Yahoo!ニュース

井上尚弥の標的アフマダリエフ番狂わせに散る。運を味方にしたタパレスが主役に?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
アフマダリエフvsタパレス(写真:MelinaPizano/Matchroom)

前半はタパレスがリード

 ボクシングで自分のスコアと逆の判定が下った場合、「どうしてそうなんだ?」と自問自答することがある。答えが出せないと、しばらく落ち込むケースもある。先週土曜日8日、久々にそんな気持ちにさせられた。試合は米国テキサス州サンアントニオのテックポート・アリーナで行われたスーパーバンタム級タイトルマッチ。WBAスーパー・IBF世界2団体統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)が挑戦者IBF1位マーロン・タパレス(フィリピン)に2-1判定負け。統一王座の4度目の防衛に失敗した。

 この一戦の勝者が7月25日に延期されたWBC・WBO世界スーパーバンタム級2団体統一王者スティーブン・フルトン(米)vs前世界バンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)の勝者と比類なきチャンピオンの座を争うシナリオが描かれており、日本のファンも関心が高いカードだった。サウスポー同士の一戦はフルラウンドの戦いに持ち込まれ、ジャッジの一人ハビエル・アルバレス(米テキサス州)は118-110と大差でアフマダリエフの勝ち。しかし他の2人、セルヒオ・カイース(米カリフォルニア州)とホセ・ロベルト・トーレス(プエルトリコ)は115-113と小差でタパレスを支持。王者交代となった。

 筆者のスコアは116-112でアフマダリエフの勝利。初回は偵察戦と言っていい内容で10-10と記してもよかったが、2発ほどいいパンチを決めたタパレスに10-9を与えた。2回は左アッパーを命中させたタパレスが優勢。3回も右ジャブを巧打したフィリピン人有利。序盤3回までタパレスがリードしたように思えた。

アフマダリエフが後半、猛スパート

 4回と5回、私は10-9でアフマダリエフ。4回は右ジャブの差し合いで勝り、5回は右を決めたことを評価した。6回にも王者は左から右アッパーカット、そして右2発をねじ込んだが、右フックを返し、左をコネクトしたタパレスに10-9とつけた。私の採点は前半4対2で挑戦者がリード。

 そして折り返して7回から最終12回まで、すべて10-9でアフマダリエフ。7回、左オーバーハンドでタパレスをロープへ送って以降、ボディー打ちを交えたウズベキスタン人のアタックが流れを引き寄せた印象がした。同じ7回にタパレスは左右コンビネーションをリターンしたが、手数と主導権を握っていたのはアフマダリエフの方だと思えた。ただし次の8回のように、一撃強打ではアフマダリエフのパンチが目立ったが、合間に右ジャブを当てていたタパレスの抜け目なさが得点に結びついた様子がうかがえる。

 続く9回にも左強打を浴びせたタパレスだが、私はアフマダリエフの攻撃的な姿勢を評価した。日本のメディアの中には「王者はスタミナ切れが顕著で、本来の正確なパンチがブレて、空振りが目立った」と記すところもあるが、どこまで真実かわからない。判定のアナウンスを聞き、失意のアフマダリエフはリングを降りてドレッシングルームへ直行。「私はまだ動ける。腕が上がらない時が負けた時だ。私は死んだような気持ちだ。人生が終わったような気がする」と涙を流した。

逃げ切ったタパレスに凱歌

 10回、右目が腫れ出したタパレスにアフマダリエフは左強打を見舞って攻勢をかける。王者は11回に放った左にも十分スピードが感じられた。最終回、ダウンしかけてすんでのところで留まったタパレス。だが、これは自ら左を大振りしてバランスを崩したもので、倒れていてもカウントは適用されなかっただろう。いずれにしても最後、右フックなどで王者は攻め込み、勝利を決定づけたように感じられた。

 しかしタパレスは逃げ切りに成功し、アフマダリエフは結果的に押し切れなかった。番狂わせの勝利にフィリピン・メディアは狂喜乱舞。米国メディアもおおむね、「心地よいアップセット。タパレスは人々を満足な気持ちにさせた。キャリア15年のベテランが頂点に君臨した」(ボクシングシーン・ドットコムのクリフ・ロルド編集長)と新王者に対して好意的な記事が目立つ。

 同時に118-110でアフマダリエフと採点したハビエル・アルバレス氏のスコアカードには疑問の目が向けられ、批判の的となっている。「狂気のスコア」、「信じられない判定」、「異議のある数字」といった表現がされる。そうなると私も狂人扱いされそうだが、チェックしてみると、大方の意見は「僅差ながらアフマダリエフの勝ち」に落ち着いているようだ。

カネロに勝ったビボルも同僚の勝利を支持

 初黒星を喫したアフマダリエフ(11勝8KO1敗=28歳)は一気に2つのベルトを失った悔しさはもちろんだが、日々努力した成果が報われなかったことを一番、嘆いている。「リングで起こったことを忠実にスコアカードに記入してほしい」という願いだ。彼のバディム・コルニロフ・マネジャーはダイレクトリマッチを希望する。そして同マネジャー配下の同僚、「カネロ・アルバレスに勝った男」WBA世界ライトヘビー級スーパー王者ドミトリー・ビボル(ロシア)も「判定にはショックを受けた」と語り、「率直に言って(スコアは)ボクシングというスポーツを恥辱するものだ。私はMJ(アフマダリエフのニックネーム)が明白な判定で勝ったと思う。スコアカードが読み上げられた時、卒倒しそうになった」と前王者をかばう。

 ビッグサプライズを起こしたタパレス(37勝19KO3敗)は19年12月、ニューヨークで行われた岩佐亮佑(セレス)とのIBFスーパーバンタム級暫定王座決定戦で11回TKO負けした後、この試合まで3連続2ラウンドKO勝ちを収めていた。その一つ、21年12月カリフォルニア州カーソンで行われたIBF挑戦者決定戦で勅使河原弘晶(三迫→引退)をストップしてから2年越しの挑戦が実現。見事勝利を飾ったわけだが、この判定勝利は我慢してアフマダリエフ挑戦を待ち続けたタパレスへの“ご褒美”だったのではないだろうか。もしかしたらアフマダリエフはストップ勝ちする以外に勝つ手段がなかったのかもしれない。

カシメロに代わるフィリピンの刺客

 そこで思い出すのは先月引退を発表した元WBA世界ミドル級スーパー王者村田諒太とアッサン・エンダム(カメルーン/フランス)の第1戦。17年5月に挙行された試合は村田の明白な勝利に見えた。ところが何と2-1判定でエンダムがベルトを巻く結末に。このアフマダリエフvsタパレスの衝撃度はあの試合に匹敵するものがあった。

 タパレス陣営を牛耳るのは敏腕マネジャー&プロモーターとして名高いショーン・ギボンズ氏。「マニー・パッキアオ・プロモーションズ」の社長でもある。タパレスは地元の「サンマン・ボクシング」というプロモーションの選手でもあり、今回の一戦はエディ・ハーン氏のマッチルーム・ボクシングのイベントに登場した。今後どのようなマッチメイクでキャリアを進めるか興味深い。

勝利後、ギボンズ氏(右端)らとカメラに収まるタパレス(写真:Sanman Boxing)
勝利後、ギボンズ氏(右端)らとカメラに収まるタパレス(写真:Sanman Boxing)

 これまで大森将平(ウォズ→引退)と2度、上記のように岩佐、勅使河原と対戦したタパレス(31歳)は試合以外でも元WBC世界バンタム級王者山中慎介氏のスパーリングパートナーを務めるなど日本との関わりが深い。7月、有明アリーナで井上がフルトンを下せば、4団体統一戦の相手として対立コーナーに立つ可能性が高まる。

 スーパーバンタム級でも比類なきチャンピオンを目指す井上には同じフィリピン人のジョンリール・カシメロというライバルがいるが、アフマダリエフに取って代わったタパレスが大一番に進出する見通しが出てきた。他方で2階級制覇を狙う亀田和毅(TMK=WBAスーパーバンタム級1位)が挑戦に名乗りをあげている。一気にヒートアップしてきたスーパーバンタム級戦線。幸運を味方につけたタパレスが、今回の一戦を境に売り手市場を謳歌する日が訪れるかもしれない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事