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那須川天心プロ2戦目の相手は井上尚弥を2度下したキューバ人に勝ったメキシカン

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
デビュー戦で与那覇を破った那須川天心(写真:JAPAN Forward/共同)

23歳のフローレス

 キックボクシングのスター選手からプロボクシングに転向した那須川天心(帝拳)の第2戦が9月18日、東京・有明アリーナで行われる。当日はWBAスーパー・WBC世界ライトフライ級統一王者寺地拳四朗(BMB)vs挑戦者ヘッキー・ブドラー(南アフリカ)、WBO世界スーパーフライ級王者中谷潤人(M.T)vs挑戦者アルジ・コルテス(メキシコ)のダブル世界タイトル戦がメインイベント。那須川はフアン・フローレス(メキシコ)とスーパーバンタム級8回戦が組まれた。

 4月のボクシングデビュー戦で与那覇勇気(真正=当時日本バンタム級2位)に6回判定勝ちを飾った那須川。メディアの過熱ぶりは世界チャンピオン級と表現しても大げさではなく、今回の一戦に備えた走り込み合宿の様子も大きく報道された。デビュー戦は自他ともに認める合格点をつける内容だったが、次戦で彼がどんなパフォーマンスを披露するか、興味は尽きない。

 相手に抜てきされたフローレスは那須川より1歳年少の23歳。プロでこれまで9勝7KO無敗。スーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)と同じハリスコ州出身。2019年6月のプロデビュー後、7戦目まで地元グアダラハラ周辺でリングに上がった。そしてメキシコ最大手プロモーション「サンフェル・ボクシング」傘下に加入したことは彼への期待度の表れだろう。

 プロ8戦目、今年4月フローレスはサンフェルの本部があるティファナで、スーパーバンタム級8回戦を行い判定勝ち。その相手がキューバ人のヨスバニー・ベイティアだった。

計量で顔を合わせたフアン・フローレス(左)とヨスバニー・ベイティア。(写真:Zanfer Boxing)
計量で顔を合わせたフアン・フローレス(左)とヨスバニー・ベイティア。(写真:Zanfer Boxing)

モンスターを完封

 さて、4日後の25日、スティーブン・フルトン(米)との大一番を控えた前バンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)が最後に黒星を喫したのはアマチュア時代の最終戦、2012年4月、カザフスタンで行われたロンドン五輪予選選考会を兼ねたアジア選手権ライトフライ級決勝。19歳になったばかりの井上はビルジャン・ジャキポフ(カザフスタン)に16―11のポイント負けを喫した。それ以前に井上に2度勝っているボクサーがベイティアである。

 ベイティアと井上が最初にグローブを交えたのは2010年4月29日、アゼルバイジャンで開催された世界ユース選手権ライトフライ級3回戦。結果はベイティアが11―0のポイント勝ちを収めた。アマチュアとはいえ、のちのモンスターをシャットアウトしたのだ。2度目の対戦は11年10月4日、同じくアゼルバイジャンのバクーで行われた世界選手権の同級準々決勝。これもベイティアが15―12で井上を下した。(試合結果とスコアは記録サイト「ボックスレク」による)

 その後13年の世界選手権ライトフライ級銅メダル、15年の世界選手権フライ級銀メダル獲得を経て、17年ドイツのハンブルクで開催された世界選手権でベイティアはフライ級で念願の優勝を果たす。キューバ国内でも11年から19年まで国内選手権9連覇の偉業を達成。アマチュア選手として不動の地位を築く。

 それにとどまらず、今年5月中旬までウズベキスタンで行われた世界選手権に出場したベイティア(31歳)はバンタム級で銅メダルを獲得し、健在ぶりを誇示した。しかしプロでは2戦2敗。信じられない話だが事実である。

アマの至宝に辛勝した男

 元ミニマム級世界王者高山勝成のケースがあるが、日本ではプロとアマチュアを行き来してキャリアを進行させることは難しい。だが海外では比較的オープンに行われている。キューバは昨年、60年ぶりに国外の試合に限り、プロ活動を解禁した。輝かしいアマチュアキャリアを誇るベイティアだが、経済的な理由でプロのリングに上がりたい願望があった。昨年12月、メキシコで記念すべきプロデビュー戦を行ったが、バンタム級8回戦でフアン・ラミレス・マルケス(メキシコ)という中堅選手に2-1(スコアは77-75、78-74、74-78)判定負けに終わった。

 プロ2戦目で迎えたのが先に触れたフローレス戦。ベイティアは2回にダウンを奪われ、これも2-1(スコアは77-75、79-72、74-77)判定負けを喫した。ただしサウスポーのベイティアは後半アウトボクシングを駆使して挽回。試合をラテンアメリカへ中継した「ESPNノックアウト」のスコアカードはベイティアの勝利を支持していた。

4月、ベイティア(左)に2-1判定勝ちしたフローレス(写真:Zanfer Boxing)
4月、ベイティア(左)に2-1判定勝ちしたフローレス(写真:Zanfer Boxing)

 ベイティアとWhatsApp(ワッツアップ)で会話してみた。それによると2試合ともコンディションは良かったが、まだプロ仕様のスタイルに順応できていない部分があり、ジャッジたちに支持されなかったと語っている。彼のコメントによれば、フローレスはプロ向きのアグレッシブな選手であることは間違いない。

 ベイティア戦の映像を見返してみても、左右フックで前進し、右強打を振りかざす戦法が目立った。だが放つパンチはベイティアにかわされることが多く、スピードに恵まれたアウトボクサーには苦戦する印象。打たれ強さはまだわからない。那須川のディフェンスの向上とポテンシャルをチェックするには最適な相手かもしれない。

那須川楽勝の予想は本当か?

 フローレスはこれまで2度ブランクがある。最初のブランクはコロナパンデミックによるものと思われる。2度目の2年近い空白に関してフローレスは「契約上の問題」と明かしている。それが解決して晴れて「サンフェル・ボクシング」のイベントに出場できるようになったもようだ。最新の6月30日の試合も同プロモーション主催のイベントに登場し8回KO勝ち。この時のウエートはバンタム級リミット1ポンド超の119ポンド。「今年はバンタム級で戦い、来年スーパーバンタム級に上がりたい」と語っていたが、日本からオファーが届き、那須川戦を選択した。

 日本のファンのコメントでは「フローレス恐れるに足らず」といったものが多い。果たしてそうだろうか。彼はアマチュア時代、グアダラハラの選抜チームのメンバーに選ばれた実績があると言っている。またプロで9勝7KO無敗ならば、日本ならランキング入りはほぼ確実だろう。「それなりの選手」と認識してよさそうだ。モチベーションアップは息子の存在だという。

 もし4月の試合でベイティアがフローレスに勝っていれば、キューバ人が那須川の対戦相手を務める可能性もあったかもしれない。そうなれば「モンスターに2度勝った男がビッグネームの対立コーナーに立つ」と一段と盛り上がりを見せたはずだ。ベイティアは「イノウエとグローブをかわしたことは私の喜びであり、誇りに感じる。今後の願いはボクシングの高尚な文化があると聞く日本で、プロのリングに上がること」と筆者に語っている。

 那須川のプロ第2戦にはリングの世界の巡り巡った“あや”みたいなものを感じてしまう。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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