置は案外似ているかもしれない。あえて個人的な感想なども含めたが、参考にして頂ければ幸いである。

 (写真はすべて筆者撮影)

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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