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藤井聡太叡王、自身初の3三金型角換わり採用 強敵・伊藤匠七段相手に対して変化球を投げる 叡王戦第2局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月20日。石川県加賀市「アパホテル&リゾート 佳水郷」において第9期叡王戦五番勝負第1局▲伊藤匠七段(21歳)-△藤井聡太叡王(21歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 対局前日、両対局者は次のように語っていました。

藤井「第1局は少し中盤にかけてペースを握られてる展開だったので。第2局はより工夫をして戦っていく必要があるのかなというふうに思っています」「課題も見つかったかなというふうに感じていますので。それを踏まえて、よりよい内容の将棋にできるよう、せいいっぱい指していきたいと思います」

伊藤「やっぱり先手番ですので、うまく主導権を握れるような展開にできればというふうには思っています。1局目は、まずまずうまくさせた部分もあったとは思うんですけど。ただ、そうですね。終盤の読みの精度で、はっきり劣っていたかなというふうに感じましたので。そのあたりが課題かなと感じています」

 藤井叡王は今年度に入ってから、叡王戦第1局と名人戦第1局で勝ち、2勝0敗。タイトル戦では昨年9月12日に、王座戦五番勝負第2局で白星をあげて以降、7か月以上にわたって敗れていません。もし本局で勝てば、大山康晴15世名人に並び、歴代1位の17連勝達成となります。

藤井「連勝というのは多分に運の要素もありますし。あまりそういう点では意識することでもないかなと思っているので。明日もいつも通りの気持ちで臨みたいと思っています」

 並行しておこなわれている名人戦七番勝負(藤井名人-豊島将之挑戦者)戦は2日制で持ち時間9時間。60秒未満は切り捨てのストップウォッチ形式です。

 一方、叡王戦五番勝負は1日制で持ち時間4時間。すべての考慮時間がカウントされるチェスクロック方式です。

伊藤「比較的短い時間設定ですので、時間配分も意識しつつ、よい内容の将棋をお見せできるよう全力を尽くしたいと思います」

 伊藤七段は今年度、叡王戦第1局、竜王戦1組準決勝(佐藤康光九段)と0勝2敗です。しかし昨年度は対局数、勝数ともに1位。ここから巻き返しとなるでしょうか。

伊藤「比較的対局は少ない期間でしたので、わりと準備をする時間はあったので、この対局に向けて照準を合わせて、準備することができたかなと思います」

 対局当日の朝。藤井叡王はメジャーな大橋流。伊藤七段は比較的マイナーな伊藤流で駒を並べていきます。

 伊藤七段のタイトル戦登場によって、伊藤流も脚光を浴びるようになりました。いつの時代もトップクラスの棋士は、後進に大きな影響を与えます。伊藤七段の活躍を見て、駒の並べ方まで真似ようという子どもたちも増えてくるでしょう。

 本局の立会人を務めるのは谷川浩司17世名人。タイトル通算27期を誇る大棋士です。

 藤井叡王は現在タイトル通算21期。もし今後も防衛を続けていくと、今年度中に谷川17世名人の記録も抜くことになります。

 午前9時。

谷川「定刻になりました。第9期叡王戦第2局。伊藤七段の先手でお願いします」

 両対局者は「お願いします」と一礼。対局が始まりました。

 両者ともに飛車先の歩を突いたあとの5手目が大きな分岐点。伊藤七段は角筋を開きました。これは角換わり模様のオープニングです。

 このまま、すらすらとオーソドックスな角換わりに進むのかと思われた10手目。藤井叡王は3三に角を上がりました。観戦者は朝から驚いたことでしょう。過去に藤井叡王がこの作戦を用いたことはありません。

藤井「第1局の反省を踏まえつつ、一手一手しっかり考えて、面白い将棋にしていきたいなというふうに思います」

 藤井叡王は前日、そう語っていました。もうこの角上がりだけで、面白い序盤になったという感があります。

 藤井叡王(棋王)は棋王戦五番勝負第4局で伊藤七段を相手にメジャーな角換わりではなく、「豊島流村田システム」を採用しました。

 ABEMAで解説を担当している深浦康市九段は、次のように語っていました。

深浦「まず、将棋見て『ヤバい』と思いましたね(笑)。角換わりの中でも、言ってしまえばマイナーな将棋で。正直、藤井叡王がこの戦型を使うとは思ってなかったので」「推測ですけど、相手が伊藤さんじゃないと、この戦型にはしないという気がしますので。そうさせてる伊藤さんの潜在的な能力というかね。藤井さんを警戒してるんでしょうね」

 藤井叡王と伊藤七段の対戦成績は現時点までで片寄っています。しかし伊藤七段が強敵であると藤井叡王も認識しているからこそ、変化球を投げたのでしょう。

 藤井叡王(竜王)は2022年の竜王戦七番勝負第2局で、広瀬章人挑戦者に3三金型の角換わりを指されたことがあります。

 このとき、広瀬挑戦者は腰掛銀でした。本局、藤井叡王は早繰り銀に出ています。

 伊藤七段もおそらくは、藤井叡王の作戦選択には意表を突かれたものと思われます。しかしさほど時間を使うことなく、1筋の歩を突き越しました。比較的短い時間設定とはいえ、ある程度は事前準備で網羅されていなければ、こうすぐには指し進められないでしょう。

 不二家が主催する本棋戦。午前のおやつで、藤井叡王は「まるでらいでんメロンなケーキ」、伊藤七段は「ペコちゃんどら焼」を選んでいました。

 26手目。藤井叡王は7筋の歩を突っかけて仕掛けます。対して伊藤七段は飛車側の桂を跳ね、反撃の姿勢を作りました。

 藤井叡王は早繰り銀を相手の受けの銀を交換。そして中段に飛び出した飛車を横にスライドし、相手の歩を取ります。こうなってはもう、穏やかには収まりません。

 伊藤七段は攻防に利く角を藤井陣に打ちます。ここまではわるくない進行のようにも見えます。

 14時前。伊藤七段は41手目、盤上中央に銀を打ちました。これが飛車取り。対して藤井叡王は狭いところに飛車を逃げました。中盤の難しい戦いに入っています。

 本局の記録係は上野裕寿四段。昨年、新人王戦で優勝した、将棋界のホープの一人です。藤井叡王とは新人王戦記念対局(非公式戦)で対戦しましたが、まだ公式戦での対局はありません。

 藤井叡王は棋士になって7年半。いまだに公式戦で歳下に負けたことがないという記録も継続中です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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