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革命児か独裁者か?アル・ヘイモンのPBCは“判定ボクシング”

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
鳴り物入りでスタートしたヘイモンのプレミア・ボクシング・チャンピオンズ

「世紀の一戦」でも尽力

メイウェザーvsパッキアオ戦はボクシングが久々に一般のニュースやスポーツニュースのトップで扱われるビッグイベントだった。この「世紀のファイト」が実現した背景には今やボクシング界を牛耳る存在となった強力代理人アル・ヘイモンの尽力が不可欠だったと思われる。やり手、頭脳明晰という仕事の優秀さと黒幕、ミステリーさという側面を併せ持つ人物だけに、試合設立にどのように関わったかは想像の域を出ない。それでもパッキアオ戦のプレゼンテーションで、マイクの前に立ったメイウェザーは開口一番こう言った。「長い道のりだったけど、もしアル・ヘイモンと父がいなかったら、私はこの席にいられなかっただろう」

ちなみにこの時、メイウェザーは父でチーフトレーナーのフロイド・シニアのことを「アンビリーバブル・パーソン」(信じられないほどの人物)と語り、ヘイモンのことを「リマーカブル・ガイ」(驚くべき優れた男)と表現した。軋轢は始終あったが、幼い頃からボクシングの手ほどきを受けた恩人と同等の賛辞を受けたヘイモン代理人。けっして表舞台に立たず、メディアの取材も厳禁。業界人や選手から“ゴースト”と呼ばれる57歳は膨れ上がった支配下選手たちを登場させる新シリーズPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)をスタートさせた。

前身が大物ミュージシャンのコンサートのプロモーター。当時から業界では知る人ぞ知る存在。またチケット・ブローカーとして高利益を得ていたとも噂される。そのヘイモンがボクシングに関わり出したのは2000年代初頭だったといわれる。統一世界ヘビー級王者に君臨し不動の地位を築くウラジミル・クリチコ(ウクライナ)に土をつけたことで知られる元WBO同級王者レイモン・ブリュスター(米)のマネジャーに「ヘイ、ブラザー。アンタはレイモンのいい代理人を探している様子に見えるね」と迫ったという。

ブリュスターはクリチコとの再戦で敗れてタイトルを失い、不幸にも眼病を患いキャリアが途絶えた。しかしヘイモンは次に、ボクシングの注目マッチをコンスタントに放映するHBOと関係を深め、メイウェザーを筆頭に選手を同局に続々出場させて手腕を発揮して行く。表に出ないのであまり知られていないが、BWAA(全米ボクシング記者協会)が選定する最優秀マネジャー賞にこれまで3度輝いている。

やっていることは法に触れるスレスレ?

思うに代理人という立場はマネジャーとアドバイザーがミックスされたものだろう。ヘイモンがボクシング業界にはびこる同業者たちを圧倒するようになったのは、ひとえにプロモーターやテレビから大金を引き出すからである。もちろん今までも敏腕、辣腕と畏怖される代理人は存在した。だが、あらゆるタイプ、たとえばディフェンス・テクニックを売り物にするスペクタクルとは程遠い選手、まで顧客にしてしまう彼の抜け目なさは驚きに値する。

ヘイモンは昨年途中までオスカー・デラホーヤが社長のゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)の興行に傘下のボクサーを出場させていた。テレビはHBOのライバル、ショータイム。GBP創立以後ずっとデラホーヤの右腕としてCEOを務めたリチャード・シェーファーがヘイモンと親密だったことも関係を保った理由に違いない。しかしヘイモンとサインする選手が続出し、思うように試合が組まれない選手も多くなった。

詳しい経緯は省くが、昨年6月いきなりシェーファーがGBPを退社した事実は結果的にヘイモンが仕掛けたクーデターだと解釈される。形式上、GBPがプロモートしていたように見えた選手たちがゴッソリ、ヘイモン・ボクシング(当時の名称。PBCの前身)へ移籍したのだ。シェーファーとつながっていたヘイモンはそれまで、GBPの興行の場を借りて支配下選手を出場させていた。天下のデラホーヤも結果的にヘイモンに都合よく使われたいただけだった。まさにヘイモン恐るべしの印象。シェーファーの退社は実質的な解雇。その証拠にシェーファーの息がかかったり、彼との縁故関係でGBPの要職に就いていた人間はすべて、デラホーヤから首を斬られてしまった。GBPは5月6日、正式にヘイモンに対して訴訟を起こした。内容はプロモーターとマネジャーとの関係を規制する通称モハメド・アリ法に触れるというもの。損害賠償の訴訟額は3億ドル(約360億円)に達する。

メイウェザー(右隣)と観戦するヘイモン代理人
メイウェザー(右隣)と観戦するヘイモン代理人

テレビ・ボクシングを支配

実質的にプロモーターとなったヘイモンが最初に米国テレビ4大ネットワーク(ABC,NBC,CBS,FOX)でもっとも視聴率を上げているNBCとタッグを組んで3月7日、ラスベガスMGMグランド・ガーデン・アリーナの試合を第1弾として船出したのがPBCである。

カードのクオリティーはHBOやショータイムと変わらない。それでいてファンは特別料金を払わずに観戦できるのだから、視聴件数は大いに期待できるし、実際、当事者たちを喜ばせるものだった(第1弾はピーク時420万件)。PBCの攻勢は止まらず、とりわけテレビ放映に関しては縦横無尽の進撃。NBCと系列のNBCスポーツ、ショータイムでは全部まかない切れないため、一般ケーブルのスパイクTVでも放送を開始。そして長年ボクシングを扱っていなかったCBSでも4月から世界タイトル戦を中心に中継をスタート。毎週金曜日に中堅選手の試合を定期放送しているスポーツ専門ケーブルESPNも7月11日からボクシング中継の“激戦区”土曜日に参入しPBCの試合を流す。同時にESPNと関係が深いABCも久々にボクシング放送に乗り出す決断を下した。これで、HBOとトップランクの試合を扱う2,3局を除き、テレビはPBCとヘイモンの支配下に置かれる状況となった。

プロモーターとして(ライセンスがクリアになっていない州もあるが)名実とも実権を握ったヘイモンは、試合のプロジューサーとしても従来にない、自身の趣向を強要する。まず選手の紹介時、リング上にリングアナウンサーがいない。また試合に花を添えるリングガールも登場しない。試合前後の混乱を避ける目的で選手の取り巻きの数を制限。セコンドも両コーナー1人ずつしかリングに上げない。カメラマンもリングサイドは3人だけ。メディア受けはよくないが、選手の画像が無制限に流出するのを防ぐためだという。アリーナ上段からの撮影は自由だけに、あまり意味がないと思うが・・・。世界戦でベルトの贈呈もカットしようとしたが、さすがにそれは阻止できないようだ。

ヘイモンの経歴に関して軽く触れようと思ったら、ついつい長くなってしまった。一つの事柄に触れると尾ひれがついて説明が必要になる。それだけ存在感がある証拠に思える。いったいどこまでボクシング界を支配するか、空恐ろしくなってしまう。だが私はこのPBC、ヘイモン帝国は完璧ではないと思う。私がツッコミを入れたくなるのは試合内容と結果だ。

*3月7日(NBC=テレビ局以下同じ)

キース・サーマン(米)[判定3-0]ロバート・ゲレロ(米)

エイドリアン・ブローナー(米)[判定3-0]ジョン・モリナ(米)

*3月13日(スパイクTV)

アンドレ・ベルト(米)[TKO6回]ホセシート・ロペス(米)

ショーン・ポーター(米)[KO5回]エリク・ボーン(エクアドル)

*4月4日(CBS)

アドニス・スティーブンソン(ハイチ=カナダ)[判定3-0]サキオ・ビカ(カメルーン=豪州)

アルツール・ベテルビエフ(ロシア)[KO4回]ガブリエル・カンピーリョ(スペイン)

*4月11日(NBC)

ダニー・ガルシア(米)[判定2-0]ラモント・ピーターソン(米)

アンディ・リー(アイルランド)[引き分け]ピーター・クイリン(米)

*4月18日(ショータイム)

アンドゼイ・フォンファラ(ポーランド)[TKO9回終了]フリオ・セサール・チャベスJr(メキシコ)

アミール・イマム(米)[判定3-0]ワルテル・カスティーリョ(ニカラグア)

*4月24日(スパイクTV)

バドゥ・ジャック(スウェーデン)[判定2-0]アンソニー・ディーレル(米)

ダニエル・ジェイコブス(米)[TKO12回]キャレブ・トゥーアックス(米)

*5月9日(CBS)

オマール・フィゲロア(米)[判定3-0]リッキー・バーンズ(英)

ジェイミー・マクドネル(英)[判定3-0]亀田 和毅(亀田)

ガルシア-ピーターソンのスーパーライト級王者同士の一戦も判定決着
ガルシア-ピーターソンのスーパーライト級王者同士の一戦も判定決着

結果と内容に関心なし?

判定決着がスペクタクルに欠けるとは言えないのだが、KO決着が十分期待できる試合がフルラウンドの戦いに持ち込まれるケースが目立つ。きっとヘイモンは「私は力が拮抗している選手同士のカードを組んでいる」と主張するだろう。ノックアウトだけがボクシングの真髄ではない。だが「倒してナンボ」というのもボクシングだ。PBCは派手にテレビで流れるだけに、どうも私はこれまでの結果にイマイチ満足できないのだ。GBP+ショータイムのコンビも同様な傾向が見られた。今のところPBCもリングで展開されていることは同じだと思えてしまう。

大御所プロモーターのドン・キングは「ヘイモンの組む試合内容に期待してはいけない。もしヒドいファイトを見たら、見る方が悪いと納得しなければならない」と語ったという。試合を供給するだけ供給して、あとは「ご自由に」ということか。このあたりが「この人物はボクシングを心底、愛しているんだろうか」と勘繰りが入るところ。業界に旋風を巻き起こし、革命を起こそうとしているのは確かだが、革命児として尊敬されるか、独裁者と見なされるかは、もう少し時間が経過しないと判明しない。その時ボクシング界の構図はどう変化しているだろう?

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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