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満席続出で早くも追加上映が決定!新作『犬』を手掛けた新鋭・中川奈月監督が見据える未来とは?

壬生智裕映画ライター
中川奈月監督の最新作『犬』のビジュアル(写真:配給提供)

誰にも愛されない孤独と悲しみから、他人を傷つけ、暴走していく少女の姿を痛切に描きだし、鮮烈な印象を残した『彼女はひとり』の新鋭・中川奈月監督。彼女の新作短編『犬』が、ホラーショートフィルム作品集『NN4444』の一編として、シモキタ-エキマエ-シネマ K2にて3月15日より追加上映される。もともと2月16日(金)から2週間限定で上映されるや、販売開始早々に完売回が続出した同作。最終的に14日間連続完売という大盛況となったが、その後も全国から追加・拡大上映の声が多く寄せられたことから、今回の追加上映が実現したという。

『犬』の主人公は抑圧的な恋人と婚約したばかりの楓(小川あん)。夜道で突然「犬」のように女に吠えられるも、その女のことを忘れられなくなってしまうという不条理な物語だ。『彼女はひとり』が切り拓いた地平は今どこへ向かおうとしているのか。中川奈月監督に話を聞いた。

■『彼女はひとり』の上映がきっかけに

――いろいろな映画祭での上映を経て、2021年にK'sCinemaなどで全国順次公開された『彼女はひとり』ですが、その後の反響はいかがでしたか?

中川:『彼女はひとり』は何回かのリバイバル上映や、地方上映をやらせてもらったおかげで、多くのプロデューサーさんたちに声をかけていただきましたし、一緒に企画をつくったりもできるようになりました。今回の『犬』に関しても、上映に来てくださったプロデューサーさんが一緒にやりましょうと言ってくださったおかげで実現した企画なので。そういう方たちとたくさん知り合うことができたのは、本当に良かったなと思います。

――ある意味、自分はこういうことがやりたいんですという名刺になったということですね。『犬』はどういう経緯で企画がはじまったのでしょうか?

中川:最初に10分台の不条理をテーマとした短編をつくりませんかというお話をいただきました。黒沢清監督、ヨルゴス・ランティモス監督のようなホラーというか、ちょっと不条理な感じの、ちょっと嫌な感じの映画をやりたいという提案があって。目指す方向性が似ているなと思い、やらせていただくことになりました。

――『犬』はもともと夜中の午前0時~4時だけ鑑賞することができる配信プラットフォーム「NOTHING NEW」で鑑賞できる作品でした。その仕組みも面白いと思ったのですが。

中川:もともとNOTHING NEWの人たちが、「アメリカのカートゥーン・アニメのチャンネルでは、深夜にちょっとだけ変な映像を流す時間帯があって。それを見るために夜中まで起きていることがあるんだ」というような話をしていて。それを日本でもやってみないか、ということがはじまりでした。
 その時間帯に合わせて、ちょうど丑三つ時で観られる怖い作品を流してみようということで。その企画も面白いなと思いましたし、不条理ホラーをやらせてもらえるというのも、自分にとってはうれしいことでした。

「NOTHING NEW」は映画プロデューサーの林健太郎と映像監督の鈴木健太が2022年に“才能が潰されない世の中”を目指して設立した映画レーベル(写真:配給提供)
「NOTHING NEW」は映画プロデューサーの林健太郎と映像監督の鈴木健太が2022年に“才能が潰されない世の中”を目指して設立した映画レーベル(写真:配給提供)

――『犬』の発想はどこから?

中川:最初は、不条理ってなんだろうっていうところからはじまって。三つくらいアイデアを出したんですが、『犬』だけは最後の方までざっくりと決めていて。プロットも1枚分ほどあったんです。ただ、今の話とはけっこう違っていて。最初の方の、主人公の女と彼氏がいてワンと吠えられるというシチュエーションは同じなんですが、そこで吠えるのは女性ではなく男性だったんです。彼氏は驚いて男性を殴るんですが、女は吠えられても動じない。女が動じないのはなぜなんだろうと。女と男性に何があったのか、そういった謎を解明していく、という物語でした。

ただ導入こそちょっと変な感じでしたが、書いていくうちに結末に向かうと普通のお話になってしまったんです。やはりそれよりはもっともっとぶっ飛んだ方がいい、ということになったので。相手が男性だとロマンスっぽく見えてしまうのも嫌で、男性が吠えるよりも、むしろ女性が吠える方がよりわけが分からないというか、変な気持ちになって、気持ち悪いんじゃないかということになり、今の形に変えました。

■現場のスピードについていくのは大変でした

――前作の『彼女はひとり』は学校の卒業制作だったわけですが、今回は制作会社の人たちと一緒につくる商業映画となりました。その違いは感じましたか?

中川:話をつくる、脚本をつくる、という段階では制作会社の人も、あまり入ってきていないため、脚本に関してはそれほど変わっていないです。ただし撮影時間があまりなかったので、時間に追われて撮らなきゃいけなかったのは大変でした。自主映画の時は、ロケハンとかもけっこう自分ひとりでブラブラしながら探したりもしていたんですが。

今回一緒に組んだのはCMをやっている人たちが多かったので。現場や、現場に至るまでの作業は本当にテキパキしていて速く、そのスピードについていくのが大変でした。ただ映画に登場する小さい女の子も、吠える女の子も、ふたりとも未成年だったので、ふたりは早く帰さないといけなかった。そこは常に時間との戦いで。ギリギリまで「これはまだやれる!」「このカットは撮れる!」みたいな感じで、スタッフみんなで頑張りました。

主人公を魅了する得体の知れない少女を演じるのは、本作が映画デビュー作となる16歳の渡辺葵(写真:配給提供)
主人公を魅了する得体の知れない少女を演じるのは、本作が映画デビュー作となる16歳の渡辺葵(写真:配給提供)

――撮影期間はどれくらいだったんですか?

中川:期間は3日でした。

――だとするとプロデューサーさんもヒヤヒヤでしょうね。

中川:けっこうみんなヒヤヒヤしてたと思いますね。プロデューサーさんも「次のシーンを撮り終わらないとヤバいよ」といっていたので、みんなで協力して動きまわって。子役の子たちのシーンは何とか時間内に間に合わせることができました。

――そういう環境の中だと、プロの責任感のようなものも芽生えますよね。

中川:ありましたね。これを失敗したらどうなるんだろうと、ずっと思っていました。自主だったら、撮りきれなかったところは、予備日を使って撮る、など余裕を持つことができるかもしれないけど。今回はそれがなかったのでプレッシャーが大きかった。そんな中で、「わたしはできる」と言い聞かせながらやっていました。でも時間がない中、役者さんたちやスタッフの皆さんが演出に即時に対応してくれて撮影を進めることができたので、とてもありがたかったです。

――先ほどスタッフの皆さんも現場でもテキパキと作業されていたという話もあったと思うのですが。

中川:こんなに速くできるのか、というのが驚きでしたね。ロケハンに行って、撮影はここで、というのがものすごい速さで進められて、どんどん決まっていくのを見たときに、そのスピード感に驚かされました。

■今回の撮影を通じて見えてきた課題

――そうしたプロフェッショナルとの仕事で見えてきたこともあるのでは?

中川:ドラマとかだったら、きっとこの速さでやらないといけないんだろうなというのは感じていて。ただこの速さでやるときに、自分が撮りたいものをどうやってお願いしていくか。そのための自我の出し方は考えないとなと思いました。

――今回の現場ではどうだったんですか?

中川:実は今回も「もっと場所を探したいです」と言うべきか悩んでいたんですけど、撮影の方が「大丈夫だよ、言っていいんだよ」と言ってくれて。それで探してくれた、ということがありました。やはりまだまだ慣れていない感じはあったと思います。実は最近、別の商業映画の現場を見学させてもらう機会があったんですが、やはり我は出さないと納得できないなと思ったことがあって。撮影が始まる前からスタッフやキャストの皆さんと、やりたいことをちゃんと共有していく時間をどう綿密に作っていくのか。そこはこれからの自分の課題になるかなと思っています。

数多くの主演作が国内・海外映画祭に出品されている小川あんが主演を務める(写真:配給提供)
数多くの主演作が国内・海外映画祭に出品されている小川あんが主演を務める(写真:配給提供)

――主演は小川あんさんでしたが、一緒にやってみていかがでしたか?

中川:小川さんはもちろん素晴らしかったです。ホラーをやったことがないとおっしゃっていたんですけど、ものすごく目力があって。その瞳の奥で何を考えているのか分からないような得体の知れなさがあって、すごく顔で魅せてくれる方だなと思いました。実は以前、小川さんが出ていた『石がある』という映画を観たんです。川辺にいたら、突然おじさんに声をかけられて。話を聞いているうちにだんだんとこのおじさんを1人にさせるのはかわいそうだと思って。ずっと川辺で遊び続けるというような映画なんですけど、それがなんだか怖かったんです。

このおじさんが大丈夫な人なのかも分からないし、その人に振り回されている小川さんの不安げな顔も怖くて。振り回されているようで、心の中では何を考えているんだろう。これからどうなるんだろう、この映画怖いな、と思った記憶があって。だからこのお話を書いたときに、小川さんならいけると思ったんです。小川さんが受けてくれなかったらほかに誰もいないなと思っていたので、小川さんからいいよとお返事をいただけて良かったです。

――今回、子役の俳優さんも出演されていたわけですが、子どもの演出はまた違うのでは?

中川:本当に初めてだったのでドキドキでした。ちょっと目をつぶって何秒したら見てね、みたいな感じで。

――そこはテクニカルな感じで。

中川:そうなんです。劇中にみんなで遊ぶシーンあるんですけど、一番元気で、ずっと遊んでくれていて。小川さんたちがだんだん疲れてきているのに、まだいけるんだと思って。子どもって本当に元気だなと思いました。本当にドキドキでしたが、わりと自然な感じにやってもらえたので良かったなと思います。

――海外での展開は考えているのでしょうか?

中川:基本的に海外の映画祭も視野に入れて企画を立てているので、ゆくゆくは長編もつくって、海外との共同制作もできたらなと思っています。

■配信からいよいよ劇場公開へ

――そんな中、第49回ボストンSF映画祭 Short Film部門に入選したそうですが。

中川:そうなんです。ただちょうど上映時期と丸かぶりだったので行くことができず。現地の方と事前のインタビューをオンラインでつないでやらせてもらったんですが、参加する監督がそれぞれ自分の映画を熱く語っていて圧倒されました。ハイテンションにインタビュアーの方が質問してくれて、本当にアメリカだなと思いました。

「NN4444」は、中川奈月監督『犬』、佐久間啓輔監督『Rat Tat Tat』、岩崎裕介監督『VOID』、宮原拓也『洗浄』の4編で上映される“不条理”ホラー短編集(写真:配給提供)
「NN4444」は、中川奈月監督『犬』、佐久間啓輔監督『Rat Tat Tat』、岩崎裕介監督『VOID』、宮原拓也『洗浄』の4編で上映される“不条理”ホラー短編集(写真:配給提供)

――本作はホラーショートフィルム作品集「NN4444」として、下北沢のK2でも2月16日から公開され、満席の回が続出する大盛況となりましたが、その好評を受けて3月15日からもアンコール上映が行われます。

中川:もともとは配信向けに企画された作品ではあるんですが、劇場でかけることを前提に、音響なども劇場で流せるようにつくっていたので。劇場での上映はやりたいなと思っていました。K2さんはスクリーンも大きいですし、距離感も近いし、おしゃれなところなのでありがたいですね。

――ではあらためて3月15日からのアンコール上映への意気込みを。

中川:前回の上映では、いろいろな人に告知をするというよりは、本当にホラー好きの方たちに向けて宣伝を組んでいただいたんですが、こんなにもホラーを観たい方がいらっしゃったのかと思うくらい、たくさんの方に来ていただくことができました。この輪がもっと広がっていけば、もっと大きな規模のプロジェクトにつながるのではないかと思っているので。多くの人に来ていただいて、たくさん盛り上げていけたらいいなと思っています。

『犬』を手掛けた中川奈月監督(写真:配給提供)
『犬』を手掛けた中川奈月監督(写真:配給提供)

中川奈月(なかがわなつき) 
1990年生まれ。立教大学大学院現代心理学研究科にて篠崎誠監督に師事し、修了作品『彼女はひとり』を監督。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にてSKIPシティアワードを受賞、田辺・弁慶映画祭にて主演の福永朱梨が俳優賞を受賞。東京藝術大学大学院映像研究科に入学し、黒沢清監督、諏訪敦彦監督に師事。作品『投影』がイランのファジル映画祭で上映、修了作品『夜のそと』はニューヨークジャパンカッツにて上映された。

『NN4444』は3月15日よりシモキタ-エキマエ-シネマ K2にて追加上映(写真:配給提供)
『NN4444』は3月15日よりシモキタ-エキマエ-シネマ K2にて追加上映(写真:配給提供)

『犬』
監督・脚本・編集:中川奈月
出演:小川あん、磯田龍生、渡辺葵、鮎川桃果、桑原おさむ、松井彩葉、山下真実子、橋本拓地、ほか
企画・プロデュース:林健太郎、鈴木健太、浅野由香
プロデューサー:大野瑞樹、稲垣護
制作プロダクション:GEEK PICTURES
製作・配給:NOTHING NEW
公式サイト: https://nothingnew.film/nn4444/
公式X(旧Twitter): https://x.com/NOTHINGNEW_FILM
公式Instagram: https://www.instagram.com/NOTHINGNEW_FILM/

『犬』を含む4本の短編映画を集めたオリジナル・ホラーショートフィルム作品集『NN4444』は3月15日よりシモキタ-エキマエ-シネマ K2にて追加上映

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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