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井上尚弥への最強刺客となるか。対戦を熱望するスーパーバンタム級2団体統一王者フルトン

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
スーパーバンタム級2団体統一王者フルトン(写真:Ryan Hafey)

フィラデルフィアの貧困家庭出身

 「イノウエのように私が有名なら、パウンド・フォー・パウンド・ランキングに入ってもおかしくないね」

 こう豪語するのがWBO・WBC世界スーパーバンタム級統一王者スティーブン・フルトン(米)。残念ながらまだ知名度は、ノニト・ドネアとの再戦で世界中のファン、専門家を圧倒した世界バンタム級3団体統一王者井上尚弥(大橋)に及ばない。同時に最強ランキング、パウンド・フォー・パウンド(PFP)10傑にも名前が見当たらない。しかし米国メディアの報道を見ていると、現時点で井上と対戦の可能性があるボクサーの中でもっとも手強い相手に思えてくる。井上と対極に位置する長所を持った男、フルトン(27歳)に迫ってみる。

 ボクシングファンには「ロッキーの町」として知られる米ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のフルトン。生い立ちやストーリーは今後も取り上げる機会が出てくると思うので今回は軽く触れるにとどめたい。フィラデルフィアのタフなエリアで生まれ育ち、10歳になるまで父は刑務所暮らし。フルトンは父が出所するまで顔を知らなかった。しっかり者の母の手一つで兄弟とともに育てられ、出所した父の勧めでボクシングジムに通い始めた。

 2019年5月、亀田和毅(3150)に王座を追われた元WBO世界バンタム級王者パウルス・アンブンダ(ナミビア)、20年1月にコリアンの血が入ったランカー、アーノルド・ケガイ(ウクライナ)にそれぞれ判定勝ちとそれなりに名前が浸透していたフルトンだが、昨年1月、アンジェロ・レオ(米)を下してWBO世界スーパーバンタム級王者に就き、大きくブレイクすることになった。

みんなイノウエ戦を観たがっている

 続いて昨年11月には悪童ルイス・ネリ(メキシコ)をKOしてベルトを獲得したブランドン・フィゲロア(米)に2-1判定勝ちでWBC王座を統一。そして今月4日、前WBAスーパー・IBF統一王者ダニー・ローマン(米)を3-0判定勝ちで下し2冠を防衛。これまで21勝8KO無敗とパンチャーではなく、スキルとスピードと試合運びの巧さを生かして頂点に立った。フィゲロア戦は接戦で激闘でもあり、私はフィゲロアのアグレッシブさを評価したが、フルトンの「多くのパンチをブロックしていた」という発言に説得力があり、ディフェンスにも優れたテクニシャンと見なされる。

フィゲロア(右)との統一戦を制したフルトン(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
フィゲロア(右)との統一戦を制したフルトン(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

 フィゲロア同様、メキシコ系米国人のローマンの繰り出す手数に打ち勝ったところもフルトンの評価を一段と高めることになった。レオ、フィゲロア、ローマンと難敵を連破したフルトンは躊躇なくモンスターを指名した。

 「これは実現不可能なカードではない。現実味があると信じている。私はビッグファイトに向けてシャイにならない。たくさんのファンが私vsイノウエを観たがっている。彼らはその話をしたくてウズウズしている」

 フルトンをバックアップするように、井上vsドネア再戦後の米国メディアとファンは井上のスーパーバンタム級進出を煽り立てる記事やツイート、書き込みが目立つ。井上は4団体統一チャンピオンを目指してWBO世界バンタム級ポール・バトラー(英)と雌雄を決する運びだが、ドネア戦に続く圧勝が見込まれるバトラーよりもスリルが加味されたスーパーバンタム級戦線参入をファンもメディアも待ち望んでいる。その中で観戦意欲を一番刺激される相手がフルトンというわけだ。

 たとえば「もう時が動いている。118(バンタム級)は関心が薄い。彼(井上)はフルトンのようなエリート選手と対戦してこそ価値がある」。「素晴らしい試合になり、イノウエにはタフな夜になるだろう」(いずれも米国の掲示板型ソーシャルニュースサイト「レディット」より)。またフルトンvsローマンを生で観戦した元IBF世界スーパーミドル級王者カレブ・トゥルアックス(米)はドネア戦直後、「ナオヤ・イノウエvsスティーブン・フルトンを見なければならない」とツイートしている。

なぜフルトンなのか?

 日に日に関心が高まっているこのカードだが、実現までの道のりはまだ長い。まずフルトンがもう一人のWBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)と4団体統一戦を締結することが先決。両者はプロモーターが異なるため、実現の見通しは何とも言えない。アフマダリエフは先に今月25日、WBAの指名挑戦者ロニー・リオス(米)との防衛戦を控えており、それをクリアしなければならない。もちろんリオスが勝ってフルトンとの統一戦に進出することもあり得る。

 とはいえアフマダリエフでもリオスでもフルトン有利の予想が立つことが彼と井上との対決が待望される理由。ニューヨークの著名トレーナー、アンドレ・ロジール氏はドネア戦のノックアウト劇を観た後「本当に彼のビッグファンになってしまった。イノウエはアンビリバボーなスーパーヒーロー。地球上の軽量級最強の男。118ではもうやり残した仕事はない。122(スーパーバンタム級)へ上がる必要があると私は思う」と米国メディアに発言。

 ミドル級王者だったダニエル・ジェイコブスやゲンナジー・ゴロフキンらに挑戦したセルゲイ・デレフヤンチェンコらを指導するロジール氏は「スティーブン(フルトン)も人を魅了するすごいヤツ。彼はシャープシューター(狙撃手)でカウンター、コンビネーション、接近戦、フットワークとどんな仕事でもこなせる。イノウエが122にやって来て、すごいヤツ同士の対決を観てみたい」と興奮気味に語る。

 ハードパンチャーが相手をバッタバッタと倒すのがボクシングの醍醐味だが、テクニカルな選手が強打を封じてポイント勝ちするのもボクシングの一面であり魅力。井上とフルトン。身長では165センチの井上に対し170センチ、リーチは171センチ対179センチといずれもフルトンが勝る。モンスターの絶対的な強さを向こうに回してヒゲのフィラデルフィアンがどれだけ持ち味を発揮するか、じっくりと観てみたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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