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ロマゴン初黒星。ラテンの重鎮が敗因をバッサリ斬る

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ラウンドを追うごとに出血に染まったゴンサレス(写真:BOXING JUNKIE)

勝者はロマゴン?

“モンスター”井上尚弥(WBO世界スーパーフライ級王者)のターゲットだった同級WBC王者ローマン“チョコラティート”ゴンサレス(ニカラグア)がプロ47戦目で初黒星を喫した。“だった”と過去形にするのは早いだろうが、日本でテレビの生中継のゲスト解説を務めた井上も「言葉が出ない」とショックで落胆したという。勝ったのは2代前の王者で指名挑戦者として挑んだタイのシーサケット・ソールンビサイ(30歳)。スコアカードはジャッジ2人が114-112、もう一人は113-113のマジョリティーデシジョン。だが、このオフィシャルスコアは論議を巻き起こした。

メディアや関係者は初回にノックダウンを奪われたものの、その後激しい出血に見舞われながらも盛り返したゴンサレス(29歳)の勝利を支持する者が多い。メディアの中には「極悪な裁定」と酷評する者もいる。私の採点も115-111でゴンサレス。観戦中は競った試合という感じだったが、集計してみると意外に開いていた。一方で比率は少ないものの、「4ポイント、タイ人の勝ち」と主張するメディアもある。

確かに終始アグレッシブに戦ったのはシーサケットだった。しかし、ボクサータイプに有利な点数がつけられる現行のスコアリングシステムではゴンサレスに分があった印象。コンピュータ集計でも総パンチ、ジャブ、パワーパンチともヒット数、ヒット率のいずれの分野でもゴンサレスが大差で上回っていた。

ただし試合が行われたニューヨークはこれまで、ヘビー級のレノックス・ルイスvsイバンダー・ホリフィールド第1戦、ライト級のホエル・カサマヨールvsホセ・アルマンド・サンタクルス、スーパーウェルター級のポール・ウィリアムズvsエリスランディ・ララなど「とんでもない」採点結果が下ることがあった。このうちルイス戦とウィリアムズ戦はジャッジたちにサスペンド処分が通告されたほど。この3試合に比べれば、今回のゴンサレス戦は「マイナー・サプライズ」と言えないこともない。

スーパーフライは体格がきつい

それにしても「ゴンサレスが何ラウンドで仕留めるか?」という予想が主流だった一戦だけに、結果そのものはビッグ・アップセット(番狂わせ)と受け取られる。18日の試合から2日後、母国ニカラグアに帰国したゴンサレスはファンやメディアから勝利に等しい歓待に浴した。これは試合内容からすれば当然だと私は思う。米国メディアの中にも、敗戦前パウンド・フォー・パウンド・ナンバーワンと呼ばれたゴンサレスの名声は失墜するものではなかったと称賛を惜しまないものが目立つ。

とはいえ不運なダウンやヘッドバットによる右目の出血を含めてゴンサレスが予想外の苦戦を強いられたのは事実だった。前回のカルロス・クアドラス(メキシコ)を下した戴冠戦でも散見されたが、この彼にとって4階級目のスーパーフライ級は体格的に限界があると思われる。フライ級まで、あれほど猛威を振るった攻撃力がフル稼働しない様子がうかがえた。シーサケット戦まで五分五分と推測された井上戦の予想も、井上有利に傾くのではないか。

ゴンサレスに勇敢に仕掛けるシーサケット(写真:Boxing Scene)
ゴンサレスに勇敢に仕掛けるシーサケット(写真:Boxing Scene)

負けたのはマネジャー力のせい?

他方で22日付のニカラグアの新聞「エル・ヌエボ・ディアリオ」は同国人でマイアミ在住のエージェント、リカルド・リッソのインタービューを掲載。リッソ氏は知る人ぞ知るラテンアメリカ業界の重鎮の一人。記事では「試合のまとめ役」と出ているからマッチメーカーと呼ぶのが適切か。だが同時にWBA,WBC,IBF,WBOどの団体にも精通している人物とあるから、かなりのやり手に映る。

そのリッソ氏は「ローマンが明白に勝った。だけど、私だったらジャッジたちに圧力をかけるようなまねはしなかった」とゴンサレスのマネジャー、カルロス・ブランドンを痛烈に批判。そしてシーサケットの勝ちとスコアした有力ジャッジのグレン・フェルドマンと著名女性ジャッジのジュリー・レダーマンへも非難を浴びせた。リッソ氏の発言が真実ならば、ブランドン・マネジャーは試合を管理したニューヨーク州コミッションにジャッジの選定に関して口をはさんだことになる。

だが、それが逆効果になったというのがリッソ氏の言い分。「ブランドンはアマチュアからプロフェッショナルになり、ローマンを得てメジャーリーグに参戦した。だが彼はそのレベルで選手をマネージすることができない。今回WBCはジャッジの選定に関してノータッチ。同じく敗戦の責任はローマンにはない」

以前、亀田大毅の試合で来日したリッソ氏
以前、亀田大毅の試合で来日したリッソ氏

コーナーの戦力低下も原因

まるでゴンサレスが負けたのはマネジャーのせいだ、と言わんばかりのリッソ氏。当然、ブランドン氏から反論が起こりそうだが、業界の権威はコーナー(セコンド陣)の欠陥も指摘する。

試合前、チーフトレーナーだったアルヌルフォ・オバンド氏(享年54)が昨年11月死去したことがゴンサレスに影響するのではと心配された。隣国コスタリカでキャンプを敢行したゴンサレス・チームにその不安はないように思えた。だがリッソ氏は「アジア人選手にはボディー攻めが有効。事実ローマンは腹で効かせる場面があった。(セコンドは)もっとボディーを攻めさせるべきだった」と今回、指示を与えたウィマル・エルナンデス・コーチを暗に批判した。

同時にゴンサレスの出血が止まらなかったことに言及。ベテラン・カットマンで殿堂入りしているミゲール・ディアスを「兄弟のような男」と言いながらも「もうトシだね。失敗ばかり。最後まで止血できなかった」と敗因の一つにあげた。ちなみにディアス氏(トレーナーでもある)がコーナーにいる試合では「ドクターストップがかからない」という神話がある。

さて井上本人はもちろん、“ロマゴン”の敗戦でがっかりした日本のファンも多いだろう。米国ではこれを機会にバンタム級に転向した方がいいと記すメディアもある。それでもWBCがシーサケットとのダイレクトリマッチを考慮するなど再起の道は拓かれる。実質無敗といっていいゴンサレス。次試合のパフォーマンスと結果で、井上との対決が再燃することを期待したい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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