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一度は女優を諦め東京から広島へ移住した彼女が、人間関係ゼロの土地でなぜ映画を作るに至ったのか(前編)

壬生智裕映画ライター
前田多美監督(写真:配給提供)

 広島を拠点に俳優・監督として活動する前田多美監督が、広島の3ボーカル音楽ユニット“深夜兄弟”を主演に迎えた長編映画『犬ころたちの唄』が2月19日より池袋のシネマ・ロサにて公開される。

 女優として、自主制作映画を中心に新進気鋭の監督たちの映画に出演してきた前田監督は、映画撮影で訪れた広島に魅せられ、2016年に広島移住を決意。一度は女優の道を離れようとしていたという前田監督だが、広島で数多くの出会いに恵まれ、俳優活動を続けることを決意。さらには監督業にまで活動の幅を広げることとなった。

 そしてこのたび長編2作目となる映画『犬ころたちの唄』が完成。2021年11月、ひと足先に公開された横川シネマでは、インディペンデントの新人監督作品としては異例の2週間ロードショーを敢行。400人を超える観客を動員した。さらに翌年1月には横川シネマでのアンコール上映も行われた。その勢いのままに2月19日より池袋のシネマ・ロサでの上映も決定。その後も名古屋、新潟などでも順次公開される。

 さらに映画の公開にあたって、町田康、加藤ひさし、入江悠、吉岡睦雄ら多くの文化人、ミュージシャン、映画人などのコメントが寄せられるなど、地方発信映画の枠を超えた広がりを魅せている。

 だが、前田監督はいかにして、東京から離れた広島という土地で人脈を広げ、今回の映画を作るに至ったのか。今回はその過程について聞いた。

※※本インタビューの後半部分はこちらから「一度は女優を諦め東京から広島へ移住した彼女が、人間関係ゼロの土地でなぜ映画を作るに至ったのか(後編)」※※

(C)2021Donuts FIlms

■広島に移住しようと思ったのは直感的だった

――まずは広島に移住しようとしたきっかけから教えてください。

前田:2013年に平波亘監督の『トムソーヤーとハックルベリーフィンは死んだ』というオール広島ロケの映画に出演したんですが、そのときに1週間ぐらい広島に滞在したんです。その中で「ここいいな」という気持ちがすごく芽生えて。で、その2年後に、もう移住しちゃおうと思って移住したんです。

――広島がいいなと思った理由は?

前田:理由というのも直感的で、恋愛感情に似てるところがあるというか。何でその人のことが好きなのか分からないような感じで。聞こえてる音とか光とか、五感で触れられるところがすごく自分に合うなと思ったんです。もちろんそこにいる人たちも魅力ではありました。

――当時はもう女優を辞めようかと思っていたそうですね。

前田:そうです。2015年に移住しようと決めたんですが、その時期というのが、俳優という仕事がちょっと滞ってた時期なんですよね。ちょうど30歳になる年頃だったので。女優は諦めて、着実に会社員になろうかなという気持ちが芽生え始めて。であれば東京じゃなくて、住みたい町に行ってやり直してみようかなと。でも実際に移住してみたら、逆に映画しかなくなった。奇妙な縁だなとは思うんですけど。

――広島に行こうという決断はすんなりと?

前田:もちろんけっこう大変でした。お金もかかるし。いろいろな労力はあったんですけど。ただ広島に行くこと自体は障害がなかったというか。一度、決めてしまえば、どんどん事が進んでいったのも、ご縁があったからなのかなと思います。広島の移住に関しては「移住したいと思うんです」という言葉を発したそばから、そっちの方向にどんどん話が進んでいったということはあります。

 実は広島県庁のふるさと回帰支援センターというのが有楽町にあって、そこに相談に行ったりもしたんですけど、「女優を辞めるのはもったいないですよ」みたいな感じで後押ししてくれて。そういうことも、今回の映画にたどりついた理由のひとつかなと思っています。

■ゼロからはじまった映画作り

――そんな前田さんが、広島で映画を作ることになったのはどういう経緯で?

前田:広島では普通に人生を送っていこうかなぐらいの気持ちになっていました。でも、広島に移住したらまわりの人から「女優をやってるなら、何か撮れるんじゃない」というような、そんなむちゃぶりに遭いまして。その時は「撮れませんよ」とか言ってたんですけど、2018年に初めて監督作品を作らせていただいて。処女作でいきなり長編だったんですけど、その後も短編も撮る機会が生まれて。今回の『犬ころたちの唄』が3本目の監督作品になります。

 ただ、映画はいつもゼロからの人間関係で作っているので。いろんな数珠つなぎで、いろんな人と出会う中で、今回の作品にたどり着いたという感じはあります。

広島・横川の商店街が舞台となっている。(写真:配給提供)
広島・横川の商店街が舞台となっている。(写真:配給提供)

――もともと出身はどちらだったんですか?

前田:出身は大阪です。

――大阪に戻るのではなく、広島に行くというのも不思議な縁ですね。

前田:そうですね。分からないものですね。

■「本と自由」という古本屋で多くの出会いがあった

――広島でいろんな人たちに会ったというお話だったんですが、どこら辺で縁がつながったんでしょうか?

前田:それはやはり、映画のロケ地にもなってる「本と自由」という古本屋さん。まさにあそこでいろんな出会いがあったんです。今回の映画に出ている「深夜兄弟」の3人も、長男役のミカカさんとはちょっと前に制作した、私の初監督作の時に出会ったんですが、ほかの2人は「本と自由」でたまたま偶然出会った人たちでした。

 実はあの界隈にはアーティスティックな人たちが多くて。「本と自由」から15秒くらいのところに「横川シネマ」があるんです。

――映画の中にも「横川シネマ」の階段をのぼって屋上に行くシーンがありました。

前田:普段、屋上は立ち入り禁止なんですけど、撮影のために開けてもらいました。「横川シネマ」さんには本当にお世話になっていて。今回、パンフレットも作ったんですけど、諏訪敦彦監督からレビューをいただいたり、入江悠監督や、俳優の吉岡睦雄さんたちからコメントをいただくことができたのも、皆さんが横川シネマにいらっしゃった時に、お話しすることができたから。広島にいながらそういうことが実現できたのも、この横川という土地でできたご縁というのはありますね。

 今までわたしは、本屋さんでいろんな人と出会うということがなかったんですけど、広島の横川でそれが実現した。劇中にもある通り、あの場所では飲めるようになっていて。本とアルコールがある場所というのが、アーティスト同士も仲良くなりやすいのかなと思います。

■映画の世界から遠ざかろうと思ったら、逆に近くなった

本作の撮影のために横川シネマの屋上が開放された。(写真:配給提供)
本作の撮影のために横川シネマの屋上が開放された。(写真:配給提供)

――撮影のために屋上を開放てくれたりと、「横川シネマ」のバックアップも大きかったと思いますが。今、振り返ってみていかがですか?

前田:そもそも2013年の広島オールロケで撮った『トムソーヤーとハックルベリーフィンは死んだ』で、わたしは「横川シネマ」のバイトちゃん役だったんです。そこからなので、もう十年来のご縁になります。だから支配人の溝口徹さんには、広島に移住してからも、いろいろと話を聞いてもらいました。わたしの処女作も「帯のロードショーで上映するのは難しいけど、イベント上映みたいな形だったらできるよ」と言ってくれて。1日だけ上映させてもらったりもしました。

 その次の短編は、3人の監督でのオムニバス映画だったんですけど、その時も横川シネマで上映してもらう予定になっていました。それは結局、コロナ禍によって配信に切り替えることになっちゃったんですけど、でもそうやって、わたしが映画と関わる中で、「横川シネマ」はずっと関わりがあって。わたしも映画を観に行った後にはロビーでいろいろとしゃべるし。その時に屋上を使えないか、という相談もしたし。もうずっと本当に後押ししてくださってるなと思います。

――東京から離れて、映画の世界から遠ざかろうと思ったら、実は逆に近くなっていたと。

前田:自分でもビックリというか、自分に監督ができるとは思ってなかったんで。俳優は今でもちょこちょこやってはいるんです。それこそ濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』にも端役で出してもらったりもしたんですけど。そういった感じでちょこちょこ出演もさせてもらいながらも、自分でも撮ることになったのは、本当にいいご縁が重なったなと思っています。

※※「一度は女優を諦め東京から広島へ移住した彼女が、人間関係ゼロの土地でなぜ映画を作ったのか(後編)」に続く※※

本作のメガホンをとった前田多美監督。三兄弟の異母兄妹としても出演している。(写真:配給提供)
本作のメガホンをとった前田多美監督。三兄弟の異母兄妹としても出演している。(写真:配給提供)

前田多美プロフィール

1983年11月19日生まれ。大阪府出身。2012年 今泉力哉監督『tarpaulin』山下敦弘監督『ありふれたライブテープにFocus』でスクリーンデビュー。自主制作映画を中心に新進気鋭の監督たちの映画に出演。2013年 オール広島ロケ作品平波亘監督『トムソーヤーとハックルベリーフィンは死んだ』の撮影をきっかけに広島移住を決意し、2016年に広島市民となる。その後、広島・瀬戸内ロケ作品を中心に、張元香織監督『船長さんのかわいい奥さん』(2018)、時川英之監督『鯉のはなシアター』(2018)『彼女は夢で踊る』(2019)、濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』(2020)に出演。俳優活動を続ける一方で、広島移住後は監督へも活動の幅を広げ、初長編監督作『カノンの町のマーチ』(2018)をきっかけに『光をとめる』(2020) 工藤祐次郎/リンドウ MV(2020)を制作。本作は長編2作目となる。

『犬ころたちの唄』

監督:前田多美

脚本 :梶田真悟

構成・編集:村松正浩

撮影:西井昌哉

録音:松浦智也

整音:バッチグー・山本

音楽 :久保モリソン

助監督:サトシコンドウサトシ

制作:大野 郁代

出演:ミカカ、Jacky、のっこん(深夜兄弟)、前田多美、青山修三、梶田真悟、ウエノケンジ、こだまこずえ、ほか

製作・宣伝・配給:Donuts Films

2021年/91分/ステレオ/DCP

2022年2月19日より池袋のシネマ・ロサにて2週間限定公開

(C)Donuts Films

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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