Yahoo!ニュース

井上尚弥に続きバンタム級制覇をねらう中谷潤人。ライバルからも一目置かれる存在に

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
防衛戦で得意のアッパーカットを突き上げる中谷潤人(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

バンタム級は特別

 当然の成り行き――と言ってしまえばそれまでだが、井上尚弥(大橋)が統一した世界バンタム級4団体王座は、再び4つに分裂してしまった。WBAは井上の実弟、井上拓真(大橋)、WBCはアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)、IBFはエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)、WBOはジェイソン・マロニー(豪州)がそれぞれチャンピオンに就いている。このうちロドリゲスとマロニーは井上尚弥にKOで撃退されている。モンスターの無双ぶりが浮き彫りになると同時にチャンピオンの価値について考えさせられる。

 さて、今月24日、東京・両国国技館で開催される「Prime Video Presents Live Boxing 7」で上記バンタム級王者2人が出場する。WBAの井上拓真がジェルウィン・アンカハス(フィリピン)と初防衛戦。このカードは昨年11月に予定されたが井上拓真が負傷したため仕切り直しとなった。そしてWBCのサンティアゴが元WBO世界フライ級、同スーパーフライ級王者中谷潤人(M.T)を相手にこれも初防衛戦を行う。

 118ポンド(53.52キログラム)がリミットのバンタム級はボクシングの軽量級では評価が確立されているクラスである。それは歴代王者たちのクオリティの高さとカリスマ性に基づくものだ。1960年代からでも“黄金のバンタム”と畏怖されたエデル・ジョフレ(ブラジル)、難攻不落だったジョフレに2度勝った稀代のラッシャー、ファイティング原田(笹崎)、原田から王座を奪ったライオネル・ローズ(豪州)、ローズを倒して戴冠した“元祖怪物”ルーベン・オリバレス(メキシコ)と系譜は続く。

 ついでながらメキシコの殿堂入り名将ナチョ・ベリスタイン・トレーナー兼マネジャーは以前「メキシコにとってバンタム級王座は特別なものだ。とりわけWBC王座はね」と筆者に語ったことがある。上記4人のチャンピオンは正式には老舗団体WBAと当時発足後間もないWBCとの統一王者だった。オリバレスを倒してベルトを奪取したラファエル・エレラ(メキシコ)がWBC独自のバンタム級王者第1号となった。

辰吉、薬師寺、長谷川、山中が王者に

 その後WBCバンタム級王者にはカルロス・サラテ、ルぺ・ピントール(ともにメキシコ)、ミゲル“ハッピー”ロラ(コロンビア)らが君臨。グレグ・リチャードソン(米)に移った王座に挑みストップ勝ちで戴冠したのが辰吉丈一郎(大阪帝拳)。辰吉に勝って暫定王者から正規王者に昇格したのがビクトル・ラバナレス(メキシコ)。ベリスタイン氏の言葉は愛弟子ラバナレスが辰吉をストップした時に発せられたものだった。

 ラバナレスから辺丁一(ピョン・ジョンイル=韓国)に移動した王座に挑戦し勝利を飾ったのが薬師寺保栄(松田)。辰吉とのビッグマッチを制した薬師寺は5度目の防衛戦でウエイン・マッカラー(アイルランド)に王座を明け渡して引退。マッカラー返上の王座はシリモンコン・シンワンチャー(タイ)へ移り、シリモンコンを倒した辰吉が3度目の王座獲得を果たす。

 しかしカリスマの男、辰吉はウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)にベルトを失い再戦でも返り討ちに遭う。ウィラポンは西岡利晃(帝拳)の挑戦4度を含めて14度防衛の金字塔を建てる。そのウィラポンを攻略して王者に就き、リマッチで痛烈に仕留めて防衛に成功したのが長谷川穂積(真正)。10度の防衛を果たした。長谷川との事実上の統一戦でストップ勝ちしたのがフェルナンド・モンティエル(メキシコ)。彼も長期王座が期待されたが、ノニト・ドネア(フィリピン)の強打に沈み無冠になった。

 ドネアが返上した王座を“神の左”こと山中慎介(帝拳)が獲得。山中も連続12度の防衛に成功する名王者となる。その後ルイス・ネリ(メキシコ)、ドネアと転々としたベルトは井上尚弥が全部まとめ、その1本がサンティアゴへ移った。そして中谷が3階級制覇を目指して24日、挑戦する。

中谷潤人vs.アンドリュー・マロニー

ロマンを感じさせるベルト

 このWBCベルトはメキシコにとって特別なものだが、こうやって振り返ると辰吉、薬師寺、長谷川、山中と日本も負けず劣らず著名チャンピオンを輩出している。ちなみにサンティアゴはモンティエル以来12年ぶりのメキシコ人王者、中谷が勝てば山中以来7年ぶりの日本人王者誕生となる。

 1月下旬、恒例のロサンゼルス合宿を行っていた中谷にバンタム級への“こだわり”を聞いてみた。

 「バンタム級は盛り上がっているんで、ファンの人たちも楽しみだと思うので自分の気持ちとしてはしばらく留まりたい。ただスーパーフライ級の時もそう言っていたんで……。そのあたりは体と相談しながらですけど、減量は順調ですし、コンディションはいいので今のところはバンタム級がいい感じかなと」

 現状では中谷にとりバンタム級は未知のクラスで何よりもサンティアゴに勝たなければ始まらない。だが、そうそうたる顔ぶれがベルトを巻いたWBCバンタム級には格別の思いがある。ロサンゼルスから帰国後、スポーツ紙の取材に「(挑戦できることは)すごく光栄でロマンを感じる。しっかり勝ちたいという気持ちにさせてくれる」と心を弾ませた。目標は井上尚弥に続く4団体統一王者に違いない。

今年見逃せない旬の男

 中谷と言えば昨年5月、ラスベガスで行ったアンドリュー・マロニー(豪州)とのWBO世界スーパーフライ級王座決定戦での最終回、ワンパンチKO劇が多くのメディアから年間KO賞に選出された。本人が言うように同級での防衛戦は9月のアルヒ・コルテス(メキシコ)のみとなったが、マロニー戦のインパクトは絶大なものがあった。

 井上尚弥の米国のプロモーター「トップランク」の試合を中継するスポーツ専門メディアESPNは「2024年に見逃せない5人」の一人に中谷を選んでいる。他のメンバーは井上尚弥とPFPトップを争うウェルター級3団体統一王者テレンス・クロフォード(米)を脅かす存在と言われる同級IBF世界王者ジャロン・エニス(米)やスター候補の二世ボクサー、ティム・チュー(豪州=WBO世界スーパーウェルター級王者)など今が旬の実力者揃い。ESPNの選考はネクスト・モンスターの愛称に次ぐ中谷の勲章となった。

メキシコで最終調整に励むサンティアゴ(写真:フェイスブックより)
メキシコで最終調整に励むサンティアゴ(写真:フェイスブックより)

 そして今後対戦が予想される選手からも彼はリスペクトされている。筆者は数日前、5月に日本で西田凌佑(六島)との指名試合に臨むことが濃厚なIBF世界バンタム級王者ロドリゲスに接する機会があった。ロドリゲスは「ナカタニは未来のライバルになる。彼と統一戦を実現させたい」と明かした。当然、今回のサンティアゴ戦の予想も中谷有利。「8ラウンド以降のストップ勝ち」と占った。

 「ナカタニは理想的な戦闘スタイルを持っている。一種の憧れを感じる」とロドリゲス。サウスポーのボクサーパンチャー、中谷は長身を活かしたボクシングができると同時にクロスレンジでのファイトでも持ち味を発揮する万能型。まだまだ伸びる余地を残していると筆者は推測するが、同業者(ボクサー)の間ではすでに注目されている様子がうかがえる。伝統の王座の継承者サンティアゴは、かなり手強い相手に映る。それでもベルトが移動する可能性はかなり高いとみる。“サンティアゴ戦以後”が期待されることがそれを裏づける。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事