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ジョシュアvsフューリー「ヘビー級頂上決戦」が実現か。待ったをかける者たちの思惑とは

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
昨年12月、プレフ(左)を一蹴したジョシュア(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

もうすぐ正式発表

 「我々の交渉が少しもブレていないことを皆さんにお伝えしたい。開催地はサウジアラビア、カタール、ドバイなどの中東、あるいはシンガポール、中国そしてアメリカが候補に挙がっている」

 こう語るのは英国のプロモーション、マッチルーム・ボクシングのトップで、ストリーミング配信DAZNの推進役を務めるエディ・ハーン・プロモーター(41歳)。WBAスーパー・IBF・WBO世界ヘビー級統一王者アンソニー・ジョシュア(英)vs同級WBC王者タイソン・フューリー(英)は欧米のメディアが発信する「2021年に実現させたいビッグマッチ10番(あるいは5番)」という企画で、こぞって1位にランクされている。

 その理由は?――という問いには「ヘビー級というボクシングで特別なクラスに久々に“比類なき”チャンピオンが誕生するからだ」という答がもっとも適切だろう。ジョシュア、フューリーと同じ英国人のレノックス・ルイス以来、21年ぶりに全ベルトを統一する正真正銘の世界王者が生まれる。正式発表はまだだが、ジョシュアのプロモーター、ハーン氏もフューリーの共同プロモーターのボブ・アラム氏(トップランク社)も交渉の進展にはっきりと手応えを感じている。

前王者との第3戦は消滅?

 率直に言って、私はこれだけ大規模な統一戦の折衝がスムーズに運んでいることに驚いている。というのはフューリーは前王者デオンテイ・ワイルダー(米)との第3戦が確実だと思っていたからだ。またジョシュアはWBO1位オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)との指名試合が通達されており、それをクリアしないとフューリー戦の即実現は難しいと考えていた。

 ところが最近のニュースでハーン氏は「ワイルダーとの第3戦の契約は、もはや期限が失効した。フューリーが次ワイルダーと戦うことは重要ではない。なぜならジョシュアはビッグな報酬が得られるフューリー戦が待っているからだ」と主張。「ジョシュアvsフューリーは5月か6月に実現する見込みだ」と英国スカイ・スポーツのインタビューで答えている。

 フューリーは私的にもワイルダーとの第3戦を“嫌う”理由がある。それは両者の初戦、第2戦で「フューリーが使用したグローブに不正があった」とワイルダーがソーシャルメディアで抗議したのが原因。これに対しフューリーは「ワイルダーとは二度と戦いたくない」と激怒。アラム・プロモーターも「それは彼に対する侮辱だけではなく(フューリーのルーツの)ジプシー・コミュニティー(発音まま)に向けた中傷だ」と発言。プロモートするフューリーを援護する。ちなみに第2戦を管轄したネバダ州アスレチック・コミッションは「グローブに不正はなかった」と断定している。

指名挑戦者ウシク

 とにかくリング外の様相はジョシュアvsフューリー実現へまっしぐらの状態だ。数日前、DAZNの広報が流した記事では「95パーセント話はまとまった。もうすぐ我々の交渉は成立する」(アラム氏)というところまで達している。同じくDAZNの記事では「すでに財政的なアイテムは解決している。報酬は総収入の50―50の折半。唯一の問題はウシクがWBOの指名挑戦者であること」と報じる。

 オリンピックの金メダリストからプロ入りしたウシクはヘビー級より1階級軽いクルーザー級でWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)で優勝し4団体のベルトを統一した。その功績を土産にヘビー級に進出。テストマッチを2試合こなし、主要4団体の一つWBOの指名挑戦者にノミネートされた。一部の日本のファンから“大仏様”と呼ばれる濃い目の風貌とは裏腹にスタイルはサウスポーの洗練されたテクニシャン。ただクルーザー級で“比類なき”チャンピオンに君臨してもヘビー級では未知数。正直、「WBO1位」は評価され過ぎ、時期尚早の印象が強い。

 いずれにせよ、ジョシュアとウシクをプロモートするハーン氏は腕の見せ所だろう。思い切ってジョシュアがWBOタイトルを返上してフューリーと対戦するという案も一部で出ているが、それでは最大の売り物である“比類なき”王者誕生は実現しない。さっそくハーン氏はウシクと11月、ヘビー級ナンバーワンのホープと見られたダニエル・デュボアを倒して“英国第3の男”に躍り出たジョー・ジョイスとのWBOヘビー級暫定王座決定戦を提案。「勝者はジョシュアvsフューリーの後にフル・タイトルホルダー(正規王者)に就く可能性がある」とウシクをけしかける。

 筋道としてはいいアイディアだが、ウシク陣営も抜け目がない。当然、報酬は直にジョシュアに挑戦した方がジョイスと対戦するよりも多くなる。同時にジョイスはかなりリスクが伴う相手だ。「待機料として200万ドル(約2億600万円=1ドル103円として計算。以下同じ)ほどいただきたい」という話をハーン氏に持ち込んでいるという。

ジョシュアに標的を定めるウシク(写真:BoxingScene.com)
ジョシュアに標的を定めるウシク(写真:BoxingScene.com)

ワイルダーは立ち直れるか?

 一方で「蚊帳の外」に置かれているワイルダーがフューリー側と調停に持ち込み、たとえ第3戦が実現しなくても代償を要求するのではという噂も出始めている。いちゃもんをつけたグローブの件といい、前チャンピオンのプライドが許さないのか?と指摘したくなるが、ジョシュアvsフューリーは契約に再戦の条項まであるというからワイルダーは居ても立っても居られないのだろう。

 私は昨年2月のフューリー戦で肉体的にも精神的にもダメージを受けたワイルダーはひとまず調整試合をはさむことを念頭に置くべきだと思う。一撃に、とくに右強打に絶対のパワーを持つワイルダーだが、今ラバーマッチ(第3戦)が締結しても不利の予想が否めない。彼の陣営、所属するPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)はいったいどんな構想を持っているのか測りかねるが、再起戦で勝って自信をよみがえらせることがワイルダーには求められる。

 それを察知してか、第三者というべきハーン氏が「ワイルダーはホワイトかチゾラと対戦すべきだ」とさらなる提案。ホワイトとは前WBC暫定王者で昨年KO負けしたアレクサンドル・ポベトキン(ロシア)とのリマッチを控えるディリアン・ホワイト(英)のこと。チゾラとはウシクのヘビー級転向第2戦を戦ったデリック・チゾラ(英)。いずれもハーン氏の持ち駒で、世界ランキングに顔を出す。これに対してPBCがどんな対応をするか今後の見どころになる。

「タイトル認定団体はいらない」

 他方でハーン氏はWBOのフランシスコ・バルカルセル会長と直接コンタクトし「ウシク問題」の解決に努めている。ハーン氏のコメントでは同会長は、のらりくらりと対応している印象。今のところ、それほどジョシュアvsウシクをプッシュしていない雰囲気も感じられる。

 WBOに限らずハーン氏がタイトル認定団体に対して抱いている不満は承認料の高さ。ジョシュアvsフューリーに関して同氏が試算したところでは1団体あたり30万ドル(約3090万円)承認料を支払わなければならず4団体で120万ドル、マイナー団体のIBОを入れると合計で150万ドル(約1億5450万円)に達するという。無視できる額ではない。

 もちろんボクサーにとってベルトの価値は何ものにも代えられない。ハーン氏も十分それを承知している。だが、あえて苦言を呈する。「私にとってもタイトル認定団体、ベルト、ボクシングの歴史は非常に貴重だ。でも今ボクシングは新たな時代に差し掛かっている。コロナパンデミックのさなか、チェンジが求められている」

 チェンジとは今あるWBC、WBA、WBO、IBFの権威に対抗してビッグマッチを成立させること。今までも多くのプロモーターやメディアが提唱してきたことだが、今回のハーン氏ほど敢然と反論した者はいなかった。私も大いに支持したい。このテーマについては別の機会に掘り下げてみたい。

タイトル認定団体に苦言を呈したハーン・プロモーター(写真:BoxingScene.com)
タイトル認定団体に苦言を呈したハーン・プロモーター(写真:BoxingScene.com)

大観衆の前で見たい

 3冠統一王者という地位に敬意を表するとジョシュアvsフューリー、“正統派”王者というステイタスを評価するとフューリーvsジョシュア。どちらもAサイド(主役)を主張できるところが、このカードの重要さを象徴する。だが実現しても、あるいは実現する前に王座が分裂する事態も推測される。もしワイルダーとの調停がこじれるとフューリーは無冠でリングに上がる可能性さえある。そんな事態が起きると想定するとハーン氏が訴えるようにタイトル認定団体の規則は時代にそぐわないものなのかもしれない。

 英国ボクシング史上最高のカードといわれる対決は、もし観客入りで大スタジアムで開催されれば10万人以上のファンを集めるだろうと言われる。しかし冒頭のハーン氏の言葉は英国開催を諦めている。現在ロックダウン中の同国では仕方ないことか。個人的にはジョシュアはまずウシクと指名試合をクリアし、フューリーはワイルダーを返り討ちにして頂上決戦に臨むのが好ましいと思っている。楽観的すぎるかもしれないが、両者が対決する頃にはパンデミックが収束に向かっているのではないだろうか。やはり大観衆の前で、そして両者の母国で実現してほしい統一戦だから……。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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