好ファイトの予感

 WBO世界スーパーフライ級王者井岡一翔(志成)vs挑戦者2位フランシスコ・ロドリゲス(メキシコ)の一戦が明日に迫ってきた(東京・大田区総合体育館)。昨年の大みそか鮮やかなTKO勝ちで田中恒成(畑中)の挑戦を撃退した井岡。その残像も影響して予想は有利と出ているが、ロドリゲスはかなりの強敵だと私は見ている。そしてこのカードは好勝負の予感を強く感じさせる。

 大方の日本のファンは井岡の勝利は固いと信じているだろう。田中戦であれだけのパフォーマンスを見せつけられれば当然だ。その後タトゥー問題、ドーピングをめぐる騒動に巻き込まれたものの、解決に向かい再びリングに勇姿を現す。話題は他団体のチャンピオンとの統一戦へと移り、ロドリゲス戦は指名試合として「義務を果たす」意味が大きいとも思われる。だがそこに死角はないだろうか。

山中vsネリとの類似

 WBC世界バンタム級王者として一世を風靡した山中慎介は2017年8月、ルイス・ネリ(メキシコ)に4回TKO負けで王座を追われた。当時の山中は具志堅用高の日本人世界戦連続防衛記録に接近していた。無敗でKO率も高いネリは強敵と見なされていたが、話題は防衛回数に絞られていた。若くて強い挑戦者を降して記録達成に向けて“箔”をつける目的もあったように思う。

 勢いの点では、あの時点のネリの方が勝っていた印象もするが、今回のロドリゲスも現在15連勝11KO中の快進撃を軽視することはできない。連勝の中には以前、井岡ジムに所属し日本のリングに上がったパブロ・カリージョ(コロンビア)や元日本スーパーフライ級王者の戸部洋平(三迫)、元WBA世界フライ級王者エルナン“タイソン”マルケス(メキシコ)といった相手が含まれる。しかも彼らを蹂躙するようにストップしている。年齢も28歳と現在のボクサーなら、ピークを迎える時期である。井岡としては心して対処するべきだろう。

井岡ジムに所属したカリージョを降したロドリゲス(写真:Promociones del Pueblo)
井岡ジムに所属したカリージョを降したロドリゲス(写真:Promociones del Pueblo)

アウェーで強いメキシカン

 もちろん、2014年8月、WBO世界ミニマム級王者時代に地元モンテレーにIBF王者だった高山勝成を迎え、ESPNドットコムから「年間最高試合」と称賛された激闘の末、高山に3-0判定勝ちを収めた一戦も評価しなければならない。そしてロドリゲスがメキシカン・ボクサーであることを忘れてはいけない。

 メキシコのボクサー、とりわけプロフェッショナルの選手が世界的にブランド視されている。「メキシカン・スタイル=アグレッシブ、勇敢にハートを誇示して戦う」という図式が確立され、興行収入に直結することから米国の大手プロモーションをはじめ、各国のイベントに彼らは引っ張りだこである。海外のプロモーターから呼ばれるのは地元の有望選手の「引き立て役」という要素が強い。だが今年に入り中堅選手と位置づけられていたマウリシオ・ララ(フェザー級)といったメキシカンたちが英国を中心に各地でアップセット(番狂わせ)を演じている。

 その連鎖が“チワス”または“チタニウム”のニックネームを持つロドリゲスにも感じられるのだ。高山戦の前、直接ロドリゲスに聞くと“チワス”とはメキシコを代表するチワワ犬のことだという。確かに彼の声はチワワのようにかわいい。しかしひとたびリングに上がれば狂犬に変身する――日本メディアの記述は言い得て妙である。

ボクシング文化の国からの刺客

 話は逸れるが、今回の東京五輪でメキシコが獲得したメダルは銅4個にとどまった。ゴールドラッシュのように金メダル27個を獲得した日本とは雲泥の差があった。日本は地元開催という恩恵が多分に働いたと思うしスポーツ全体に対する取り組み方、強化予算も両国の間に隔たりがある。

 ただ、メキシコのスポーツに対する関心はサッカーに特化している。メキシコに限らず中南米ではその傾向が強い。そこに割り込むのがボクシングだ。「メキシコのボクシングには文化がある」と記したのは名筆・佐瀬稔氏だが、その伝統は今でも波打っている。今年に入ってメキシカン・ボクサーたちが巻き起こした番狂わせは偶然ではない。彼らの持つ底力は無視できない。

 井岡がこれまで対戦したメキシコ人はWBCミニマム級王者時代の初防衛戦で判定勝ちしたフアン・エルナンデスとWBAライトフライ級王座決定戦で対戦し、6回TKO勝ちしたホセ・ロドリゲスの2人。また共通の相手、カリージョに井岡はノンタイトル戦で判定勝ち、ロドリゲスは4回TKO勝ちしているが、これはあまり参考にならないだろう。

 他方で田中恒成がWBOライトフライ級王座決定戦で5回TKO勝ちで一蹴したモイセス・フエンテス(メキシコ)にロドリゲスは2015年12月、2-1判定負けしている。井岡が田中に素晴らしい勝ち方をしたことで、三段論法ではロドリゲスに不利な予想が立つ。ロドリゲスが最後に負けたのはその試合だ。

 ロドリゲスはキャリア初期の段階とはいえ“ロマゴン”ローマン・ゴンサレスに敵地ニカラグアで7回TKO負け。ミニマム級王座を返上してWBOライトフライ級王者ドニー・ニエテスに敵地フィリピンで挑み3-0判定負けとトップクラスの実力者に屈している。現在パウンド・フォー・パウンド10傑に入ろうとしている井岡とは相性がよくない。

井岡戦の契約書を掲げる陽気なロドリゲス(写真:Cancun Boxing)
井岡戦の契約書を掲げる陽気なロドリゲス(写真:Cancun Boxing)

ラストチャンス。死んでも勝ちたい

 そんな負の材料を考慮してもロドリゲスに肩入れしたくなるのは、やはりメキシカンの血の騒ぎが感じられるからだ。そこに強打者の特権“パンチャーズ・チャンス”が加わる。そして栄誉。知り合いのメキシコのボクシング記者は「メキシコはボクシングで数えきれない世界チャンピオンを輩出しているのにスポーツで話題を独占するのはサッカーばかり」と嘆く。とはいえ井岡のような一流の王者に勝てば必ず高い評価を勝ち取るはずだ。それがロドリゲスのモチベーションを刺激する。

 オンライン会見で挑戦者は「ここに至るまで長い時間がかかり、今回が最後のチャンスだと捉えている。このチャンスを絶対に逃したくない。死んでもいいくらいの心構えで戦う」と宣言した。すべてが真実だと察せられる。

 本当なら、2、3年前にロドリゲスは世界に挑むべきだったかもしれない。これは陣営の力不足が災いしたと見る。だが、それだけ満を持して挑戦できるわけで、力をキープしていると捉えたい。少なくとも田中同様に、井岡の真の実力を引き出す格好の相手に思える。もうすぐ計量が始まる。これほど開始ゴングが待ち遠しい試合はそう多くはない。