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元世界ヘビー級王者が最強カネロ・アルバレスの次戦に「待った」 その背景とは?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
カネロ・アルバレス(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

大型契約の第1戦

 ボクシングの当代一のスター、スーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)の次回リングは5月7日、ラスベガスのT-モバイル・アリーナで予定される。相手はWBA世界ライトヘビー級スーパー王者ディミトリ・ビボル(ロシア)。2019年のセルゲイ・コバレフ戦に続くライトヘビー級王座挑戦になる。

 主催はマッチルーム・ボクシングとストリーミング配信DAZN。両者はカネロと今年3試合パッケージの契約を結んだと言われ、その額は1億6000万ドル(約184億円)。9月にゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン=4月9日、村田諒太が勝てばカネロの相手に浮上する可能性大)、12月にもう1試合という大筋のスケジュールが伝えられる。

 昨年12月に行ったウマール・サラモフ(ロシア)戦でレギュラー王者に昇格してから8度目の防衛に成功したビボル(19勝11KO無敗=30歳)は6試合連続判定決着となったが、安定感が抜群。パウンド・フォー・パウンド・キングのカネロに対して下馬評不利は否めないが、スタイル的にカネロを苦しめるのではないかと予想される。しかしビボルはリングに上がるべきではないという意見が出始めている。ロシアのウクライナ侵攻が背景にある。

クリチコ兄弟が「待った」かける

 中央アジアのキルギスタン出身のビボルだが、ロシア在住でロシア国籍を持つ。家族もロシアに居住している。サッカーなど他のスポーツもロシア人やチームへ対する出場禁止が行使される中、試合が米国で予定されているにもかかわらず、ビボルへの風当たりが強まっている。その先鋒はウクライナの重鎮、ビタリ&ウラジミールのクリチコ兄弟だ。

 「絶対にダメだ。彼自身あるいはスポーツ選手として反対しているわけではない。ロシアの政策に対してだ。ロシアを代表するすべての人間には制裁が必要。なぜならプーチンは我々に非常識な戦争を仕掛けているからだ。戦争にいいことは何もない」

 弟の元ヘビー級3団体統一王者ウラジミール・クリチコ氏(45歳)は英国BBCラジオのインタビューで断言した。現WBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英)に敗れるまで9年に及ぶ長期王者に君臨し、11年間無敗と無敵を誇った同氏はカネロvsビボル開催に強く反対する。兄の首都キエフ市長で、国のリーダー的立場のビタリ・クリチコ氏(50歳=元WBCヘビー級王者)も経済制裁同様、スポーツを通じてプーチン大統領にプレッシャーをかける意義を強調する。

ウラジミール(左)とビタリのクリチコ兄弟(写真:talkSPORT)
ウラジミール(左)とビタリのクリチコ兄弟(写真:talkSPORT)

 この動きに対してマッチルーム・ボクシング会長、エディ・ハーン・プロモーターは「私にとって複雑なテーマだ。ビボルのことはよく知っているし彼が平和を望んでいるのは明らかだ。いろいろな議論があるのはわかっているけど、私は一人の人間(ビボル)の夢を叶えてやりたい」とビボルを擁護。そして「NHL(アイスホッケーの北米リーグ)には多くのロシア人がプレーしている。今のところ試合が流れる心配はまったくない」と話す。

ビボルは許容されるべきか否か

 さて、このテーマに関して米国の著名ボクシングライター2人が対立した意見をぶつけ合っている。

 一人はヤフースポーツのケビン・アイオール記者。自身のコラムで「ウクライナ侵攻の最中でもビボルは出場が許されるべきだ」と自論を展開。同記者はまず「クリチコ兄弟の発言はミスリードで、プーチン大統領に与えるインパクトはゼロだろう。彼はそんなニュースが流れたことさえ気に留めていないはずだ」と全体的な戦況に与える影響はないと記す。

 そしてビボルが得るファイトマネーが彼の家族に恩恵を与え、代々にわたって引き継がれると主張。彼の人生を変える一戦を中止させるのはいかにも非情だと訴える。

 ちなみに今回、ビボルの保証額は200万ドル(約2億3000万円)。しかしDAZNによると視聴者が別料金を払って視聴するPPVシステムで、最終的に350万ドルから400万ドル(約4億円から4億6000万円)の報酬が望めるという。サラモフ戦が50万ドル(約5750万円)だったことと比べると格段の差である。一方カネロは保証額が1500万ドル(約17億2000万円)だが、同じくPPV売り上げのシェアで4000万ドル(約46億円)に達するという。

 スーパースターのカネロと比べて10分の1だが、このチャンスを逃すと2度とめぐって来ない絶好機をビボルが享受することは必要な権利だと同氏は説く。

同胞の勝利でプーチン氏は有頂天?

 一方、著書も多く、19年に国際ボクシング名誉の殿堂博物館で殿堂入りしたトーマス・ハウザー氏はクリチコ兄弟と同様の立場を取る。「スポーツと政治は切り離して考えるべきだけど、カネロvsビボルを進行されるかどうかの議論は今、最高潮に達している。ビボルから高報酬を得る機会を取り上げることはフェアなのか?」と問題を提起する。

 ハウザー氏は1938年に行われたジョー・ルイス(米)vsマックス・シュメリング(ドイツ)の再戦に言及。アドルフ・ヒトラーに例えられることが多いプーチン大統領にとってビボルはシュメリングに相当するのではと分析。しかしシュメリングと違い、カネロの相手としてビボルは代替えが可能だとロシア人に辞退を促す。

 同氏がルイスvsシュメリングを引き合いに出したのはカネロの持つスターパワーのせいだという。もしシュメリングが勝っていれば(実際はルイスの1ラウンドKO勝ち)ナチス政権のムードが高揚したと解説。今回もしビボルが番狂わせを起こせば、同じ現象がロシアに起こるだろうと危惧する。試合の成立に関して無視を決め込む様子のプーチン氏だが、同胞ビボルが最強ボクサーを負かせば、国民的ヒーローとしてモテはやすに違いないと。

幻となるかもしれないカネロvsビボルのバナー(写真:DAZN)
幻となるかもしれないカネロvsビボルのバナー(写真:DAZN)

いきなり中止の可能性も

 最後にハウザー氏は耳よりな情報を記している。それはDAZNの創立者レン・ブラバトニク氏がウクライナ人であること。旧ソ連崩壊後、ロシア政府の民営化路線でアルミニウム産業などで巨万の富を得たブラバトニク氏は、それを元手にDAZNを興した。ウクライナ危機を憂慮する同氏は近々、カネロvsビボルの突然中止を発表するのではないかとハウザー氏は言う。そしてリングに上がらなくてもビボルの報酬はブラバトニク氏がポケットマネーから支払うと補足する。

 もし試合を強行すれば、ファンはDAZNとの契約を解除して戦争に抵抗することも予測可能。逆にこれらの状況から人気が沸騰してPPV購買が高数字を残すシナリオも頭に浮かぶ。果たして開始ゴングは鳴るのか?発表時、注目度がイマイチだったカードが俄然、熱い視線を浴びている。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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