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佐藤天彦九段、藤井聡太棋聖への挑戦権獲得まであと1勝! 佐々木大地七段、2年連続の挑戦ならず

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月17日。東京・将棋会館においてヒューリック杯第95期棋聖戦・決勝トーナメント準決勝▲佐々木大地七段(28歳)-△佐藤天彦九段(36歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は18時31分に終局。結果は82手で佐藤九段の勝ちとなりました。

 佐藤九段は22日におこなわれる挑戦者決定戦に進出。山崎隆之八段(43歳)と対戦します。

 佐藤九段と山崎八段、どちらが勝っても、初の棋聖挑戦。そして藤井聡太棋聖(21歳)とは、初のタイトル戦番勝負での対戦となります。

初手端歩、2手目端歩

 プロ同士の将棋では、序盤そうそう、奇抜な手が出るわけではありません。しかし本局は出だしから、盤上で熱いやり取りがありました。

 振り駒の結果、先手は佐々木七段。定刻10時、記録係が対局開始の合図をします。

「それでは時間になりましたので、佐々木先生の先手番でお願いします」

 両対局者は「お願いします」と一礼。佐々木七段はまず、紙コップを手にして、飲み物を飲みました。藤井棋聖が最初の手を指す前、お茶を飲むのは有名なルーティーンです。最近はその影響もあるのか、プロアマ問わず、なにか飲む人が増えたようです。

 一呼吸をおいた佐々木七段。盤上に右手を伸ばし、左端の歩を手にして突きます。

 初手端歩。もうこの一手だけで、観戦者は盛り上がれます。

 筆者のようなオールドファンは、この端歩を見て、すぐに思い出す故事があります。1996年の王位戦七番勝負第1局。七冠をあわせもつ絶対王者・羽生善治王位に対して、大胆不敵にも、この端歩を突いた五段の若き挑戦者がいました。それが佐々木七段の師匠、深浦康市現九段です。

 オーソドックスで堅実な棋風である深浦挑戦者。しかしこのときは、七冠を相手に端角中飛車という大胆な作戦に出ました。

 棋譜は観る者の心に残ります。だからこそ、いま筆者はこうしてその棋譜に触れたくなるわけです。

 残念ながら初手端歩は実らずに深浦挑戦者は敗れ、七番勝負も1勝4敗で敗退に終わりました。

 深浦現九段は11年後、再び羽生王位に挑戦。フルセットの激闘の末に、羽生王位を降して初タイトルを獲得しました。

 佐々木七段は昨年、棋聖戦と王位戦で藤井七冠(現八冠)に挑戦しました。結果はそれぞれ1勝3敗、1勝4敗での敗退。しかしそれぞれの1勝は、未来につながる勝利だったのかもしれません。

 話を元に戻して、佐々木七段の初手端歩は、過去にも何局か指されています。なんらかの奇策につなげようという意図ではありません。振り飛車党を相手に左端を突くのは、損にならないという合理的な理由があるのでしょう。

 初手端歩を前にして、顔に手をあて、しばらく考え込んでいた佐藤九段。その姿もまた既視感があります。2017年の叡王戦第1局。コンピュータ将棋プログラムPonanzaが奇抜な初手を指したときも、佐藤叡王・名人(当時)は考え込んでいました。

 本局、佐藤九段は3分ほどを使ったあと、端を突き返しました。これもまた熱い。

 筆者がすぐに思い出したのは▲山崎八段-△久保利明九段戦。山崎八段が勝てばA級昇級という大一番で見られた、左端の突き合いです。

 人間らしい意地の張り合いと見るか。それとも合理性を追求していったらこの進行になるのか。ともかくも、朝から目の覚めるような、盤上でのやり取りでした。

佐藤九段、四間飛車から「大山美濃」

 居飛車党として数々の実績を積み重ねてきた佐藤九段。近年では芸風を広げ、好んで振り飛車を指します。

 よく知られているように、佐藤九段の師匠である中田功八段は、三間飛車のスペシャリスト。そして中田八段の師匠、佐藤九段にとっては大師匠にあたる大山康晴15世名人は、将棋史を代表する振り飛車の達人でした。

 本局、佐藤九段は四間飛車に振り、美濃囲いを組みました。

 対して佐々木七段は飛車先の歩を突かず、腰掛銀から袖飛車にスイッチ。そして穴熊に組みました。これも現代最前線の進行の一つなのでしょう。

 居飛車穴熊側は、玉頭にあたる左端9筋を突いた方がいいのかどうかは、大きなテーマです。藤井棋聖はもっぱら振り飛車に対し、穴熊に組むときも、そうでないときも、ほとんどの場合、端は突いています。またコンピュータ将棋(AI)も一般的に、端歩突きを評価するようです。

 佐藤九段は飛車側の銀を玉に寄せていき、7三の地点に引きつけます。現在では一般的に「大山美濃」と呼ばれる形です。

 過去の対局でも、佐藤九段は大師匠の指し回しを意識していました。

佐藤九段、端攻めから快勝

 佐藤九段は7三に構えた銀を置いたままにせず、前に進め、9筋の端攻めに使いました。

 対して53手目。佐々木七段は、相手陣まで利きが届く好位置に出ていた角を、じっと引いて受けに利かせます。

佐々木「角引きはなかったですよね」「本譜、角引いて以降は全然ダメだなと思っていたんですけど」

 局後、佐々木七段はそう悔やんでいました。

 形勢の針は次第に、佐藤九段よしへと傾いていきます。

 苦しくなった佐々木七段。なんとか手を作ろうとしますが、佐藤九段にていねいに応じられて、手がありません。

 82手目。佐藤九段は佐々木陣に決め手となる銀を打ちます。佐々木玉は禁じ手「打ち歩詰め」の形。しかし佐藤九段には質駒があり、佐々木七段は受けきれない形です。

 佐藤九段が席を立ったあと、佐々木七段はじっと盤面を見つめていました。

「残り15分です」

 と記録係の声。やがて佐藤九段が帰ってきて、盤の前に座ったあと、佐々木七段は一礼。投了を告げました。

佐々木「負けました」

佐藤「ありがとうございました」

 両者の対戦成績はこれで、佐藤九段の4連勝となりました。

 佐藤九段は棋聖戦では3度目の挑戦者決定戦進出。初の棋聖挑戦はなるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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