木村翔の中国エキシビション

 元WBO世界フライ級王者で現ライトフライ級世界ランカーの木村翔(花形)が18日、中国の武漢で行ったエキシビションマッチが波紋を呼んでいる。相手のユーチューバーでキックボクサーの玄武(中国)が繰り出す反則行為に苦しめられ、最後は相手にリフトされた末、マットに頭から叩きつけられた。一部報道によると試合のルールが徹底されていなかったらしいが、基本的にはボクシングルールが適用されたと推測される。

 木村は2017年に中国で世界王者に就き、防衛戦を含めて同国で名を売り、人気を得ている選手。その延長線上として今回のエキシビションが組まれたようだが、とんだ災難に遭遇してしまった。コロナパンデミックという未曾有の災禍を経て、ボクシング界は有名元ボクサーたちがリングに復帰するエキシビション・ブームとなった。特に米国、メキシコでその傾向が続いている。

カネロに匹敵する活躍?

 さて、ユーチューバーボクサーと聞いて真っ先に思い浮かぶのが米国のジェイク&ローガンのポール兄弟である。特に弟のジェイク・ポール(24歳)は実力で兄をしのぐと言われ、18日、米国フロリダ州タンパで行った総合格闘技UFCの元チャンピオン、タイロン・ウッドリー(米)戦で一皮むけたとの評判を獲得している。ポールはクルーザー級8回戦で6回2分12秒、右一撃でウッドリーをキャンバスに沈めKO勝ち。これで2020年1月のデビュー戦から5勝4KO無敗。今年に限ると3勝2KO無敗で、いずれも視聴者が別料金を支払うPPV中継で高数字を残していることも特筆される。(以下に試合映像)

 これはボクシングのアイコンになったスーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)が今年マークした3勝3KO無敗と比肩し、昨年12月から1年のスパンで見るとカネロとポールは4勝3KO無敗と一致する。試合のステイタスと両者の実力は天と地ほどの差があるものの、注目度とメディアのフィーバーぶりは拮抗していた。

 もちろんポールの試合を「茶番だ」と決めつける向きは強い。それは識者であっても一般のファンであっても変わらない。ボクシングあるいは格闘技メディア、ゴシップを売り物にするSNSでもポールのパフォーマンスに関する批判中傷はあふれている。筆者も「ジェイク・ポールはボクシングにとって有益それとも有害か?」と問われれば間違いなく「猛毒だ」と答えていた。

アンチファンを沈黙させた

 ところが最近の状況は看過できないものに変わりつつある。2021年が終わろうとしている現在、「ボクシングの表の顔はカネロだろうが、好き嫌いがあるにせよ、今年はジェイク・ポールの年だった」(ESPNドットコム)という意見が米メディアでは聞かれる。その記事では「今年はポールにとり反対者を沈黙させる1年だった」(マーク・ライモンディ=同サイトの専属記者)と言い切っている。果たしてそれは当たっているだろうか。

 同じESPNの著名アナリスト、スティーブン・A・スミス氏は「これまでポールが対戦した相手は同じユーチューバー、元バスケットボール選手、レスラー。ウッドリーはUFCの元王者だが、彼もレスラー。もはや彼は虚構の中の相手と対戦できなくなった。私が彼に求めるのは戦績が3戦にしろ10戦にしろ、真のボクサーとの対決だ」と自論を展開。視聴者に同意を求めた。

 さらにスミス氏はポールがウッドリー戦後に口に出したカネロに関しては「全くのジョークだ。カネロの1ラウンドKO勝ちに終わる」と吐き捨てた。

新しいリングの牽引者

 とはいえ、カネロの名前まで出たことはポールの存在を一段と印象づけるものだった。まさか、来年中に実現するとはとても思えないが、ポールが時代の寵児として台頭していることは紛れもない事実だ。彼を支持する意見では、PPV中継で残した数字が挙げられる。今年のボクシング界はマニー・パッキアオvsヨルデニス・ウガス(WBAウェルター級スーパー戦)、テレンス・クロフォードvsショーン・ポーター(WBOウェルター級戦)、ジェルボンテ・デイビスvsイサック・クルス(WBAライト級戦)など注目試合のPPV購買件数が軒並み芳しくなかった。それに反して大手有料チャンネルのショータイムがPPV中継したウッドリー戦をはじめとするポールの試合は主催者を大いに満足させた。

 ポールのファンベースが彼のユーチューブの映像を見て育った若年層というのは一時的な現象だと捉えられるかもしれない。だが、彼らが成長し、そのままボクシングファンでいてくれればそれに越したことはない。その点でポールは今、ボクシングの牽引者的な立場にいると言えるだろう。彼の芝居がかった仕種や子供じみた態度に反感を感じる一方で、前座カードに上位ランカーや有望選手を起用するなど、今後の“ケア”を忘れていないところは一流のプロモーター並みの配慮だと言えるのではないだろうか。

もう茶番は許されない

 ボクシング業界はテレビ放映の象徴的な存在だったHBО(ホーム・ボックス・オフィス)が撤退、ライバルだったショータイムが生き残った。そしてDAZN、ESPN+といったストリーミング配信サービスが幅を利かせてから3年ほど経過した。この3年は短いようにも長いようにも感じられるが、またしても時代は急速に変化している。「くだらない。下品だ」と嘲笑されながらも結果を出しているポール。視聴件数は別としても好カードを連発しているショータイムが複数試合の契約を交わしたことは同業のボクサーには羨ましく映るに違いない。

一撃で決着をつけたポール(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME}
一撃で決着をつけたポール(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME}

 かと言って、このユーチューバーボクサーの躍進を手放しで称賛することはできない。ESPNのスミス氏が指摘したように、もう茶番ではいられなくなった。本当の勝負はこれから。8月の初戦の結果(2-1判定でポールが辛勝)を受けての再戦だったウッドリー戦は当初、相手にWBCヘビー級王者タイソン・フューリーの異母弟のトミー・フューリー(英)が予定された。れっきとしたライトヘビー級ボクサーで、これまで7勝4KO無敗。ところが試合の2週間前にあばら骨を痛めたために辞退。ウッドリー2がスペクタクルな結末に終わり、イベントとしても盛況だったことから伏せられた雰囲気があるが、もしフューリーと戦っていれば、かなりリスキーな試合だっただろう。

 いくら向上が著しいとはいえ、相手のレベルが上がり、正真正銘のボクサーと対峙すれば、ポール自身に危険が伴う。すでにファンは並の相手とのマッチメイクでは納得できないところまで要求している。記録サイトのボックスレクはポールを一ボクサーと認めて5試合全部を掲載している。だが、実際はエキシビションマッチに限りなく近い。どんなに興行的に成功し、メディアの扱いが大きくとも事故が発生してしまえば、すべてがオジャンに終わるのがボクシングである。そこは十分過ぎるほどに気を配るべきである。ケースは異なるにしても冒頭に挙げた木村のような、一つ間違えると大事故につながる心配が出てくる。

なぜボクシングかは永遠のテーマ

 同時にいつも思うのは、なぜエキシビションマッチにボクシング(ルール)が選ばれるかということだ。主役がボクサーだというのが理由だろうか。有名ボクサーが相手の土俵、例えばUFCルールで戦えば負ける確率が高いからだろうか。実際、女子のケースだが、五輪連続金メダリストでプロでも2階級で比類なきチャンピオンに就いたクラレッサ・シールズ(米)が10月、総合格闘技2戦目で判定負け。また7階級制覇の離れ業で同じく女子トップに位置するアマンダ・セラノ(プエルトリコ)もUFCに参戦し苦戦を経験した。

ポールvsウッドリー2のカードで勝利を飾ったセラノ(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME)
ポールvsウッドリー2のカードで勝利を飾ったセラノ(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME)

 ちなみにポールvsウッドリー2では前座でNFL(アメリカンフットボール)とNBA(バスケットボール)の元選手同士がボクシング試合を行った。また昨年、当時のヘビー級3団体統一王者アンソニー・ジョシュア(英)に挑戦したクブラット・プレフ(ブルガリア)が元UFC選手と2月に対戦する。どの事例も「ボクシングがいいように扱われ、食われている」と思えてならない。それでもクロスオーバーしているようで、軸を占めるのがボクシング。格闘技の王道は守られている?その答えを探すのも来年の楽しみにしたい。