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井上尚弥に狙いを定め出したルイス・ネリ。バンタム級究極対決は実現するか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ネリと誰の対決を君は見たいか?(サンフェル・プロモーションのフェイスブックより)

井上vsロドリゲスは5月18日

 いよいよ準決勝のスケジュールが決まったワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)。実質的な統一戦で最強チャンピオンが決まる。バンタム級ではWBA正規王者の井上尚弥(大橋)がIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)と5月18日、英国スコットランド・グラスゴーで対戦する。同じリングで予定されるスーパーライト級準決勝、IBF王者イバン・バランチク(ベラルーシ)vs挑戦者で地元の人気選手ジョシュ・テイラー(英)の挙行が危ぶまれているが、ここは主催者の尽力で何とか両試合とも無事開催にこぎ着けてほしい。

 3階級目のベルトを獲得したジェイミー・マクドネル戦、その初防衛戦でWBSS初戦(準々決勝)となったフアン・カルロス・パヤノ戦の連続1ラウンド決着で、井上はWBSSの文句ない優勝候補に挙がる。WBSS組織の内部問題で準決勝のスケジュールが発表されず、しびれを切らしたファンも多いに違いない。それは当事者の井上本人、そしてロドリゲスもいっしょだった。5月18日という日程は当初の予測よりも2ヵ月ほど延びたと思われる。“モンスター”が再び至極のパフォーマンスを披露してくれると期待したファンは苛立ちを覚えたはずだ。

 他方で自身の不祥事で最強トーナメントWBSSからはじかれることになった前WBCバンタム級王者ルイス・ネリ(メキシコ)が再生ロードを快走。「バンタム級最強は俺だ!」とばかりにベルト奪回、最終的に打倒モンスターをターゲットに掲げる。

元王者に圧勝したネリ

 2017年8月、長期王座に君臨していた山中慎介を4回TKO勝ちで破り王者に就いたネリだが、試合前に実施されたドーピング検査で違反物質ジルパテロールが検出され王座剥奪の危機に立たされた。ここは「食べた牛肉に偶然、混入されていた」とシラを切りベルトは保持でき、処分も免れた。しかし昨年3月の再戦でバンタム級リミット5ポンドオーバーの失態。しかも明らかに山中より大きい体で2回KO勝ち。ダブルスキャンダルにJBC(日本ボクシングコミッション)は永久追放処分を下した。WBCも無期出場停止を通達した(その後6ヵ月に軽減)。

 WBCの処分が解けると昨年、フィリピン人とベネズエラ人選手をストップして復帰したネリは1月、米国業界の3大勢力の一つPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)と5試合の契約にサイン。その初戦が今月16日、テキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムで行われ、元IBF・S・フライ級王者マックジョー・アローヨ(プエルトリコ)を4度倒して5回開始TKO勝ちを収めた。上々の出来で米国デビューを飾るとともに計量で118ポンドのバンタム級リミットを下回るウエートをマークし、「ネリはもうバンタム級では戦えない」という風潮と批判を覆した。

米国デビューでマックジョー・アローヨを4度倒して力を見せつけたネリ(Photo:PBC)
米国デビューでマックジョー・アローヨを4度倒して力を見せつけたネリ(Photo:PBC)

海外でも悪役イメージが定着

 かといって、ネリの醜聞をチャラにすることはできない。海外メディアの記事でも「ティファナのバッドボーイ」、「悪役」というフレーズや見出しが目立つ。ドーピング違反に対してはクリーンなボクシング業界――を公約に掲げるWBCにしては処分が緩いと感じるファンは多いだろう。一方、大幅な体重オーバーに関しては、今ちゃんと落とせるのになぜ山中戦の時はダメだったのか?と周囲から怒りを買ってもしょうがない。「ネリ」という名前を聞いただけでムカつく、拒絶反応を起こすファンも少なくないだろう。

 それでもアローヨ戦のパフォーマンスを見る限り、彼と彼のプロモーター、フェルナンド・ベルトラン(サンフェル・プロモーションズ社長)が吹聴する「現状のバンタム級トップを争う実力」という言葉に偽りはないように感じられた。PBCの下、第1戦を消化したネリは「今年中に再びベルトを巻く」と宣言する。

まずは拓真に挑戦か?

 標的は失ったWBC王座だ。これはネリが体重超でベルトを剥奪された後、長らく空位だったが、1月、決定戦でノルディ・ウーバーリ(フランス)が戴冠。その前に井上尚弥の弟、井上拓真(大橋)が暫定王者に君臨。WBCはウーバーリと拓真の対戦を通告しており、その勝者にネリと陣営は挑戦を望んでいる。すでにネリはWBC1位にランクされ、スタンバイの状況だ。

 今のところ、ウーバーリvs井上拓真はスケジュールが定まっていない。日本の辰吉丈一郎、長谷川穂積、山中、タイのウィラポン・ナコンルアンプロモーション、メキシコのフェルナンド・モンティエルら錚々たる顔ぶれがベルトを所持したWBCバンタム級。正直ウーバーリは実力的に二流のレッテルを貼られても不思議ではない。もし拓真戦が日本で開催されれば、暫定王者に就いたペッチ・ソーチッパタナ戦の出来からも拓真が歓喜に浸るシーンが想定できる。そうなると井上拓真vsルイス・ネリへと話題は移る。

 これもかなりシビれるカードだ。ネリは兄の尚弥と対決する前に拓真を撃退しなければならない。評判が高く実力アップが顕著な拓真にネリが勝てる保証はない。ただしこのカードは日本で挙行される見込みは薄い。もちろんJBCがネリに下した処分のためだ。仮にウーバーリが勝てば、戴冠試合をPBCのイベントで戦っているフランス人はネリとの防衛戦へと進撃するだろう。

今後もタッグを組むベルトラン・プロモーターと王者復帰を誓う(Photo:サンフェル・プロモーション)
今後もタッグを組むベルトラン・プロモーターと王者復帰を誓う(Photo:サンフェル・プロモーション)

怪物vs怪物

 辰吉の時代からさかのぼること約20年。メキシコにはルーベン・オリバレス、カルロス・サラテ、アルフォンソ・サモラ、ルペ・ピントールといった強いバンタム級王者がいた。その中には“怪物”と呼ばれる者もいた。スキャンダルまみれで威信が失墜した印象がするネリだが、彼ら先達を継承する力を装備していると母国メディアは騒ぎ立てる。怪物同士の一騎打ち。メキシコ、米国メディアはバンタム級でもっともゴージャスなカードは井上尚弥vsルイス・ネリだと記してはばからない。

 アローヨ戦から5日後、地元ティファナで行った会見でネリ(24歳)は「今、一番対戦したいのはノニト・ドネア。なぜなら素晴らしいファイトになると思うからだ」と語った。ちなみにドネア(井上より格上のWBA“スーパー”王者)はWBSSのもう一つの準決勝でWBO王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)と対戦する(4月27日・米ルイジアナ州ラファイエット)。ネリがドネア戦を希望するのは「好ファイトになる→名のあるベテランに印象的な勝利を飾れる→知名度アップにつながる」と読んでいるからではないか。同時にドネアはテテに勝てると信じているようだ。

現地テレビも対決煽る

 山中との再戦前の取材で筆者が井上尚弥の名前を出すと「ノックアウトするだけだ」と息巻いた。だがマクドネル戦、そして70秒KO劇のパヤノ戦を経てネリの心理は間違いなく動いている。「自分が最強を証明する相手はナオヤしかいない」と。

 この海外ファン、メディアを巻き込む垂涎カードも現状では日本開催は望めない。批判を覚悟で言うと永久追放の決定は少し厳し過ぎたと言えるかもしれない。とはいえ期待通り井上がWBSSを制覇すれば彼の商品価値は一段と上昇し、PBC主催のイベントで至上の対決が実現に向かう可能性が広がる。

 メキシコでネリの試合を放映するTVアステカは「今後ネリは誰と対戦すべきか」というアンケートをネットで掲載。やはり井上が支持されることは間違いないとみる。締結までの障害は枚挙にいとまがない。だがネリがバンタム級にとどまる限り、井上がWBSSを制した後の大仕事は“ネリ退治”しかあるまい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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