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群雄割拠のスーパーフライ級。井岡一翔が再び王道を闊歩する日

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ラスベガス出発前、ジムワークに精を出す井岡(写真:ボクシング・ビート)

6・19千葉・幕張メッセ

 軽量級元3階級制覇王者の井岡一翔が今日、ラスベガスへ旅立った。同地でキューバ人のイスマエル・サラス・トレーナーの指導のもとキャンプを敢行する。2年2ヵ月ぶりに日本リングに復帰する井岡は6月19日、千葉・幕張メッセでアストン・パリクテ(フィリピン)と空位のWBO世界スーパーフライ級王座を争う。井岡にとっては2度目の4階級制覇へのトライだ。

 井岡vsパリクテは米国メディアが数日前に決定を伝えたように海外でも関心が高い。これは1から3まで開催された「SUPERFLY」シリーズがインパクトを与えたとみる。井岡もパリクテもこのシリーズに出場。昨年、両者とWBO王座を争い、井岡戦で戴冠したドニー・ニエテス(フィリピン)がパリクテとの再戦(初戦はドロー)を拒否してベルトを返上。ランキング上位の井岡とパリクテによる王座決定戦が締結された。

 この試合のプレビューは後述するとして、「SUPERFLY」で脚光を浴びた115ポンドクラス、スーパーフライ級が再び盛り上がりを見せている。予定では6月末まで新旧王者、日本人上位選手が一堂にリングに上がり、タイトルマッチ、それに準ずる試合が開催される。

リベンジに燃えるエストラーダ

 まず今後の展望を大きく左右すると推測される一戦が今月26日、ロサンゼルス近郊イングルウッドのフォーラムで行われる。王者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)vs挑戦者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)のWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチだ。

 両者は昨年2月、SUPERFLY2で場所も同じフォーラムで対戦し、シーサケットが2-0のマジョリティ判定勝ちで防衛。タイトル戦のステイタスとともに両者の実力評価は折り紙つき。一時、全階級を通じて最強ボクサーと畏怖されたロマゴンことローマン・ゴンサレス(ニカラグア)を破って戴冠。判定が論議を醸し出したことで行われたリマッチで痛烈にゴンサレスを沈めたシーサケット。一方フライ級統一王者からスーパーフライ級に転向したエストラーダは万能型のボクサーパンチャー。メキシコでは「人気のカネロ(アルバレス)。実力のガリョ(雄鶏=エストラーダのニックネーム)」と呼ばれるほどである。

 賭け率は2-1でシーサケットが有利と出ているが、初戦が非常に拮抗した激戦だっただけにメキシカンのリベンジに燃えるモチベーションは高い。エストラーダは3月初めから、小都市ながら今まで多くの世界王者たちを輩出した同国シナロア州ロスモチスで特訓中。「キャリアでもっとも重要な試合」と決意を明かし、シーサケット対策に余念がない。

 対するシーサケットはエストラーダ戦の後2勝1KOで防衛戦は1回。いずれも地元タイでの試合だが、ロマゴンとの2戦が文字通り転機となった。32歳の叩き上げボクサーは一転して自国でポップスターのような持てなしを受けている。またストリーミング配信サービスDAZNとサインし今回が第1戦。いやが上にも士気は上がる。

初戦で激しいペース争いを演じたシーサケットとエストラーダ。今回も激戦必至(写真:BoxingScene.com)
初戦で激しいペース争いを演じたシーサケットとエストラーダ。今回も激戦必至(写真:BoxingScene.com)

 予想を聞かれれば、オッズに反してエストラーダが若干有利ではないだろうか。初戦はタイ人の強打を警戒するあまり序盤、距離を置き過ぎた印象があった。しかし初戦と同じ会場で戦えるのは挑戦者に味方する。フォーラムはメキシカンの軽量級ボクサーの聖地。陣営はKO勝ちもありと鼻息が荒い。

船井&江藤が米国に登場

 この一戦から8日後の5月4日、米カリフォルニア州ストックトンで元日本王者の船井龍一(ワタナベ)がIBF王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)に挑戦する。33歳にて世界初挑戦の船井に対してアンカハス(27歳)は7度目の防衛戦。サウスポーのボクサーパンチャーは現在フィリピンを代表する選手の一人である。

 31勝22KO7敗の戦績を持つ船井はトップシーンでの実績でどうしてもアンカハスに見劣りする。好材料といえば、昨年11月の挑戦者決定戦でメキシコのランカー、ビクトル・オリボを2ラウンド、目の覚めるような右ストレートでノックアウトしたことだろう。

 アンカハス(30勝20KO1敗2分)は4連続KO防衛を成功させた後、昨年秋には志願してフィリピン海軍に入隊するなど余裕しゃくしゃくだったが、V5戦は判定勝利に終わり、最新のV6戦はドローと苦戦を強いられた。最近3試合を米国で戦っているアンカハスは準ホームタウンという利点もある。それでも船井の右強打が火を噴けば結末はわからなくなる。「アンカハスにとり船井はイージーにアウトボクシングできる相手。船井の唯一のチャンスはダイナミックな右を命中させること」(ボクシングシーン24ドットコム)という予想があることを付記しておきたい。

 井岡vsパリクテを前に5月25日、米フロリダ州キスミーでWBO挑戦者決定戦が挙行される。同地を準地元とするロンドン&リオデジャネイロ五輪連続出場のハビエル・シントロン(プエルトリコ)と対戦するのはWBO5位の江藤光喜(白井・具志堅スポーツ)だ。

 沖縄出身の江藤(24勝19KO4敗1分=31歳)は15年11月、シーサケットにも勝っている元WBC王者カルロス・クアドラス(メキシコ)に挑戦して判定負け。しかし以後7連勝と復調し再挑戦の機会を狙っている。このほどフロリダ、メキシコシティでイベントを開催するトゥト・サバラ氏率いるオールスター・ボクシングと複数年契約を結びチャンスを引き入れた。

 17年4月にプロ入りしたシントロン(24歳)は10連勝5KO無敗のテクニシャン。それでも同日メインで2度目の防衛戦に臨むWBO・S・フェザー級王者伊藤雅雪(伴流)が同じプエルトリコのクリストファー・ディアスを下して戴冠したシーンの再現を期待したい。蛇皮線の名手、江藤が遠いフロリダで輝き、井岡に挑戦することになるかもしれない。

ロマゴンの近況

 主要4団体の一つWBAの王者カリド・ヤファイ(英)が6月1日ニューヨークのマジソンスクエアガーデンで指名試合に臨み、日本で河野公平に挑んだドミニカン、ノルベルト・ヒメネスの挑戦を受ける。メインはヘビー級3冠統一王者アンソニー・ジョシュア(英)の米国デビュー戦。ヒメネスは河野戦のドローから9連勝中。だがジョシュアをはじめ英国のトップクラスを抱えるエディ・ハーン・プロモーターにサポートされるヤファイの牙城は堅固だと思われる。

 ところでスーパーフライ級の主役の一人、ロマゴンはどうしているのか?

 負傷した右ヒザの半月板を手術したゴンサレスはニカラグアのメディアによると2月末からトレーニングを開始。ターゲットはヤファイだと公言した。ヤファイはヒメネス戦を優先したが、その時点でゴンサレスは6月23日、英国でWBA王者に挑戦する可能性が大きいと報じられた。

 現段階でヤファイvsゴンサレスは宙に浮いた状態。まずは前者が6月1日の防衛戦をクリアすることが先決だ。ゴンサレスにしても試合をはさみたい願望があるだろう。日本にもファンが多いゴンサレスがどんな形で復帰するのか興味深い。いずれにせよヤファイ挑戦が実現すれば、かなりシビれる攻防が待っていると予測される。

練習を開始したロマゴン。負傷が完治し再び頂上を目指す(写真:BoxingScene.com)
練習を開始したロマゴン。負傷が完治し再び頂上を目指す(写真:BoxingScene.com)

 もう一人、忘れてはならないのが王座を返上したニエテス。37歳のベテランは「キャリアの最後でもっと意義のあるファイトを締結したい」と言い残して大みそかに井岡との接戦を制して巻いたベルトをあっさり手放した。しかし彼の言葉は「もっと稼げる試合をしたい」に換言できる。少なくとも今のパリクテでは「ハイリスク・ローリターン」だと主張するのと同じこと。果たして老雄のターゲットは誰のなのか?

パリクテvs井岡の展開はどうなる?

 そして再び井岡vsパリクテ。今年に入り1位決定戦を勝ち抜いたパリクテ(プエルトリコのホセ・マルティネスに2回KO勝ち)はランキング1位、井岡は2位だから「パリクテvs井岡」が正しいのだが、このカードの勝敗予想は難しい。共通の相手ニエテスを通して占うと、結果はドローながらニエテス戦のパリクテはスコアカード上、分が悪いように感じられた。むしろ接戦を2-1のスプリットデシジョンで落とした井岡の方が総合力で上回っている印象がした。

 ではすぐに井岡有利の予想が立つかといえば、そう簡単には運ばない。確かに攻防の精密度では井岡が勝っていると思う。ニエテス戦を見る限り、パリクテのスタイルは悪く言えば大雑把なものに感じられる。それでもサウスポーのパンチャー、パリクテは逆にそれが持ち味のようにも受け取れる。

 かつてジュニアライト級(スーパーフェザー級)にベン・ビアフロアというフィリピンのチャンピオンがいた。パリクテと同じサウスポーのビアフロアはハワイ・ホノルルのリングを熱狂させた強打者。柴田国明、上原康恒を序盤で沈めたシーンが目に焼きつく。柴田は初戦で一世一代のアウトボクシングを披露してビアフロアを翻弄。見事王座を日本へ持ち帰った。だが再戦でフィリピン人の強打に屈した。

 マルティネス戦のパリクテに軽量級のビアフロアの香りを嗅ぎ取った。若さ、単純なパワーではパリクテに軍配が上がる。井岡の長所は世界戦14勝9KO2敗のキャリア。大舞台の経験と対戦相手のクオリティで大きくパリクテを勝る。

 より詳細な試合展開、勝敗予想は別の機会に譲るとして、この大柄なフィリピーノを破って4階級制覇を達成すれば上記したトップ選手との対決が具体化するに違いない。試合発表の会見で「背水の陣」を強調した男にどうしても期待せずにいられない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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