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ボクシングが危ない。ヘビー級元3団体統一王者ジョシュアが総合格闘技ガヌーと生き残りマッチ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
フューリー(左)に大善戦したガヌー(写真:ロイター/アフロ)

3月8日サウジアラビア

 日本のボクシング界は絶頂期を迎えている。モンスター、スーパーバンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)を筆頭に4階級制覇王者でWBA世界スーパーフライ級王者の井岡一翔(志成)、WBC・WBAスーパー・ライトフライ級統一王者の寺地拳四朗(BMB)、ネクスト・モンスターこと中谷潤人(M.T)らそうそうたる顔ぶれがトップシーンに君臨する。今夜、両国国技館で行われる「Prime Video Presents Live Boxing 7」で中谷が3階級制覇、田中恒成(畑中)が4階級制覇に成功し、WBA世界バンタム級王者の井上拓真(大橋)が防衛を果たせば、日本の名声は一段と高く響き渡ることだろう。

 それに比べて海外、特に米国ではボクシングは総合格闘技UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)に対して人気面で引けを取っていると指摘される。「いや、それは甘い、ボクシングはすでに危機的な状況に陥っている」と警鐘を鳴らす識者もいる。最大の問題として主要プロモーターたちのエゴが優先し、ファンが待望するカードが実現しないことが挙げられる。また論議を巻き起こす決着、スコアカードはもう一つのファン離れの要因になっている。

 ただしファイトマネーの額ではUFCはまだボクシングのビッグマッチに及ばない。その証としてUFCのトップ選手が著名ボクサーとボクシングマッチを熱望するケースが目立つ。ボクシングルールだけにボクサーが有利なのは当然。「ボクサーは勝って当然」という風潮がある。

 それだけに昨年10月、サウジアラビアでWBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英)が元UFCのヘビー級王者フランシス・ガヌー(カメルーン)を大苦戦の末2-1判定勝ちを収めた試合はサプライズ以外の何ものでもなかった。3ラウンドに左フックでダウンを奪ったガヌーは以後もフューリーを苦しめ、大いに名を馳せた。そのガヌー(37歳)がボクシング第2戦で元ヘビー級3団体統一王者アンソニー・ジョシュア(英)と3月8日、サウジアラビア・リヤドで対戦する。(ガヌーは現在UFCを離れ、同じく米国の総合格闘技団体PFL=プロフェッショナル・ファイターズ・リーグに所属している)

発表会見で対面したジョシュア(左)とガヌー
発表会見で対面したジョシュア(左)とガヌー写真:ロイター/アフロ

ボクシングを冒とくした?フューリー

 ジョシュア(34歳)は元WBC世界ヘビー級王者デオンテイ・ワイルダー(米)との対決が既定路線だった。ところが年末にリヤドのイベントで別カードで共演した際にワイルダーが元WBO世界ヘビー級王者ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)に思わぬ判定負け。ワイルダーに代わるジョシュアの対戦相手にガヌーが抜てきされた。ジョシュアもガヌーも高額報酬に目がくらんだのは否定できない。

 ガヌーに薄氷を踏むような勝利を収めたフューリーはトレーニング不足が指摘された。同時に安易に高額ファイトマネーになびいたことで、ボクシングを冒とくした――と一部で酷評された。辛勝はその報いだったとも言われる。マシンガントークと悪態をついて相手を罵倒するフューリーだが、ボクシング初戦の相手にプライドをズタズタにされた。

 もし今回、ジョシュアがガヌーに敗れるとボクシング界は大変な事態を迎える。人気でUFCに台頭を許すボクシングが実力でも後塵を拝する結果になるからだ。ガヌーはUFCでは卓越したボクシングの才能の持ち主であることは間違いない。しかし実力的にフューリーに比肩すると推測されるジョシュアが屈すると伝統ある格闘技ボクシングの屋台骨が揺らぐ危機に直面する。

背水の陣でリングに上がるジョシュア

 率直に言って、ジョシュアが完璧なコンディションに仕上げてリングに登場すれば、ガヌーは難敵ではないと思われる。オリンピック金メダリスト、2度3団体統一王者に就いた実績はボクシング初心者ガヌーとは比べものにならない。それでもフューリー戦でビッグパンチャーぶりを証明したカメルーン人に対しジョシュアはアゴの脆さという不安が付きまとう。

 ジョシュア(27勝24KO3敗)は初黒星を喫したアンディ・ルイス・ジュニア戦で4度キャンバスに落下しTKO負けした。前後するが名声を高めることになった元ヘビー級3団体統一王者ウラジミール・クリチコ戦でも劇的なTKO勝ちを飾ったものの、痛烈なノックダウンを喫している。また3つのタイトルを争った現ヘビー級3団体統一王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)との2試合ではメンタル面の弱さが指摘された。

 もしガヌーの強打を食らえば、ジョシュアはフューリー以上のダメージを受けるとも想定される。それだけ試合はスリリングなものになるだろうが、果たして回復してサバイバルできるかという心配が出てくる。それを承知か、決戦まで2週間となった時点でジョシュアは「これは人生最大のチャレンジになる」と非情な決意を明かす。

ボクシング・ドリームの具現者

 ジョシュアに味方するのはフューリーを反面教師にして万全な状態に仕上げていること。ガヌーを過小評価しておらず、リスペクトしていること。新しくベン・ダビッドソンをトレーナーに迎えたことが挙げられる。同トレーナーは以前フューリーを受け持って好評を博し、その後スーパーライト級元4団体統一王者ジョシュ・テイラー、前WBA世界フェザー級王者リー・ウッド(ともに英)らを指導。若手ながらその手腕が評価されている。

12月、最新戦でオト・ヴァリン(右)をストップしたジョシュア
12月、最新戦でオト・ヴァリン(右)をストップしたジョシュア写真:ロイター/アフロ

 ボクシングの威信をかけた戦いで一時、このスポーツのアイコンになりかけたジョシュアが総合格闘技の雄ガヌーに立ち向かう。勝者が5月18日に延期されたフューリーvs.ウシクのヘビー級4団体統一戦の勝者と雌雄を決する運びとなっている。

 「ガヌーはボクシングの才能やスキルでは敵わない。でも彼の長所はメンタルの強さ」とはプロ最終戦でウシクと戦った元クルーザー級王者トニー・ベリュー(英=現DAZN解説者)の分析。幸運にもデビューから2試合連続でトップとグローブを交えるガヌーは「ボクシング・ドリーム」の具現者と呼べるかもしれない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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