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井上尚弥の4団体統一実現のカギを握る男はいったい何者なのか

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ドネアとともにベルト贈呈式に出席したシェーファー氏(左端)(写真:WBC)

英国のプロスペクトと契約

 15日、欧州&英国&英連邦バンタム級王者リー・マクレガー(英)が今年9月に船出したプロモート会社「プロべラム」と契約したニュースが伝わった。マクレガー(24歳)はWBAスーパー・IBF統一バンタム級王者井上尚弥(大橋)の挑戦者候補のスコットランド人。プロべラムを率いるのは米国大手プロモーション「ゴールデンボーイ・プロモーションズ」(GBP)の元CEOリチャード・シェーファー氏(60歳)。WBCバンタム級王者ノニト・ドネア(フィリピン)をはじめ、続々と著名選手を傘下に入れ、同級WBO王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)の指名試合(対ポール・バトラー)の興行権も獲得した人物だ。

 ドネア、カシメロ…そして2人と比べると知名度は低いがマクレガーと来れば、どうしても井上と結びつく。カシメロはマニー・パッキアオ・プロモーションズ所属で、しばらく離れることはないと推測されるが、プロべラムがバトラー戦を取り仕切ることに変わりはない。そしてドネアのWBC暫定王者レイマート・ガバリョ(フィリピン)との防衛戦もプロべラム主催で12月11日ロサンゼルス近郊カーソンで開催される。

地域3冠王でIBF3位のマクレガー(写真:BoxingScene.com)
地域3冠王でIBF3位のマクレガー(写真:BoxingScene.com)

スイス人銀行家

 スイスの銀行家シェーファー氏がロサンゼルスに赴任したのは1994年。最終ポジションはスイス最大の銀行UBSの米国CEO代理。要職を務めながら2000年、6階級制覇王者オスカー・デラホーヤが旗揚げしたGBPへ転身。以後15年にわたりGBPの重役として経営面、マッチメーキングで同社に絶大な貢献を果たした。

 ところが2014年、GBPにお家騒動というべきスキャンダルが発生。結果的にシェーファー氏は追放されることになった。当時のニュースを再チェックしてみたが、決定的な真相はわからなかった。ただ一つ言えるのはシェーファー氏の権力が強くなり過ぎたことが挙げられる。株主としてもデラホーヤ氏に次ぐGBPの株式を所有していたと言われる。また同社でシェーファー氏の息がかかった幹部、社員は全員、退職に追い込まれた。同年6月のことだった。

 裁判に訴えたデラホーヤ氏だったが、15年1月、両者の間で和解が成立。ボクシング界に未練を残すシェーファー氏は当時新興だったフロイド・メイウェザーの「メイウェザー・プロモーションズ」の運営を任せられる噂があった。しかし話は進展しなかった。和解に落ち着いたとはいえ、GBPから同氏の行動に牽制球が投じられたと思われる。

 翌16年夏、シェーファー氏は「リングスター・スポーツ」を創立。いよいよ独立したプロモーターとして腕を振るうと思われた。だが、他のプロモーターとの共同プロモーションという興行形態にとどまり、看板選手もドネアぐらいという状態が続く。GBP時代とは異なり地味な存在に甘んじていた。今から思うと、これが充電期間だったような気がする。

世界中の強豪&プロモーターと提携

 これまで「ドネアのプロモーター」という印象が強かったシェーファー氏が飛ぶ鳥を落とす勢いで有望選手獲得に走っているのがプロべラムの現状である。スーパーライト級4団体統一王者ジョシュ・テイラー(英)にWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)決勝で惜敗したレジス・プログレイス(米)、軽量級4階級制覇王者ドニー・ニエテス(フィリピン)、スーパーミドル級とライトヘビー級で世界王者に就いたバドゥ・ジャック(スウェーデン)、WBAウェルター級1位エイマンタス・スタニオニス(リトアニア)、スーパーフェザー級の強打者エドゥアルド・エルナンデス(メキシコ)らドネアとバトラーを加えるとサインを交わした世界ランカーやメインエベントを張れる選手は現在まで18人に及ぶ。

 しかもプロべラムはドイツ、カナダ、スペイン、スコットランド、イングランド、ラトビア、ロシア、ニュージーランド、コロンビア、プエルトリコ、メキシコ、ドミニカ共和国、ニカラグア、豪州、ベネズエラ、エルサルバドル、インドネシア、ガーナと世界各国のプロモーターとプロモーション提携を結んだ。これはまだパブリシティーというべき段階で、著名プロモーションを脅かす存在にはなっていない。しかしこれほど急速に勢力を拡大するとは想像できなかった。

ドネアvsガバリョ&カシメロvsバトラー

 おそらくシェーファー氏は“充電期間”の間、資金集めに必死に取り組んでいただろう。どのような形で実行していたかは推測の域を出ないが、優秀な銀行家というキャリアから順調に事が進んだと想像できる。もちろんボクシング愛、情熱が彼を後押しした。

 プロべラムの興行第1弾はドネアvsガバリョになる見込みで、同じ12月11日にはアラブ首長国連邦のドバイでカシメロvsバトラーが組まれている。前者はやはりドネア有利が動かしがたく、後者もカシメロに分がある。それでも仮にバトラーが番狂わせを起こしてもシェーファー氏はドネアvsバトラーの統一戦を組むことが可能。また冒頭で触れたマクレガーを傘下に入れたことで、バンタム級のラインナップが一段と充実した。

ドネアvsガバリョは12月11日(写真:PBC)
ドネアvsガバリョは12月11日(写真:PBC)

 マクレガー(11勝9KO無敗)はプロべラムとサインした翌日(16日)エディ・ハーン氏率いる大手プロモーション「マッチルーム・ボクシング」とも契約を締結。次戦が12月18日マンチェスターで決まり、ナレク・アブガリアン(アルメニア)と欧州王座の防衛戦を行う。勝利を収めるとIBFバンタム級の指名挑戦者にノミネートされると伝えられる。

井上の全王座統一のカギを握る男?

 ドネア(WBC)、カシメロ(WBO)そしてマクレガー(IBF)と一人のプロモーター(シェーファー氏)が、井上との対決が待望される選手を抱える状況が形成しつつある。繰り返すがカシメロは同氏の支配下のボクサーではない。それでもバトラー戦後どういった様相になるか予断を許さない。同氏がバンタム級の全ベルト統一を目標に掲げる井上を包囲しているような印象を受ける。

 GBPで手腕を振るっていた頃のシェーファー氏は「リチャード・シェーファーあってのGBP」と称賛された。同時にデラホーヤ(ゴールデンボーイ)というブランドが彼に仕事をさせやすくしたとも言えた。同社との別れ際、多くの選手を引き連れて一気に新プロモーション設立に走れなかったのは今一つ彼に人望がなかったからかもしれない。ただドネアという、いまだに輝きを失わないスターを得た今、シェーファー氏がどんな仕掛けを用意しているか非常に気になるところだ。

 井上自身もアラン・ディバエン(タイ)との防衛戦(12月14日・両国国技館)が控えている12月。とりわけドネア、カシメロの試合結果がバンタム級トップ戦線の行方を左右する。そこでシェーファー氏が勝者同士の統一戦を組むのか、あるいは誰をトップバッターとして井上に当てようとするのか。ひとまずお手並み拝見となろうか。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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