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三十周年を迎えた塚本晋也監督『鉄男』一挙上映を「横浜シネマリン」で観るべき理由

壬生智裕映画ライター
横浜シネマリンのロビー。白を基調とした明るい空間だ。(筆者撮影)

■2019年は『鉄男』誕生三十周年

横浜シネマリンの鉄男一挙上映のチラシ(劇場提供)
横浜シネマリンの鉄男一挙上映のチラシ(劇場提供)

 鬼才・塚本晋也監督の『鉄男』が1989年に公開されてから今年で30年。それを記念して、映画館「横浜シネマリン」では「鉄男30周年記念上映 横浜シネマリンで体感せよ!シリーズ3作品大音量」と題し、『鉄男』『鉄男II BODY HAMMER』『鉄男 THE BULLET MAN』の3作品の一挙上映(10月12日~18日)が行われる。塚本監督自身、「横浜シネマリンの音響はすごい!」と絶賛している同劇場。「横浜シネマリンに上映を依頼した理由と期待すること」として、以下のようにコメントを寄せている。

『鉄男』30周年記念上映、『鉄男』という映画は、観客にジェットコースター体験をしていただくため、映像と音響に特別にこだわりのある劇場さんからのお声がけで実現してきました。

『野火』の上映でお世話になりました横浜シネマリンさん。多くの先輩ミニシアターの熱い協力のもとにすばらしいシステムでスタート。『野火』も大音量かつ繊細な音で上映していただき大満足でした。

今回も、いくつかの素材をお渡し、最適な上映を模索してくださっています。

僕も参入します。とても楽しみです。

ぜひ、横浜シネマリンで『鉄男』3部作、豪快かつ繊細な臨場感で体感ください!

最初の記念上映に続き、3部作すべて上映します!

 いったいこの劇場の何が塚本監督を魅了したのだろうか。その魅力に迫ってみたい。

■世界を驚かせた『鉄男』

 まずは塚本監督の『鉄男』とはどのような作品なのだろうか。塚本監督の公式サイトに掲載されている紹介文を引用し、おさらいしてみよう。

ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得し、塚本の名を一躍世界に知らしめることになった16ミリ作品。86年の8ミリ作品『普通サイズの怪人』をベースに、頬にできた鉄のトゲから、肉体が鉄の細胞に侵蝕されていく男の爆裂劇を、メタリックな美術、音響と、機関銃のようなリズムのコマ撮りで、パワフルに映像化。当時隆盛となる人間とテクノロジーの相克を描くSFジャンル、サイバーパンクの日本における先駆となる。鉄雄という名の少年が主人公である大友克洋のマンガ&アニメ『AKIRA』と共に、日本代表のカルト・スタンダードとなった。

出典:塚本晋也監督オフィシャルサイトより

 塚本晋也監督の『鉄男』が、1989年の「ローマ国際ファンタスティック映画祭」でグランプリを獲得したことで、塚本監督の名前は世界にとどろき、クエンティン・タランティーノやギレルモ・デル・トロら世界各国に熱狂的なファンを獲得した。総制作費1300万円。すべてのスペシャル・エフェクトをコマ撮りの手法で行い、総カット数は2000を越えた(書籍「塚本晋也読本」キネマ旬報社より)。そして1989年7月1日、今はなき伝説の映画館・中野武蔵野ホールで『鉄男』が公開され、ロングランヒットを記録した。

 ローマ国際ファンタスティック映画祭のコンペティション部門には、当時、東京ファンタスティック映画祭のディレクターだった小松沢陽一氏の紹介によって開催直前に急きょ参加が決まったという。塚本監督自身の映画祭への参加は叶わなかったというが、当時、同映画祭に参加したという映画評論家の塩田時敏氏によると、グランプリとして『鉄男』の名前が呼ばれた際に会場の若者から「鉄男」コールがわき起こったという。(書籍「こんなに楽しく面白い世界のファンタスティック映画祭」SCREEN新書より)

 その後、1992年に『鉄男II BODY HAMMER』を発表する。

いわゆる続編ではなく、『鉄男』のモチーフをSFアクションにグレード・アップさせた全く新しいストーリーのパート2。塚本はこの映画を持って1年がかりで世界中の映画祭を回り、後の日本映画海外進出の先駆けとなる。93年2月には再編集版“スーパー・リミックス・ヴァージョン”がテアトル池袋を皮切りに発表され、以降、このヴァージョンがオリジナル扱いとなっている。

出典:塚本晋也監督オフィシャルサイトより

 さらに2009年にはシリーズ第三弾となる『鉄男 THE BULLET MAN』も公開された。

『鉄男』から20年。“鉄男アメリカ”としてハリウッドで企画開発され、クエンティン・タランティーノも製作に名乗りを上げた“幻のプロジェクト”。『鉄男II BODY HAMMER』同様、過去2作の物語上の続編でもなければリメイクでもない。大都市・東京を舞台に、男の体が鋼鉄と化すモチーフを継承しながらも、主役にアメリカ人俳優を据え、全世界公開を目指した全篇英語の作品として製作されている。 

出典:塚本晋也監督オフィシャルサイトより

■塚本監督を魅了した映画館「横浜シネマリン」とは?

劇場は102席。ゆったりとした環境で映画を観ることが出来る(筆者撮影)
劇場は102席。ゆったりとした環境で映画を観ることが出来る(筆者撮影)

 横浜伊勢佐木町にある老舗の映画館「横浜シネマリン」は、1964年に「伊勢佐木シネマ」としてスタート。1986年に「横浜シネマリン」に改名した。しかしシネコンの隆盛やデジタル化の波に押され、一時期は閉館の危機に見舞われたが、八幡温子支配人がオーナーとなり、2014年12月にリニューアルオープンを果たした。そしてそのリニューアルにあたり、音響と映像を改善したという。

シネマサウンド シネマメインスピーカー meyer sound/UPA×3+USW×1

サラウンドスピーカー JBL/4×2

デジタルシネマプロセッサー Dolby/CP750 デジタルサウンド対応

フィルムシネマプロセッサー Dolby/CP500 SRD対応

出典:横浜シネマリンのオフィシャルサイトより

35ミリフィルムの映写機もあるため、フィルム上映にも対応可能(筆者撮影)
35ミリフィルムの映写機もあるため、フィルム上映にも対応可能(筆者撮影)

得てしてこだわりの強い映画ファンは、上映素材について「フィルム>DCP>Blu-ray」と順位付けしてしまいがちだが、今回の一挙上映を実施するにあたり、あえてBlu-rayで上映することを選択したという。現在の劇場公開におけるスタンダードなデジタルシネマのフォーマットであるDCPという選択肢もあったにもかかわらずだ。それには理由がある。

「もともと『鉄男』の音響はモノラル。塚本監督が音量チェックにいらした時に、DCP素材でも上映チェックをしたんですが、どうもうちの劇場でかけると音響がマイルドになってしまう。でもBlu-rayの音量を最大限近くまで上げて上映してみたら、突き刺さるような音がした。これはすごいと。塚本監督も『シネマリンでは、DCPよりもBlu-rayで上映した方がいい』とおっしゃってくれて。わたしも映写技師さんもそうした方がいいと。3人の意見が『音がとんがっていますね』ということで一致しました。塚本監督も『劇場によってこんなにも音が違うのか』と驚いていらっしゃいました」。

■横浜シネマリン音響設計の特徴

 塚本監督を驚かせた「横浜シネマリン」の音響の秘密とは何なのだろうか。同館の音響設計を担当したアテネフランセ文化センターの堀三郎氏は、横浜シネマリンの音響について、以下のように語る。

「数々のミュージシャンに愛されてきた米国Meyer社のスピーカーを採用しました。地下という、外からの騒音が侵入しにくい構造であるシネマリンの特長を生かして、小さな音を丁寧に表現することにしました。このことにより、風のざわめきや、草の葉のふれあう音などが、まるで耳のそばで鳴っているかのような臨場感を醸し出します。低域から高音域まで、歪みや音声波形の遅れがない位相特性は、大音量にしても繊細に聞かせることができます。音楽の街、JAZZの街でもある横浜にふさわしい音響システムといえます」

スクリーンの真裏に設置されたスピーカー。手前下にあるのがMeyerのスピーカー(筆者撮影)
スクリーンの真裏に設置されたスピーカー。手前下にあるのがMeyerのスピーカー(筆者撮影)

 その言葉に八幡支配人も付け加える。

「最初に劇場を解体した時に、残響はどんな感じなのか、試してみたところ、何も手を加えていないのに、手を叩いた音が広がりました。地下の劇場だからということもあると思いますが、ここの劇場は残響がすごいねという話になりました。これを活かしていいスピーカーを入れれば、音がいい劇場になる。劇場をリニューアルするにあたり、何かひとつ売りがあった方がいいと思ったのですが、たまたまライブハウスで使っているようなMeyer社のスピーカーが手に入った。ライブハウスで使われているようなスピーカーが映画館に入っているのは珍しい。映画館はいいスピーカーであればあるほど、それだけ音響もいいものになります。これは音響が劇場の売りになるなと思いました」。

 また、スクリーン裏に仕込んであるメインのスピーカーには、スピーカーを鳴らすためのアンプが内蔵され、一体化しているパワードスピーカーを採用。時間差がなくダイレクトな音が鳴る理由として、低音域や高音域を分担している各スピーカーから音が出る瞬間に、低域の音が遅れたりせずに波形レベルまできちんと揃った、位相特性に優れたスピーカーを採用しているからだという。

 特に音響に関しては、映画関係者はじめ多くの人々から「音が良い」と評価も高い「横浜シネマリン」。塚本監督たちが「とんがっている音」と評した音響を一度体験してみてはどうだろうか。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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