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藤井聡太名人に豊島将之九段が挑む名人戦七番勝負、第2局は4月23日から 第1局は劇的な逆転の名局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月23日・24日。千葉県成田市・成田山新勝寺において、第82期名人戦七番勝負第1局▲豊島将之九段(33歳)-△藤井聡太名人(21歳)戦がおこなわれます。

 藤井名人の劇的な逆転勝ちで幕を開けた今期名人戦。第2局は先後が替わり、豊島九段が先手となります。

 両者のこれまでの通算対戦成績は藤井23勝、豊島11勝です。

 直近は藤井名人が9連勝中で押しています。しかし最初のうちは豊島九段の6連勝でした。現段階でも、藤井名人からもっとも多く白星をあげているのは、豊島九段です。

 第1局は劇的な展開の末に、藤井名人の逆転勝ち。しかし豊島九段の強さも十分発揮された名局でした。改めて振り返ってみましょう。

第1局、豊島九段の誘導で力戦に

 第1局は4月10日・11日、東京都文京区・ホテル椿山荘東京でおこなわれました。

 七番勝負開幕に先立つ振り駒で先手を得たのは藤井名人。初手は飛車先の歩を突きました。対して2手目、豊島九段は角筋を開きました。以下、前例のほとんどない、相居飛車の力戦へと誘導していきます。

豊島「指してみたい形でした」

藤井「序盤はあまり想定していない展開になって。一手一手難しいかなと思いながら指していました」

 藤井名人が飛車で横歩を取ったのに対して、20手目、豊島九段は藤井陣にできたスキに角を打ち込みます。金取りをどう受けるか。藤井名人は1時間42分の長考の末、前例にはない金立ちを選びました。

 藤井名人が馬を作ったのに対して、豊島九段も馬を作り返します。そしてその馬同士がぶつかって消えるという、序盤からスリリングな進行となりました。

藤井「(21手目、本譜に代えて)▲3八銀と上がると、同じように進んで▲5三角成に△5六歩と打たれて、かなり怖い形なので。それに備える意味で▲4八金と上がったんですけど。ただやっぱり、▲3八銀と比べると、形としてはあまりよくないので。進んでみるとあまり、思わしい感じじゃないのかなというふうに思っていました。(21手目)▲4八金と上がった時点では、本譜のような形だと一歩得が残るので、それを主張にできればと考えていたんですけど。ただ、そうですね。やはり、後手陣が(32手目)△4一玉と寄った形が非常に安定していて。それに対して先手陣が、なかなかまとめ方が難しい感じがしたので。進んでみるとあまり、自信が持てない感じになってしまったんじゃないかなと思っていました」

豊島「△4一玉の局面で歩損なので、もしかしたらちょっとわるくなってる可能性もあるんですけど。▲4八金にさせたというような主張で、指していってどうかなと思っていました」

 1日目は39手目、藤井名人が玉形を整え、中住まいにしたところまで進み、豊島九段が40手目を封じて指し掛けとなりました。

藤井「こちらが抑え込まれてしまう懸念のある局面になってしまったので。そうならないようにがんばっていけるかどうかというところかなと考えていました」

豊島「歩損ですけど(37手目)▲2八歩と打たせているので、難しいのかなと。厳密にはわからないですけど、難しいかなと思っていました」

豊島九段、驚くべき角打ち

 明けて2日目。開かれた豊島九段の封じ手は、じっと銀を上がる本筋の手でした。ここから難しい中盤の駆け引きが続いていきます。

 コンピュータ将棋を用いての深い研究がスタンダードとなった現在の将棋界。タイトル戦でも序盤のスタートダッシュで、あっという間に終盤に近いところまで進むこともしばしばです。しかし本局は互いに時間を使い合う進行になりました。

 50手目。豊島九段は右端9筋の中段に角を打ちつけました。せまいところだけに、驚くべき一手です。しかしこの角は飛車を追ったあと、逆サイドの好位置にスイッチ。このあたりは、豊島九段が非凡な構想力を見せた場面だったといえるでしょう。

藤井「△9五角のあとに△6二角から展開される筋はあまり見えていなくて。指されてみると、やっぱり△4四角が非常にいい配置なのに対してこちらは、ちょっと▲6七金のあとが、思った以上に進展性にかける形だったので。ちょっとそのあたりで、苦しくしてしまっているのかなというふうに感じました」

豊島「△7五歩▲8七銀と引かせたのがポイントなんですけど。歩損で角を手放してるので、模様はよくてもけっこう大変なのかなと思っていました」

2日目夜戦

 2日目夕方の休憩が終わったあと、64手目、豊島九段は中央5筋に飛を回ります。まだ中盤のねじり合い。持ち時間9時間と長丁場の、名人戦らしいペースとも言えます。

 藤井玉は3八へと移動していました。すると序盤で打たされた2八歩があまりよくない形として残っているのが目立ちます。どこかでその歩を突けば、陣形は整う。しかし藤井名人は、最後までその歩を突きませんでした。常識的に見える手を安易に指さず、常識外の手を追求するのがトップクラスの棋士なのでしょう。

 藤井名人が前に出て、ついに本格的に駒がぶつかる戦いが始まりました。盤上ほとんどすべての駒がはたらく、達人同士らしい熱戦です。

 98手目。豊島九段は中段に桂を跳ね出しました。形勢ほぼ互角のまま終盤に入ったところで、持ち時間9時間のうち、残りは藤井23分、藤井42分。そしてここから少しずつ豊島九段がペースをつかみ、やがてはっきり、優位に立ちました。

豊島九段、決め手を逃す

 局面は、一手を争う終盤の寄せ合いに入りました。藤井玉の周辺が薄いのに対して、豊島陣には金銀3枚が残り、まだ耐久力があります。

藤井「終盤は基本的にこちらがどう粘るかという展開だったと思うんですけど」「やっぱりこっちの玉がなかなか安定するような形が見出せないので。基本的には苦しいかなと思ってました」

豊島「玉形に差があるので、チャンスの局面もあったかなと思うんですけど」

 豊島九段は下段から龍で藤井玉を追い上げていきます。121手目、藤井玉は中段へと逃げました。AIが示す評価値を見る限りにおいては、豊島勝勢ともいえます。残り時間は藤井4分、豊島17分。両者時間切迫の状況ですが、相対的には豊島九段の方に余裕がありました。

 122手目。豊島九段には、龍で二段目の金を取る手があります。その局面だけを見せられれば、多くの人が金を取る手を第一感としてあげるかもしれません。しかし当代無双の藤井名人を相手に、勝勢の局面を作れる人は、多くはいません。豊島九段ほどの実力者が、盤上であらゆる可能性を追求してきたからこそ、ここまでたどりついたと言うべきでしょう。

 122手目。豊島九段は時間を使いませんでした。そして二段目の金を取らず、代わりに藤井玉の上部を守る五段目の金取りに香を打ちます。対して藤井名人は桂を取りながら玉を三段目に逃げ、大ピンチを脱しました。

藤井「△4八龍と(金を)取られたときに、こちらの手段があるかどうかというふうに思っていたんですが。ただ、そうですね。(相手玉に)詰めろをかける手は難しいので、ちょっとこちらが足りない形なのかなというふうに、対局中の感触としては思っていました」「▲5七玉と桂を取ったあたりでがんばれる形になったのかなというふうには感じました」「一応こちらが、すぐに寄ってしまうような形ではなくなったかなと思いました」

豊島「△4四香打って▲5七玉とされたのはひどかったです。まだ少し時間もあったんで、考えないといけなかったと思います」

藤井名人、鮮やかな逆転で勝利

 126手目。豊島九段は龍を7筋に回ります。ここで形勢は藤井名人勝勢となったようです。

 127手目。藤井名人は自陣一段目の桂を、三段目に跳ねます。おそるべきことに、この手が遠く豊島玉への詰めろになっていました。残り時間がほとんどない中、この鋭手を見逃さなかった藤井名人が見事というよりありません。

藤井「▲3七桂と跳ねて、駒を活用しながら進むような形ができたので。そのあたりで、初めてよくなったのかなというふうに感じました」

 141手目。藤井名人は豊島玉に王手をかけます。取れば詰み。取らなければ受けなしへと追い込まれます。

 豊島九段は少し考えたのち、潔く投了。大熱戦の余韻を後世に伝える、美しい投了図が残されました。

藤井「一手一手、非常に難しい将棋だったかなと思うんですけど。ただ、やっぱり少し、形勢判断の甘いところが出てしまったのかなということは感じました。またしっかり集中して臨みたいと思います」

豊島「(名人戦は4年ぶりで)久しぶりだったので、一局経験できたのがよかったのかなと思います。しっかり準備してまた、がんばりたいと思います」

 名人戦七番勝負と並行しておこなわれている叡王戦五番勝負では、伊藤匠七段が第2局で勝利をあげています。名人戦第2局は、どうなるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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