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井上尚弥戦は夢物語に。体重超過ネリは「規律を守らない」非情な男

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
中止されたネリvsロドリゲス(写真:Mayweather Promotions)

報酬アップもロドリゲスはNO

 問題児ルイス・ネリ(メキシコ)がまた話題を提供した。前WBCバンタム級王者で現在1位のネリは今日23日(日本時間24日)ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで前IBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)と対戦する予定だった。しかし昨日22日の計量でバンタム級リミット118ポンド(53.52キロ)を超過する119ポンド(53.98キロ)を計測。2時間の猶予時間が与えられ、1ポンド(453グラム)落とすことは可能に思えたが、ネリは再計量を拒否。118ポンドで合格したロドリゲスに対して陣営はファイトマネーを上乗せすることを条件に対戦交渉に入った。

 しかし前回5月の井上尚弥(大橋)とのワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)準決勝で2回TKO負けしたロドリゲスと陣営は対戦を拒絶。日本のファンにも興味津々だったWBCバンタム級挑戦者決定戦は残念ながら中止となった。

 この際、金額の話をしても意味がないのかもしれないが事前にNSAC(ネバダ州アスレチック・コミッション)が公表した報酬はネリが30万ドル(約3240万円)、ロドリゲスが7万5000ドル(約810万円)。ESPNのスペイン語版ESPNデポルテスによるとロドリゲス側に提示された上乗せ額は最初5万ドル(約540万円)。最終的に10万ドル(約1080万円)までアップしたという。正規に受け取る額をはるかに超える額をオファーされてもロドリゲス側は応じなかった。

山中戦の教訓

 それは山中慎介との第2戦からロドリゲス陣営が何を感じ取ったかを克明に伝えていた。増量したネリがどれだけ危険な相手かを彼らは恐れた。たとえ試合当日の体重制限幅が設けられても山中戦の結果からネリ優位は変わらない。リング内外で傲岸不遜に振る舞うネリにハンディを負わされ潰されたくないと判断したのに違いない。ネット上で見る限りファンはロドリゲスに好意的だ。

 反対に当然のごとくネリには手厳しい。すでに報道されているように井上尚弥は「ネリどうしようもないな……。また計量失格。こんな奴にゴタゴタ言われなくない。ボクシング界から追放でいい」とツイート。概ね海外のファンも「ネリはボクシングをリスペクトしていない」という書き込みが目立つ。

 山中戦の大幅体重オーバー、前回のフアン・カルロス・パヤノ戦は再計量で落としたものの1回目、半ポンドオーバー。もちろんリミット超過は問題なのだが、今回ネリが責められるのは猶予時間で体重を減らす努力を一切しなかったことだ。それこそプロ意識の欠如である。これはチームも関係することだが「相手(ロドリゲス)に金を渡せば試合は成立するだろう」と最初から計算していたフシがうかがえる。ボクシングサイトの一つ「バッドレフトフック・ドットコム」は「パンテラ(ネリのニックネーム)にどんな有利な解釈をしようとしても全く不可能だ」と言い切っている。

名将ローチに師事

 ネリは今回の試合に向け、ロサンゼルスのハリウッドでワイルドカードジムを主宰するフレディ・ローチ・トレーナーに弟子入りした。マニー・パッキアオとのコンビが有名な、殿堂入りしている米国を代表する名将だ。山中との再戦の前あたりだったと思うが、ネリの周辺を取材しているとローチ氏の影がちらついた。だからコンビ結成は予想していたより遅かった印象がする。

 そのローチ・トレーナーがネリを絶賛した。「最初にミットを持った時、この子は信じられない、何というパンチャーだと思った。パウンド・フォー・パウンドのベストに入れる。彼には無限の未来が広がっている。彼はスペシャルだ。ジャパニーズ・ファイター(井上尚弥)よりも強いだろう」

 だが数日後、ネリはジムに姿を見せなくなる。そこでローチ氏は意識してある日、指導を休む。今度はネリが電話を入れ「どうしたらいいのだろう」と助けを求めた。その後、両者の関係は良好になったという。これはESPNの記者が明かした話だが、ロドリゲス戦が迫ったネリは「ローチ氏のコンビで規律を学んだ。ミット打ちを入念にこなしスパーリング三昧。ストレッチの重要さもわかった」とコメント。一見、充実した日々を送っているように感じられた。

ローチ・トレーナーに弟子入りして試合に備えていたネリ(写真:サンフェル・プロモーションズ)
ローチ・トレーナーに弟子入りして試合に備えていたネリ(写真:サンフェル・プロモーションズ)

井上戦は夢物語に

 なのにまたしても醜聞をさらけ出すことになった。ファンの間で井上vsネリは軽量級のビッグマッチ。実現を待望する声が大きい。ネリ自身も「来年WBC王者に返り咲いて井上尚弥と統一戦となれば歓迎したい」と語っていたが、そんなところではなくなった。もう一つのスキャンダル、ドーピング違反に関してWBCは今月初めカネロ・アルバレスやレイ・バルガスらと同様ネリも実質的に“シロ”と判断。そのあたりもネリを増長させた理由かもしれない。

 もしかしたら今回の問題があったにもかかわらずWBCはネリを1階級上のスーパーバンタム級上位にランクすることがあるかもしれない。だがそれは絶対にあってはならない。断固メディアやファンは抗議すべきだろう。

ネリから報酬もらっていない

 さて以前取材で世話になったネリの前トレーナー、イスマエル・ラミレスに今回の問題に関して聞いてみた。ネリが自分の下を去り、さぞや落胆していると思いきや、ラテンの陽気さか、「オーラ、ミウラ久しぶり!コモエスタ?」と元気な声が聞こえてきた。ラミレス氏はアマチュア時代からネリをコーチした人物。2人の別離をたずねると、いきなり彼は主張した。

 「パヤノ戦のトレーナー料をもらっていないんだよ。その前の山中再戦も少しだけ。彼がどれだけの選手か知っているから指導していたけど、これではねえ。まあ、他の選手がいるから(ジム経営は)何とかなっているけど」(ラミレス氏)

 今回の計量失格について聞くと「自己管理していない」と斬り捨てる。続けて「ではローチ・トレーナーとの間に問題があった?」とたずねると「真実はわからない。トレーナーによって減量の指導の仕方は違うから。ここティファナでキャンプを行っていた当時はリミット150グラム超ぐらいをキープしていたよ。確かに時間にルーズだったけど、それはメキシコの文化。アメリカへ移ってカルチャーショックを受けたのかもしれない。彼がマネジャー&トレーナーとして正式にサインしているのは私だけ。でも私の下へ戻りたいと言ってきても絶対に受け付けないよ」とまくし立てた。

山中との再戦を前にラミレス氏(左)とミット打ちを行っていたネリ(写真:筆者)
山中との再戦を前にラミレス氏(左)とミット打ちを行っていたネリ(写真:筆者)

平気で恩師を裏切る非情さ

 もう一人、ネリの実像を明かしてくれたのがラミレス氏とも懇意のティファナのスポーツ記者エドムンド・エルナンデス。実弟が元プロボクサーで一時ラミレス氏の指導を受けたことがある。

 「ネリは一言でいえば規律を守らない男。ボクサーとしての才能は素晴らしいのだが…。ネリが子供の頃からその才能にほれ込んだイスマエル(ラミレス)は献身的に愛弟子をサポートした。一時、ネリが練習に来なくなったことがあった。バス代がなくてジムに行けなくなったネリに彼はお金を与えて助けてやった。すごく感謝すべきなのに平気で裏切った」

 地元の試合のユーチューブ中継で解説も務めるエルナンデス氏は続ける。「今年4月、ユーチューブのインタビューをネリに申し込んだ。なのに2度もすっぽかされた。だから後の仕事が遅くなってしまった。ただ接すると人当たりがよく、とてもフレンドリーな印象だ。でも約束を守る真面目さ、規律に欠ける。これではメキシコを代表するスターに就くことは難しい。どうかそれを改めてもらいたい」

 最後の言葉に、まだネリに立ち直る余地が残されている可能性を感じる。だが1ポンドを落とすことなくキャリアハイの報酬を失ったネリの心理を察するのは難しい。ドネア戦を見て「イノウエは怪物でなく“人間”に見えた」と豪語したことが空しく聞こえる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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