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下北沢カルチャー新たな拠点となる映画館「K2」が持つ文化的価値とは?

壬生智裕映画ライター
1スクリーン、全71席(内2席は車椅子受入可)(写真:劇場提供)

演劇、音楽、ファッションなど、さまざまな文化のるつぼである下北沢は、サブカルチャーの聖地として、多くの人たちを魅了してきた。そんな下北沢に新たな文化の拠点となる映画館「K2」がオープンした。

「K2」が営業するのは、下北沢駅南西口直結小田急線「東北沢駅」から「世田谷代田駅」の地下化に伴って全長約1.7kmの路跡地を再開発した「(tefu)lounge」(テフラウンジ) の2F部分。1スクリーン、全71席(内2席は車椅子受入可)の、いわゆるミニシアターとなる。

コロナ禍の中に新しく生まれる映画館だからこそチャレンジできるオンラインとのハイブリットによる新しい映画館の形を模索していくという。従来のミニシアターのようなリアルスクリーンでの上映はもちろんのこと、「オンラインスクリーンでの特別上映プログラムの実施」「バーチャルスクリーン『Reel』の開設」「『K2』のファンコミュニティーの開設」「雑誌「MAKING」の発刊」なども展開していくことがアナウンスされている。

そんな映画館「K2」がいかにして生まれたのか、そして今後どのような展開をしていくのか。「K2」を運営するInclineのメンバーであるMOTIONGALLERYの大高健志代表に話を聞いた。

■いよいよ映画館「K2」がオープン!

――「K2」が1月20日にオープンとなりましたが、今の心境はいかがですか?

大高:2019年に小田急さん/UDSさんから「ミニシアターを作りましょう」というお話を頂いてからこのプロジェクトが始まったわけですが、小田急/UDSさんさんだけでなく、下北沢という場所にとっても、ミニシアターは必要だよね、ということでやってきて。その計画を変えることなく、ここまで来ることができたということで、本当にうれしい思いなのですが、その後のコロナ禍で、ミニシアターが厳しいという状況も含めての船出となってしまいました。まだまだ不安や懸念もある中ですが、取りあえずスタートラインには立つことができたかなと思っています。

ただ先日、岩波ホールの閉館というニュースもありましたから。やはり現実問題として、難しいこともこれから体感することになるんだろうなと思って。今は身が引き締まる思いです。

――元々は小田急/UDSさんさんから「やりませんか」というお話があったということですか。

大高:そうです。ここに「(tefu) lounge」という複合施設を作るので、その中に街の人のためのミニシアターを作りたいという話でした。映画に詳しい方たちに向けた、“外から来て、帰っていくような場所”ではなく、あくまでも“下北沢に住んでいたり、活動している人たちが集うような、そういう場所”を作りたいんだと。そういうことは可能なのか、ということで相談を受けていたわけです。

従来の再開発とは一線を画する複合施設「(tefu) lounge」(写真:劇場提供)
従来の再開発とは一線を画する複合施設「(tefu) lounge」(写真:劇場提供)

僕もすでに「MOTION GALLERY」を通じて、様々なかたちでボトムアップ型による街や文化を作るクラウドファンディングをサポートしてきていたり、はたまた映画上映をやっていたという経験もあるので、その見地から、街の人が来やすいような映画館をやるにはどういうアプローチがいいのか、現実的に集客を含めて可能なのか、といったことを定期的にお話をさせていただいていたわけです。だから最初は映画館に関わるという前提ではなかったんです。

■「K2」という映画館をやる意味

――そこからご自身がやることになったのは?

大高:いろいろと紆余(うよ)曲折があって。餅は餅屋みたいなところもあるから、お任せできないかということになりました。もともと僕たちは、今回の映画館のメンバーである北原(豪)の会社Sunbornなどを含めた5社が集まったIncline (インクライン)というチームで3、4年、『スパイの妻』などの映画を作ったり、アート関連、映画関連のイベントをやったりしてきたので。そこのLLP(有限責任事業組合)で運営することで、より広がりも出るだろうし、面白いことができるんじゃないかという話になった。それならばInclineで映画館をやりましょうということになりました。

――大高さんは昨年、3億円以上を集めた「ミニシアター・エイド基金」の発起人にも名前を連ねていましたが、その経験がノウハウ的に、もしくは精神的に、今回のミニシアターづくりに何か影響したことはありますか?

大高:ノウハウというのは特にないんですが、精神的には大きな影響がありました。3億円以上を集めた要因としてはやはり、全国のミニシアターが映画ファンや地域の人に支持されていて、かつなくなってほしくないと思ってもらえていたということ。つまりそういう活動を全国のミニシアターさんたちがやってきたということの証左でもあるわけです。そういう意味で、僕らが「K2」という映画館をやるという意味というのは、いかに下北沢の人たちに愛されて、必要とされる存在になるべきか、ということだと思うし、それは考えなければいけないことだと思う。それは元々考えていたことではありましたが、今回の経験で、より強く感じたということですね。

ナチュラルな雰囲気の内観(写真:劇場提供)
ナチュラルな雰囲気の内観(写真:劇場提供)

■同じ価値観を持つ人が集まる「公共的な空間」

――「K2」のコンセプトは「下北沢の文化的コモンズ(共有地)」とのことで。これは「公共スペース」や「公共の文化」という意味合いもあると思うのですが、そのあたりの思いをもう少しお聞きしたいのですが。

大高:「公共性」というワードというのも、振り返ると「MOTION GALLERY」自体のコンセプトが、ヨーゼフ・ボイスという現代アーティストが言い始めた「社会彫刻」(人は誰もが芸術家であるという概念)を下敷きにしているところがあります。そういう意味で、クラウドファンディングというのは、その公共的な空間をクリエイティブに作っていこう、という意味合いのサービスだという自認があって。お金を出すということ自体が、社会の選択の結果みんなで公共をつくろうとする試みではないかと。

だから自分が何かに使おうと思っていたお金をちょっぴり節約して、そのお金で新しい映画作家だったり、街づくりのカフェだったりにお金を振り向けることで、経済性だけじゃない文脈で必要なお金が集まる。そこから新しい何かが生まれていくということはつまり、お金を通じて公共空間を作っているということだと思うんです。クラウドファンディングというのはそういうものだと思うので、それが要らないと思う人は参加しなくてもいいわけです。でも、それが要るという人たちが集まってビジネスが成立するなら、それによって作品などが作られて、文化が生まれていく。そういう思いを強く持っていた中で、「ミニシアター・エイド基金」というのは、それが非常に分かりやすく、しかも大きな形で出た活動だったかなと思っています。

――不要不急という言葉がひとり歩きしていますが、一方でそれを必要としている人たちだっているということですね。

大高:「ミニシアター・エイド基金」は、ミニシアターを残したい、もしくは社会にあるべきだという人たちが集まって。3億円を集めることができましたが、ドライな言い方をすると、必要としていない人たちや、映画館を応援している場合じゃないと考える人たちだって当然いらっしゃると思うんです。それ自体は、否定されることでもないですし、それも一つの正しい論理だと思う。どれが正しい、正しくないといった正義の話というよりは、同じ価値観を持った人たちが、排他的じゃない形で集まって成り立つ公共空間というのはいっぱいあるということで。そういう意味で「ミニシアター・エイド基金」というのは、そういう価値観に共感する人たちがつくった、ある種の公共空間の一つであって。そのプロセスとかパワーみたいなものを、僕自身もミニシアター・エイド基金を通じて特に実感したところでしたし、これからの社会に必要なところはやっぱり公共空間だったり、共有地みたいな発想なのかなと思っています。

■従来のトップダウン型とは違った形での再開発

――そういう意味で下北線路街(小田急線「東北沢駅」から「世田谷代田駅」の地下化に伴い、全長約1.7kmの路跡地を再開発するエリア)にも通じるところがあります。

大高:下北線路街というのは、これまでのトップダウン型の再開発とは方向性が違いますよね。今までだったら高いビルをドーンと建てて、この一等地の高い賃料を払える人だけを優先的に入れるというような形でした。資本的なバックボーンがある事業者だけがどんどん入ってくるから、賃料はすごく儲かるのに、街としてはほかの繁華街と同じような景色になってしまう。でも今回はなるべく小商いの面白い人たち、下北沢の文脈に連なるような人たちを選んで、そういう人たちに安く貸し出すという形での再開発をされている。それによって街の人たちや、周辺の人たちが、より自分のものとして関わりやすい形になるし、そういうムーブメントが今、どんどん広がってきていると思うんです。

小田急線の下北沢駅直結という好立地も魅力(写真:劇場提供)
小田急線の下北沢駅直結という好立地も魅力(写真:劇場提供)

――もちろん「K2」もその文脈に連なるわけですよね。

大高:それならば映画館もそういう街の人たちが参加できるような形にしていくと面白いのかなと。映画史的に大切であるという文脈や、支配人のセンスで上映作品を決めるという映画館もあるべきだと思うんですが、そういうスタンスからもうちょっと離れて。こちらから興味を持ってもらえるようなアプローチの仕方をするとか、街の人が独断と偏見で決めてもらうプログラムであるとか。その文脈のほうが実は重要になってきている気がしていて。その文脈をいかに作るか、ということを参加型でできたら面白いんじゃないかなと思うんです。

――「K2」ならではの取り組みをいろいろと考えているとのことですが。

大高:そうですね。やはりコロナ禍という前提は持たないと厳しいなというのもあって。いかにしてオンラインでコミュニケーションを取れる映画館になるのかというのが重要かなと。オンラインの会員コミュニティーを立ち上げて、そこで会員の人たち同士で、積極的なコミュニケーションを図っていったり。会員の人同士が自由にディスカッションをして。いろんな権利的なものがクリアできれば、会員のメンバーが決めた作品を掛けるとか。そういうことはしていきたいなと思います。

K2の隣にはカフェが入居。映画館の コンセッションとしても連動している(写真:劇場提供)
K2の隣にはカフェが入居。映画館の コンセッションとしても連動している(写真:劇場提供)

■「K2」が手がける施策の数々

――「K2」でのリアル上映はもちろんのこと、オンライン上映も活用したハイブリッドな運営を行うそうですね。

大高:先ほどお話ししたコミュニティーの中で、オンラインでも映画を観られるようなことはやっていきたくて。オンラインでも観られる代わりに、その入場料がちゃんと配給会社なり制作会社なりに、通常の映画館で見るのと同じようなシステムでお金が渡せればと思っています。それが「K2」で上映している作品の関連作品とか、リファレンスの作品だったりすると、より学びが増えたりして。より面白く感じたり、より理解が進むようになる。そういうことができたらいいなと思っています。

――「K2」で上映する作品の多様な面白さや背景を深堀りする雑誌「MAKING」をほぼ隔月で発刊するということですが。

大高:今、映画雑誌がどんどん減っているというのは、要は難しいからだと思うんです。しかし一方で、今さらオウンドメディアをオンラインを立ち上げても埋もれてしまうんじゃないか、という気持ちもあって。そんな中でいかにして「K2」ならびに映画館自体のファンを全体に広げていこうかと考えたときに、やはりこちらからも怯まずに情報発信をしていくという努力はしなきゃいけないなと。

そういう中で思うのは、本屋さんに行く人たちが映画好きである確率って非常に高いんじゃないかということ。今、書店に並ぶ映画雑誌がどんどん減っているのであれば。もちろん全国の書店にバーッと並べるのは無理かもしれないですし、規模は小さくなるかもしれませんが、本屋さんに映画雑誌を並べるということをやっておきたい。そこで「K2」のファンになってもらったり、「K2」じゃなくてもミニシアターというもののファンになってくれれば、まわりまわって僕らもいいかなと。

「K2」で上映する映画とかの、ちょっとしたアートブックみたいなものと、街づくりみたいなところの文脈でやっていきたいなと思っていて。いろいろな作る過程のようなものにフォーカスを当てた書籍を出していきたいなと思っています。

――昔は、シネマスクエアとうきゅうやシャンテシネなど、映画館ごとに特色のあるパンフがありましたからね。

大高:そういう愛着が持てるようなものを作りたいですよね。きっとやってみたら本当に大変だということになると思うんですが、そういうことにはトライしていきたいなと思っています。

「K2」を運営するInclineメンバーであるMOTIONGALLERYの大高代表(写真:劇場提供)
「K2」を運営するInclineメンバーであるMOTIONGALLERYの大高代表(写真:劇場提供)

■今後の上映作品は?

――「K2」のこけら落とし作品は濱口竜介監督の『偶然と想像』になりますが、今後の上映作品はどのようになるのでしょうか?

大高:『偶然と想像』の次は『鈴木さん』という映画を上映しています。ですが、なるべく色をつけずに、邦洋織り交ぜていろんな映画をやっていきたいと思います。それ以外では『ドロステのはてで僕ら』や『映画:フィッシュマンズ』なども上映していましたが、基本的にやっぱり下北沢ならではの、音楽や演劇、食などと関わりがあったり、連動できるような作品をメインにやっていきたいと思っています。

――サブカルチャーの街・下北沢ならではですね。かつてのミニシアターブームのような、音楽も出版も演劇もクロスオーバーだった時代を思い出します。

大高:そうですね。やっぱり下北沢なんで、確かにクロスオーバー感は出したいですね。雑誌を出すのもそういうところで。違う媒体、違うカルチャーに接点を作っていきたいという気持ちはあります。映画界に限らずですが、いろんなジャンルの表現にクロスカルチャー感が減ってきているように思っていて。でもせっかく下北沢だからということもありますし、そこは頑張っていきたいなと思っています。

――下北沢の映画館といえば、近くにあるトリウッド館長の大槻貴宏さんからも応援メッセージがありました。トリウッドとの住み分け、もしくは連携などで考えていることはありますか?

大高:大槻さんとは特に、こうやって住み分けましょうみたいな話はしていません。だから今後、どういう形になるかは分からないんですが、基本的な考え方としては棲み分けとか競争とかではなく、やはり一緒に下北沢ならではの映画文化を共創していく事なのではないかと思っています。

1月20日の開館から4日間はトリウッド制作の『ドロステのはてで僕ら』を上映しました。ちょうどヨーロッパ企画さんが下北沢で演劇をやっていたのと併せてトリウッドで上映していたんですけど、そこに続いてわれわれ「K2」でも上映するということで、一緒にチラシを作りました。そういう意味でトリウッドさんと「K2」とで、下北沢に2スクリーンという感覚もあって。両館連動の特集上映とか、何かに連動したプログラムなどができたら面白いことができるのかもなというのは、勝手ながら思っています。

(写真:劇場提供)
(写真:劇場提供)

(※以下、プレスリリースより引用)

■シモキタエキマエ シネマ『 K2 』概要

スクリーン: 1 スクリーン

席数:71席(内2席は車椅子受入可)

オープン日: 2022 年 1 月 20 日(木)

所在地: 東京都世田谷区北沢 2 21 tefu lounge 2F シモキタエキウエ直結

URL https://k2 cinema.com

■名前『K2』に込めた想い

様々な文化のるつぼである下北沢の、しかも誰もが立ち寄りやすい駅直結の場所にミニシアターは生まれます。そんな映画館が出来る場所は、世田谷区北沢2丁目。このとても貴重な出来事をこの映画館が立つ場所「北沢2丁目」を映画館の名前に刻むことで表現するのはどうだろうかと考えました。あわせて、映画を完成させるまでに多くの困難や山を突破し登り切り、その結果多くの人に観ていただくハレの舞台の1つである映画館。ここを最高峰の場所となるべく目指して運営していきたいという決意も込め、カラコルム山脈にある世界の最高峰の一つ『 K2 』からも名前を取りました。

■『K2』運営主体:Incline

MOTIONGALLERYをはじめ5社が一つになって映画やアートなどを企画プロデュースしている団体で、昨年公開した『スパイの妻』(第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞)、『偶然と想像』(第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)、『鈴木さん』(第33回東京国際映画祭「東京プレミア2020」選出)は、Inclineメンバーによるプロデュース作品です。『スパイの妻』以外は配給も行っています。

昨年の「ミニシアター・エイド基金」にもInclineメンバーであるMOTIONGALLERY代表・大高も発起人として参加しました。その際、応援のリターンのために、多くの映画作家の方から限定でご提供いただいた映画作品を鑑賞できるようにした配信プラットフォーム「サンクス・シアター」は、Inclineの1社「株式会社ねこじゃらし」の開発です。昨年末には、その「サンクスシアター」の発展型として、劇場公開予定の『偶然と想像』の配給に合わせ、ミニシアターでのリアルの映画館上映とオンライン配信の共存を目指すバーチャル・スクリーン『Reel(リール)』という配信サービスをリリースします。Inclineはこのような活動を通し、作品作りだけではなく、土壌となる環境づくりにも取り組んできました。古いものへはリスペクトを示し、新しいものへはフラットに接しながら、未来に価値を残せる状況や価値そのものをつくっていくことを目指しています。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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