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井上尚弥vs.ネリがメイン。2日前のカネロ戦はセミファイナル。5月の2大イベントを読む

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
井上尚弥vs.マーロン・タパレス(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

ネリはサイン済み?

 ボクシングの重要な試合が開催される頻度が高い5月。とりわけ今年は心ときめくマッチアップが話題に上っている。

 当然ながら、その一つはスーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)vs.挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)。「5月6日・東京ドーム開催」が日に日に現実味を帯びている状況だ。すでにネリ陣営は契約書にサインしているという報道もあり、あとは正式発表を待つだけとも推測される。昨年7月、スティーブン・フルトン(米)をストップしてWBC・WBO王座を獲得した井上は12月にWBAスーパー・IBF王者だったマーロン・タパレス(フィリピン)に10回KO勝ちして世界4団体統一王者に君臨。山中慎介との2戦でスキャンダルまみれになったネリの処分が解ければ一気に実現に向かうと見られる。

 世界のファンが注目しているもう一つの動向はスーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)が次戦で誰と拳を交えるかだ。昨年も故郷グアダラハラでジョン・ライダー(英)と防衛戦を行ったカネロは、通常「シンコ・デ・マヨ」(メキシコの戦勝記念日。5月5日の意味)にちなんだイベントに出場することが多い。今年は5月4日土曜日がそれに相当する。ここ数年、ボクシングの顔、アイコンと言えばカネロが筆頭格。1試合で動く金額が大きく、誰を対戦相手に選ぶかはファンの一大関心事である。

 現在、カネロの相手として魅力的な順に並べると次のようになる。

デビッド・ベナビデス(米=WBCスーパーミドル級暫定王者。27歳)

ハイメ・ムンギア(メキシコ=WBOスーパーミドル級1位、WBC2位。27歳)

クリスチャン・エンビリ(カメルーン/カナダ=WBA&WBCスーパーミドル級1位。28歳)

ジャモール・チャーロ(米=WBC世界ミドル級王者。33歳)

 昨年ウェルター級4団体統一に成功したテレンス・クロフォード(米)との対決も話題となっているが、体重設定など不確定な要素があり今回は外した。

 このうちムンギアが先週土曜日27日(日本時間28日)米アリゾナ州フェニックスのフットプリント・センターでライダーと対戦。ムンギアは4度ライダーを倒し、9回1分25秒TKO勝ちを飾った。カネロとフルラウンド戦ったライダーにスペクタクルな勝利を飾ったことでムンギアは念願のカネロ挑戦に前進したと見なされる。本人も陣営も溜飲が下がる思いだったろう。

ライダーを4度倒してフィニッシュしたムンギア(写真:Cris Esqueda / GBP)
ライダーを4度倒してフィニッシュしたムンギア(写真:Cris Esqueda / GBP)

王様カネロは誰と戦うのか

 だがムンギアは「次はスーパーミドル級のベストと戦いたい」と語るにとどめ、カネロの名前を発することはなかった。そして彼の共同プロモーター、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のトップ、オスカー・デラホーヤ氏は「カネロは王様で、王様が決定を下す」と試合後の会見で発言。すべてはカネロの決断次第だと強調した。

 続いて同氏は「5月は(ジャモール)チャーロだと私は聞いている。我々はムンギアvs.カネロを9月に実現させる準備をする」と明かし、カネロのもう一つの定番ステージ、9月中旬のメキシコの独立記念日に合わせたイベントにフォーカスしている様子をうかがわせた。

 あるラテンアメリカ系の著名記者も「カネロ・アルバレスvs.チャーロは内定済み」と語っている。カネロは昨年9月の最新試合で双子のチャーロ兄弟の弟、元スーパーウェルター級4団体統一王者ジャメール・チャーロ(米)と対戦。大差の判定勝利を収めた。今度は兄を相手にすることになりそうだ。予想は弟ジャメールと同じくカネロが快勝するというのが主流。その後ムンギアとのメキシカン対決に進むというのがデラホーヤ氏と大方の見方である。

 ファンがもっとも待望する“メキシカン・モンスター”ベナビデスとの対決に関してデラホーヤ氏は「ベナビデスは長い間、ウェーティングサークルに入っているから世界タイトル挑戦のチャンスに値する。私も彼とカネロの一戦を心待ちにしている。でも決断を下すのは王様カネロしかいない」とコメント。そして「カネロは同時にファンやメディアの要求に応じなければならない。9月はメキシコvs.メキシコ。これ以上の設定は考えられない」と傘下のムンギアを売り込む。

強敵デメトゥリアス・アンドラーデ(右)をストップした本命ベナビデス(写真:SHOWTIME)
強敵デメトゥリアス・アンドラーデ(右)をストップした本命ベナビデス(写真:SHOWTIME)

 いずれにしても、カネロvs.ムンギアが実現するためにGBPはカネロが3試合分の契約を結んだイベント会社PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)と交渉を成立させなければならない。そしてGBPと強力代理人アル・ヘイモン氏が率いるPBCとは必ずしも良好な関係にあるわけではない。しかし両者は昨年4月、ジェルボンテ・デイビスvs.ライアン・ガルシア(ともに米)のライト級超ウエートのビッグマッチを実現させて大きな収益を生んだ実績がある。カネロがチャーロ兄を撃退できれば、低くない確率で成立に向かうのではないだろうか。

ムンギアの長すぎる道のり

 WBOスーパーウェルター級王者だったムンギアは井上岳志(ワールドスポーツ)との一戦を含めて5度防衛に成功しベルトを返上。一つ上のミドル級で2階級制覇を目指した。しかしGBPと彼をメキシコでプロモートする「サンフェル・ボクシング」がいくら前哨戦を組んでも世界タイトル挑戦のチャンスは訪れなかった。ミドル級での試合は7試合。筆者がデラホーヤ氏にインタビューした時、「ハイメ・ムンギアにはDAZN(スポーツ映像配信メディア)と我々が相当な(金額の)投資をしている」と同氏は明かした。スーパーミドル級に上がり今回のライダー戦を入れて2試合。合計9試合の前哨戦をこなしながら4年の歳月が経過している。ミドル級でゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)とチャーロ兄挑戦という夢を実現できず、カネロを追いかけてスーパーミドル級へ進出した。

 だからこそ、一時も早くカネロと同じリングに立ちたい強い願望がある。ライダー戦のTKO勝利は9試合の中でもっともインパクトがあった。だが冷静な目で見ると、デラホーヤ氏が言うように決定打にはならなかった。ムンギアの待機期間は4ヵ月ではなく、8ヵ月に延びそうな状況にある。

 そしてカネロ絡みのビッグファイトでもっともファンの心を躍らせるのはベナビデスだろう。おそらくカネロvs.ベナビデスはデイビスvs.ガルシア級のPPV(ペイ・パー・ビュー=視聴者が別料金を払って観戦するシステム)購買件数をマークするに違いない。注目度もその3ヵ月後に実現したクロフォードvs.エロール・スペンス(米)のウェルター級4団体統一戦に匹敵するイベントになるだろう。

ネリのキャラクターと実力は無視できない

 さて、井上尚弥の相手を注目度の点から並べると次の順番になる。

ルイス・ネリ(メキシコ=WBCスーパーバンタム級1位。元2階級制覇王者。29歳)

ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン=WBAスーパーバンタム級1位。元2団体統一王者。29歳)

ジョンリール・カシメロ(フィリピン=WBOスーパーバンタム級4位。元3階級制覇王者。34歳)

サム・グッドマン(豪州=IBF&WBОスーパーバンタム級1位。25歳)

 井上自身は「日本での過去の因縁を持ち込んで(ネリと)試合をする気持ちはない」と語るが、ドーピング違反、体重オーバーでサスペンドされた悪役ネリのキャラクター、背景を超える男はスーパーバンタム級に存在しない。2021年5月にブランドン・フィゲロア(米=WBCフェザー級暫定王者)にKO負けし、ネリの無敵ぶりは薄れたが、「ネリは実力がある選手だと思う。パワフルで侮ることはできない」と井上は評価。ファンの観戦意欲を刺激して止まないカードだ。

 同じく実力が一目置かれるアフマダリエフもモンスターとの対決が待望される。ただ、「フルトン、タパレスと同じような結末が待っているのではないか」という予想も聞かれる。サウスポーのウズベキスタン人との一騎打ちはネリを“退治”してからでもいいのではないか。それはカシメロとの試合に関しても言えることだと思う。

カネロvs.チャーロ兄は露払い

 現況では、カネロvs.チャーロ兄の2日後に挙行される可能性が高い井上vs.ネリは上記のデイビスvs.ガルシア、クロフォードvs.スペンスそしてカネロvs.ベナビデスと遜色ないステイタスを持つカードに思える。カネロvs.チャーロ兄はおそらくラスベガスで開催され、PPV中継されるだろう。とはいえ昨年11月、“心の病気”による2年5ヵ月に及ぶ不活動から復帰したチャーロ兄(相手はデビッドの兄ホセ・ベナビデスだった)は、ベナビデスはもちろん、ムンギアと比べてもやや色あせた挑戦者に映ってしまう。

昨年チャーロ弟ジャメール(右)と対戦したカネロ・アルバレス(写真:PBC)
昨年チャーロ弟ジャメール(右)と対戦したカネロ・アルバレス(写真:PBC)

 ボクシング界のシンボル、カネロの試合が露払いだと言ったら語弊があるかもしれないが、5月のメインイベントは井上vs.ネリになる公算が強い。それほど世界から熱視線が注がれている。太平洋をはさんで今、力関係、勢力図は逆転している印象。すごいことだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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