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今年は日本とベトナムの外交樹立50周年!急成長を続けるベトナム映画界の息吹を感じる映画祭がここに

壬生智裕映画ライター
日本のベトナム人労働者を題材とした藤元明緒監督の『海辺の彼女』より(映画祭提供)

今年のカンヌ映画祭で、1989年生まれの新鋭ファム・ティエン・アン監督が『Inside the Yellow Cocoon Shell(原題)』でカメラドール(新人賞)を受賞するなど、近年、世界各国の映画祭で高い評価を受けるベトナム映画。いったい今、ベトナムの映画界で何が起こっているのだろうか。

今年は日本とベトナムの外交樹立50周年の年にあたり、新宿K's Cinema(8月19〜9月1日)をはじめ、東京・横浜・大阪・名古屋の4都市で順次、「ベトナム映画祭2023」が行われている。また関連上映として「ベトナム映画の現在Plus」が8月17日〜19日にかけてお茶の水のアテネ・フランセ文化センターで開催中。こちらは鬼才ファン・ダン・ジー監督の全面協力により実現した企画上映で、ベトナムの若手監督にスポットを当てた意欲的なプログラムとなっている。

そこで「ベトナム映画祭2023」を主催するムービー・アクト・プロジェクトの熊谷睦子氏に、本映画祭が生まれた経緯、そしてベトナムの映画界における現状などについて聞いた。

松坂慶子主演、大森一樹監督による2015年の日越合作映画『ベトナムの風に吹かれて』(映画祭提供)
松坂慶子主演、大森一樹監督による2015年の日越合作映画『ベトナムの風に吹かれて』(映画祭提供)

――熊谷さんがベトナム映画に関わるようになった経緯は?

熊谷:わたしたちが配給・宣伝で担当した大森一樹監督の映画『ベトナムの風に吹かれて』が日越合作で。2014年12月からハノイで撮影することになったんですが、ちょうどその前の11月にハノイ映画祭があって、そこに同じくわたしたちが配給・宣伝を担当していた今関あきよし監督の『クレヴァニ、愛のトンネル』が招待されたので。ちょうど撮影の準備をしている日本人スタッフも既に現地入りしているということもあり、ベトナムに行ってみようと思ったというのがきっかけです。

ただ映画祭といっても上映がずっとあるわけでもなかったため、その合間にいろいろなところに行ってみたんですが、その中に若手監督の企画ピッチングもあったんです。そこでベトナムにも若手の監督もいるんだなと思って。あと通訳をしてくれた方々が、大体学生さんなんですけど、みんな日本のアニメやドラマなどが大好きで、それで日本語を勉強したんだと。日本に興味がある子たちが多かった。そんな風にベトナムに対する印象が初めて行った時から良かったということがあります。

その後『ベトナムの風に吹かれて』が完成して、日越合作映画だったので、ベトナムでも公開しましょうと。翌年の2015年夏に上映でまた行ったんですが、その半年間で、それまでなかった国際空港ができていたんですよ。空港までの道も、舗装もされてないガタゴト道だったんですけど、その間に高速道路もできていた。その成長のスピードにも驚いたし、これは何か面白いものがこれから出てくるかもしれないと感じたんです。

――ベトナムの経済も急成長していますからね。

熊谷:ベトナム人全体の人口の平均年齢が、その当時でまだ29歳ぐらいで、若者が多い。そして映画産業的にもシネコンがたくさんあって。7割がロッテとかCJエンタテインメントといった韓国系が手掛ける映画館なんですけど、映画を観る若い人たちが増えていて。それでベトナム映画を観てみたいなと思っていところ、ちょうど2016年に、大阪アジアン映画祭と、アジアフォーカス・福岡国際映画祭でまとめてベトナム映画を見る機会もあって。ちゃんとクオリティーも高いということも分かった。そこで観た『草原に黄色い花を見つける』を配給し、ベトナム映画人とのつながりができて、そこから沼にどんどん入っていったという感じです(笑)。

ベトナムのヒットメーカー、ヴィクター・ヴー監督の『草原に黄色い花を見つける』
ベトナムのヒットメーカー、ヴィクター・ヴー監督の『草原に黄色い花を見つける』

 第1回目の「ベトナム映画祭」が行われた2018年が、ちょうど日本とベトナムの外交関係樹立45周年だったので。アジアフォーカス・福岡国際映画祭でベトナム映画を紹介してきた映画評論家の佐藤忠男さんに作品選考をお願いしました。ただ正直言うと、この時はお客さんの入りは、結構厳しかったですね。まず横浜で上映して、その後大阪に行って、それから新宿のK's Cinema、そして名古屋と4カ所で上映を行いました。

――その時の「ベトナム映画祭」が今回につながると。

熊谷:そうですね。そこから少しさかのぼるのですが、『草原に黄色い花』の次に、『漂うがごとく』と『ベトナムを懐う』も、うちが買い付けたんですが、『漂うがごとく』の脚本をやっているのが、ファン・ダン・ジー監督という方で。彼の映画は日本では劇場公開されていないのですが、今回の映画祭では来日してもらうことができました。彼は(アジアの若手映画人を育成するワークショップの)「オータム・ミーティング」を始めた人なんですよね。彼自身もトラン・アン・ユンなど、上の世代に引っ張ってもらって、海外に出ていった人なのだと思います。

――以前、『浮かぶ』でお話を伺った吉田奈津美監督も「オータム・ミーティング」に参加して、ピッチングを行った経緯をお話してくださったことがありました(参考記事:映画は世界とつながることができる…吉田奈津美監督がトラン・アン・ユン監督の授業で受け取ったものとは?)。

熊谷:最近のベトナム映画でも「オータム・ミーティング」という言葉を何回も聞くんですよね。その中から出てきたのが『走れロム』のチャン・タン・フイ監督や『第三夫人と髪飾り』のアッシュ・メイフェア監督です。近年の若手の監督のほとんどが何かしらでそこに関わっている感じですね。ファン・ダン・ジー自身も、日本に来るたびに、日本映画大学や早稲田大学など、いろいろなところに行っては「オータム・ミーティング」に参加しませんか、と誘っているみたいで。何人か日本人も行ってますよね。ただ日本人は英語でピッチングができる人が少ないので、なかなか難しいところはありそうですが。

――ベトナム映画を語る上で、ファン・ダン・ジーさんはキーパーソンだと言えそうですね。

熊谷:今回の映画祭関連企画「ベトナム映画の現在 plus」が、2021年にアテネ・フランセ文化センターでやられた特集「ベトナム映画の現在」の流れにあって。この特集はファン・ダン・ジーのセレクトという側面があったんですが、福岡市総合図書館のアーカイブに彼が選んだ若手映画の短編などをごっそりと寄贈してあるんです。その寄贈した作品を上映したのが2021年に行われた「ベトナム映画の現在」でした。今回はその時の作品から若手監督だけに絞って、未公開作も追加した特集上映なのです。

社会主義国のベトナムでインディペンデント作品が成立してるというのがすごいことだなと思うんです。ベトナムには検閲がありますからね。『走れロム』も検閲で問題になりましたし、(参考記事:ミニシアター文化のないベトナムでインディペンデント映画が大ヒット!その理由とは?)、『第三夫人と髪飾り』は検閲は通ったんですけど、4日で上映中止になってしまいましたしね。

――検閲が厳しいんですね。

熊谷:実はファン・ダン・ジーと、『漂うがごとく』のブイ・タク・チュエン監督もですが、この2人は国の映画局出身なんですよ。しかもファン・ダン・ジーは検閲担当だったそうです。でも映画局をやめて、検閲を越えた映画をやりたくなったんでしょうね。

ヴェネチア国際映画祭で上映されたブイ・タク・チュエン監督、ファン・ダン・ジー脚本の2009年映画『漂うがごとく』(映画祭提供)
ヴェネチア国際映画祭で上映されたブイ・タク・チュエン監督、ファン・ダン・ジー脚本の2009年映画『漂うがごとく』(映画祭提供)

ファン・ダン・ジーが「オータム・ミーティング」で若い人をどんどん上に押し上げてるのと同時に、ブイ・タク・チュエン監督もTPD(ベトナム映画タレント開発支援センター)を創設していて。若手監督に機材を貸したり、ワークショップをやったりしています。『Kfc』のレ・ビン・ザン監督もTPDで1年ぐらい講師をやっていたようですね。そうやって、自分が世に出た後は若い人たちに教えるという循環があるなと感じます。

――ベトナム映画界のニューウェーブの現在を「ベトナム映画の現在 plus」で感じられると。

熊谷:そうですね。ベトナム映画の現在が見えてくると思いますね。『Kfc』のレ・ビン・ザン監督が、ほかの映画では出演をしていたり。『Kfc』で編集をやっている人が別な作品では監督をやっていたりと、つながりがあるなという感じがあります。

日本初上映となるルーン・ディン・ズン監督による心揺さぶるヒューマンドラマ『雲よりも高く』(映画祭提供)
日本初上映となるルーン・ディン・ズン監督による心揺さぶるヒューマンドラマ『雲よりも高く』(映画祭提供)

――「ベトナム映画祭2023」の日本初上映作品は?

熊谷:『雲よりも高く』と『デスゲーム』ですね。『雲よりも高く』は第90回アカデミー賞外国語映画ベトナム代表に選ばれた作品で、ベトナムの地方と都会の格差を、父と息子のきずなを通じて描いた作品で、心を揺さぶる作品となっています。

遊佐和寿監督が日本で撮影した日越合作映画『デスゲーム』。賞金最大10万ドルに参加するために日本にやってきた4人のベトナム人少女たちを描き出す。(映画祭提供)
遊佐和寿監督が日本で撮影した日越合作映画『デスゲーム』。賞金最大10万ドルに参加するために日本にやってきた4人のベトナム人少女たちを描き出す。(映画祭提供)

そして『デスゲーム』は、ガンエフェクトやVFXで「ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー」などの映画に参加している遊佐和寿監督がメガホンをとった作品です。

――前述した大森一樹監督の『ベトナムの風に吹かれて』や、藤元明緒監督の『海辺の彼女たち』もそうですが、日本人監督が手掛けた作品もいくつか上映されますね。

熊谷:そうですね。『パパとムスメの7日間』も落合賢さんが監督を務めています。これは大阪アジアン映画祭やシネマート新宿の「のむコレ3」などで上映されたことがある作品ですね。『ベトナムの風に吹かれて』も大森監督が亡くなられたので、追悼上映という意味合いもあります。

新垣結衣主演でドラマ化された五十嵐貴久の同名小説を、落合賢監督がベトナムで映画化した『パパとムスメの7日間』(映画祭提供)
新垣結衣主演でドラマ化された五十嵐貴久の同名小説を、落合賢監督がベトナムで映画化した『パパとムスメの7日間』(映画祭提供)

――あらためてベトナム映画の魅力は?

熊谷:ベトナム映画というと「ベトナム戦争の映画?」と言われることもあるんですけど、逆にそれに触れている作品の方が珍しいくらいで。だからベトナム戦争のイメージとは違う現代のベトナムの姿が見られますよ、というのはあります。あとはやっぱりとても勢いを感じるというのが一番大きいですね。意外と自由があるというか。ベトナムのインディペンデント映画はちゃんと予算をかけてつくっているので、クオリティーの高さも見どころだと思います。

「ベトナム映画祭2023」は新宿K's Cinema(8月19〜9月1日)をはじめ、東京・横浜・大阪・名古屋の4都市で実施予定。詳細はhttps://vietnamff2023.jp/にて

「ベトナム映画の現在Plus」は8月17日〜19日にかけてお茶の水のアテネ・フランセ文化センターにて開催。詳細はhttp://www.athenee.net/culturalcenter/s/c/vietnamesecinema_plus.htmlにて

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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