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井上尚弥と対決有力なタパレスを侮るのは禁物。王座獲得後大変身した過去の名王者たち

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
アフマダリエフ-タパレス(写真:Melina Pizano/Matchroom)

いよいよ交渉スタート

 バンタム級に続き2階級で比類なきチャンピオン(4団体統一王者)を目指すWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者井上尚弥(大橋)の次戦はWBAスーパー・IBF世界同級統一王者マーロン・タパレス(フィリピン)で決まりの雰囲気が漂っている。両陣営がラスベガスで交渉に入るニュースが流れ、タパレスのプロモーター、ショーン・ギボンズ氏(MPプロモーションズ社長)がフィリピン・メディアに語った話では「日本で12月に開催されるだろう。会場は東京ドームが候補に挙がっている」とのこと。同時にタパレスがトレーニングを開始する情報も聞かれる。

 4本のベルトが争われるだけに試合のグレードは7月のスティーブン・フルトン(米)vs井上を超えるものがある。ただし実力的にタパレスは前評判が高かったフルトンの後塵を拝すると見られる。無敗だったフルトンに対し、タパレスは40戦37勝19KO3敗と単純に2人のレコードを見比べても後者に「打倒モンスター」は困難な仕事だと思われる。

 もう一つタパレスに難クセをつけるなら、2冠を獲得した今年4月のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)戦の内容だ。試合直後の記事でも触れたが、私はアフマダリエフが勝ったと信じている。前半はタパレスがリードしたように見えたが、中盤からプレスを強化したアフマダリエフが終盤も抑えて押し切った印象がした。しかしスコアカードはジャッジ一人が118-110でアフマダリエフだったが、他の2人は115-113でタパレスを支持。2-1判定で王者が入れ替わった。8ポイント差でアフマダリエフの勝ちは開き過ぎだが、ウズベキスタン人の勝利は不動のように思えた。

不可解なジャッジペーパー

 そこで思い出したのが44年前のあの一戦。ラスベガスのシーザースパレスで1979年6月行われたWBC世界バンタム級タイトルマッチ。それまで54勝53KO1敗のKOキング、カルロス・サラテ(メキシコ)に同門のルペ・ピントール(メキシコ)が挑んだ。

 試合は4回に左フックでダウンを奪ったサラテが中盤まで優勢。10回に左フックでサラテをグラつかせたピントールが終盤14回にも右カウンターで王者のバランスを崩す場面をつくる。スコアカードはジャッジ一人が145-133でサラテだったが、他の2人は143-142でピントール。12ポイント差はどう見ても開き過ぎだが、サラテは10度目の防衛に失敗しベルトを失う。一方ピントールは1ポイント差2人の2-1の判定勝ちで金星をあげた。大きな論議を呼んだ試合は15回戦と12回戦の違いがあるものの、アフマダリエフvsタパレスの裁定を想起させるものがあった。

 失意のサラテはショックのあまり再戦に応じることなく約6年半リングから遠ざかる。対するピントールはサラテの軌跡をたどるように連続8度の防衛に成功し名王者の仲間入りを果たす。防衛戦の中には村田英次郎、ハリケーン・テルの日本人挑戦者も含まれる。戴冠した試合が不評だったにもかかわらず出世した典型的な例と言えよう。

ピントールvsサラテ(写真:The Fight City)
ピントールvsサラテ(写真:The Fight City)

グレートの一人に昇りつめたカント

 前後するが、75年1月、仙台で行われたWBC世界フライ級タイトルマッチで王者だった小熊正二(新日本木村)に2-0判定勝ちで戴冠したミゲル・カント(メキシコ)もベルトを獲得して大化けした選手の一人だ。小熊戦は非常に微妙な試合内容で、どちらに軍配が上がってもおかしくなかった。ディフェンスの達人カントは断続的に右ストレートのカウンターを決めて勝利を引き寄せたが、その後14連続防衛を果たし“リングの大学教授”と呼ばれ、フライ級史上屈指の名王者に昇りつめるとはその時点で誰が想像しただろうか。

 WBA世界フェザー級王者クリス・ジョン(インドネシア)も大成した一人。03年9月、オスカル・レオン(コロンビア)に2-1判定勝ちでWBA暫定王者に就いたジョンは、その後ビッグネーム、フアン・マヌエル・マルケス(メキシコ)がスーパー王者へシフトしたことでレギュラー王者に君臨。初防衛戦で佐藤修(協栄)を東京で下すと、V5戦ではカリマンタン島でマルケスを破る殊勲。V8戦で武本在樹(千里馬神戸)、V10戦では榎洋之(角海老宝石)を相手に日本のリングで王座を堅守。12度目の防衛戦からスーパー王者に昇格し、米国へ進出するなど強敵を相手に防衛テープを伸ばす。そしてV16戦で木村章司(花形)を破り、細野悟(大橋)との一戦で連続防衛回数は18に達した。

 ピントール、カント、ジョン。彼らのベルトを巻いてからの躍進ぶりから察してタパレスが後世に名を残すことが絶対ないとは断言できない。ハンディキャップとなるのは年齢がすでに31歳ということぐらいだろう。だが相手はモンスター井上である。統一王者を獲得していきなり対戦するには荷が重すぎる。それでも連続してアップセットを起こすポテンシャルを彼は秘めていると見なす関係者がいる。

18度防衛のインドネシアの英雄クリス・ジョン(写真:Action Image / Jeremy Lee Livepic)
18度防衛のインドネシアの英雄クリス・ジョン(写真:Action Image / Jeremy Lee Livepic)

タパレスと戦った岩佐チャンプの分析

 その可能性を探る上で非常に参考になるのが次の記事。6月に現役引退を発表した元IBF世界スーパーバンタム級王者岩佐亮佑氏へのインタビューだ。

 19年12月、ニューヨークでタパレスとIBF同級暫定王者を争い、11回TKO勝ちした岩佐氏は余すところなくタパレスを分析。井上としても対策を立てる上で役立つのではないだろうか。その中で同氏は「タパレスの右フックは見えにくい角度からいきなり飛んでくる。しかも思った以上に伸びてくる」と語っている。

 そこで思い出したのが80年代後半、後楽園ホールで観た試合。ある日本のジムが契約したメキシコ人選手がタイガー・アリ(フィリピン)に初回でKO負けした。後にОPBFスーパーフェザー級王者に君臨し、タイガー浅倉のリングネームで日本で活躍したアリがフィニッシュブローで決めたのが見えない角度から放たれたアッパーカットだった。

 タパレスの特長に関して岩佐氏は「嫌な雰囲気を持っているんですよ。フェイントを入れて、予期しない角度からアッパーを突き上げてきて、これを狙っていたのかって。普通はあの位置、あの角度からなかなか打てない。見えないんですよ」と言及。21年12月、IBFスーパーバンタム級挑戦者決定戦でタパレスが勅使河原弘晶(三迫)を2回KOで一蹴したシーンでも「(決め手となった)あの右は見えないよね」と解説する。

フィリピン人特有の一撃は要警戒

 これはフックにしろアッパーカットにしろ、フィリピン人特有のパンチと認識してよく、十分警戒が必要だ。知人の日本のジム関係者も「フィリピン人選手のアッパーはタイミングと角度に他国のボクサーには見られないオリジナリティーが感じられる」と指摘。もちろん井上が不用意に食らうとは思えないが、本番でどんな対策を講じるか興味深い。

 果たしてタパレスは大舞台でレベルアップした姿を披露できるのか?巧妙なフェイントを駆使して井上に警戒心を植えつけるだけでもシメたものか。井上有利は動かないにしても何かを仕出かす危ない雰囲気をこのフィリピン人は持っている。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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