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井岡一翔、いざ2団体統一王者へ。キャリア最重要試合の先に見据える大きな野望

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
前回の防衛戦から。右隣がサラス・トレーナー(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

年間最高試合になる!

 WBO世界スーパーフライ級王者井岡一翔(志成)が31日、東京・大田区総合体育館で同級WBA王者ジョシュア・フランコ(米)と2団体統一戦を行う。「大みそかの男」井岡が統一戦に臨むとなれば、いやが上にも試合前の雰囲気が高揚する。2022年のリングシーンを締めくくる意味でも世界的に熱視線を浴びている。

 ネットで予想をチェックすると、どのオッズメーカーもほぼ3-2で井岡有利と出ている。井岡、フランコのこれまでの実績と最近のアクティビティー(フランコは1年4ヵ月のブランクがある)そしてホームの利を考慮するとやや接近し過ぎている印象もするが、妥当な数字と考えていいだろう。それだけフランコが手強い相手だと見ることができる。これまでも何度か指摘してきたように、現時点で両者にとり、もっとも相応しい相手との理想的な対決が実現する。

 今月初め、フランコを直接取材する機会があったが、彼の参謀役ロバート・ガルシア・トレーナー(元IBF世界スーパーフェザー級王者)は「このカードはファイト・オブ・ジ・イヤー(年間最高試合)が期待できる」とアピール。スーパーフライ級は今、フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ=WBC王者)と“ロマゴン”ことローマン・ゴンサレス(ニカラグア=元WBAスーパー王者)がトップに君臨する状況。2人は超激闘を繰り広げたが、ガルシア氏は「ジョシュアとイオカは彼らに匹敵するファンの腰を浮かせるファイトを披露するかもしれない」と断言してはばからなかった。

ラスベガスで科学的なトレーニング

 好試合の予感は大いにある。ジムワークを取材したフランコ(27歳)は、18勝8KO1敗2分1無効試合という戦績以上に迫力あるパンチの持ち主だと映った。「勝利のキーポイントはどれだけインファイトに持ち込めるか。最後までプレッシャーをかけられるかだ」とWBA王者。その発言から相当な決意を持ってリングに上がると推測される。

 迎え撃つ井岡はラスベガスでキューバ人の名将イスマエル・サラス氏と8週間に及ぶ入念なキャンプを敢行した。そのサラス・トレーナーはキャンプの最大の効果を「テクニック、作戦、メンタルなどすべての面で科学的なトレーニングを実行できたこと」と明かす。指導者として世界中を飛び回り、日本でも井岡の叔父、井岡弘樹氏(元世界ミニマム級&ライトフライ級王者)やライト級で世界王座に挑んだ坂本博之氏らをコーチしたサラス氏。数年前からラスベガスに腰を落ち着けジムを開設して指導に当たる。コロナパンデミックに影響され、井岡とは約3年ぶりの本格的なコンビ復活となった。

 心強い味方を得た井岡はラスベガスでボクシング漬けの日々を送り先週帰国。バンタム級で4団体統一を果たした井上尚弥(大橋)が9月に実行したロサンゼルスでの「ミニキャンプ」でかなり収穫があったと明かしたが、井岡はその何倍もの時間を現地で過ごしただけに充実ぶりが計り知れる。スパーリングパートナーもサラス氏がフランコのスタイルを考慮して厳選したボクサーばかり。同氏にコンタクトすると「フランコの戦闘スタイルはタフでストロングでメキシカンファイターそのもの。弱点はストレート系のパンチに対するディフェンス」と分析。一方で井岡の欠点は「接近戦での打ち合いがあまり得意でないことだろう」と打ち明ける。フランコの発言からすると大いに気になるところだ。

 それがファンの観戦意欲を刺激する――と言ったら、あまりにも短絡的過ぎるだろうか。だが、この試合に勝って究極の目標、4団体統一を達成したいという願望は井岡だけではなく、フランコにも共通する。ハングリーさでは負けない。「4階級制覇王者として、こちらはイオカをリスペクトしている」(ガルシア氏)と陣営は強調するが、井岡同様フランコも「勝ってエストラーダと対戦したい」とロマゴンとの第3戦で勝ち越したWBC王者との統一戦をモチベーションアップの要因に挙げる。

ガルシア・トレーナー(左)とフランコ(写真:筆者)
ガルシア・トレーナー(左)とフランコ(写真:筆者)

あのくらいのレベルは倒したい

 引き分けや不測の事態が発生して無効試合に終わらない限り、大みそかにスーパーフライ級2団体統一王者が誕生する。その勝者がエストラーダと3団体統一戦に前進する。そこに第3戦でも接戦を演じたロマゴンが入り込む可能性もあるだろう。だが無冠というステイタスはロマゴンにとって不利。試合後「第4戦も条件次第でウェルカム」とロマゴンが吐露したのは悔しさの表れだろう。

 繰り返すが、井岡にしろ、フランコにしろ、この重要な一戦に勝利して存在をアピールし3つ目、4つ目のベルト獲得を狙う揺るぎない目標がある。図らずも井岡は「エストラーダ選手を目標に掲げてキャリアを進めてきた。彼にそう言わせるところまで到達したという気持ちがある」と会見で語った。「そう言わせる」というのは「自分の存在を意識させた」という意味だろう。そして「チャンピオンとしてのレベルの違いを見せたい。(フランコは)いいチャンピオンであってもスーパーなチャンピオンではない。注目してもらえる統一戦だから、正直、あのぐらいのレベルは倒したい」と、どこまでも強気を貫く。

 井岡にそう言わしめるのは一足先に比類なきチャンピオンに就いた井上へのライバル意識ではないか。その無類の強さから、ここ数年にわたり常に話題の中心に位置し強烈なスポットライトを浴びてきたモンスターに対する自己顕示欲の表れとみる。井岡はミニマム級から、井上はライトフライ級からという違いがあるが、2人とも軽いクラスから複数階級制覇を達成した実績がある。戦う姿勢などから一般のファンは井上でも、コアなファンは昔から井岡を支持してきたという背景もうかがえる。

統一ロードに待ち構える強敵たち

 井上のまさに怪物的な活躍とパフォーマンスと比べて「遅れてきた男」と井岡を表現したらあまりにも尊敬を欠いているだろうか。だが、ビンテージのような彼がフランコに高価なレッスンを施す攻防も頭に浮かぶ。とりわけフランコのプレスに対してどう対応するかが見ものとなる。

カリフォルニアのジムで練習していたWBA王者(写真:筆者)
カリフォルニアのジムで練習していたWBA王者(写真:筆者)

 井上が最初にWBAスーパー王者に就いてからWBO王者ポール・バトラー(英)を下して4団体を統一するまで費やした期間は4年7ヵ月。途中、自身の負傷やパンデミックという逆風が吹いたものの、長い道のりだった。4歳年長の井岡(33歳)はようやく2団体目のベルト獲得を目指す状況。その先には強敵エストラーダが待ち受け、現状ではIBF王者フェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)も控えている。予想が競っているようにフランコは好戦的であると同時にしっかりしたスキルや防御力を兼備している。3-2で井岡という賭け率は、かなり的を射た数字に思えてくる。井上がたどったプロセスよりも井岡の統一ロードの方がより困難な印象もする。それだけやりがいがあると言えるだろう。

 井岡(29勝15KO2敗)がフランコを撃破すれば、彼が望むようにエストラーダ、あるいはマルティネスとの統一戦へ大きく道が拓けるはずだ。スペクタクル性のパーセンテージによっては次戦で実現する運びになるかもしれない。買い手市場から売り手市場へシフトする展開だって想像できる。その意味ではキャリアでもっとも重要な試合という見方ができる。だがフランコもまったく同じ設定で、意気込みを持っていることを肝に銘じなければならない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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