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藤井聡太八冠、朝日杯2連覇まであと1勝! 準決勝で早指しの雄・糸谷哲郎八段を下す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月10日。東京都千代田区・有楽町朝日ホールにおいて第17回朝日杯将棋オープン戦準決勝の対局がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時15分に始まった対局の結果は以下の通りです。

 藤井聡太八冠○-●糸谷哲郎八段 12時2分、99手

 永瀬拓矢九段○-●西田拓也五段 13時33分、219手

 決勝は藤井八冠-永瀬九段の顔合わせとなりました。藤井八冠が勝てば2年連続5回目の優勝。永瀬九段が勝てば初優勝となります。

序盤から激しい戦いに

 ▲藤井八冠-△糸谷八段戦は相居飛車の戦いに。定跡形にとらわれない糸谷八段は、4三銀型から袖飛車で揺さぶります。対して藤井八冠は歩を突っかけて動き、早い段階で戦いが始まりました。

糸谷「雁木からの、けっこう乱戦調になって。うーん、まあ難しい対局」

藤井「序盤からかなり激しい展開になって。正直、全く判断がつかない局面ばかりだったんですけど」

 糸谷八段は飛角交換から藤井陣のスキに角を打ち込み、馬(成角)を作ります。対して藤井八冠は糸谷陣に歩を垂らし、飛車を打ち込むスキを作ろうとします。

 38手目。糸谷八段は3筋の金底に歩を打ちました。相居飛車の戦いではなかなか見られない形。常識にとらわれない糸谷八段らしい受けでした。

 藤井八冠は龍(成飛車)を作りながら香を取り、駒得を果たします。対して糸谷八段は手順に桂を中段に跳ね出す達人らしい反撃。見応えのある中盤戦となりました。

 朝日杯の持ち時間は各40分。藤井八冠は53手目でそのすべてを使い切り、あとは一手60秒未満の「一分将棋」に入ります。早指しの雄・糸谷八段はまだ17分を残していました。

難解な終盤

 糸谷八段が2枚の馬を作ったのに対して、藤井八冠は2枚目の龍を作ります。そして61手目、自陣の桂を跳ねるのが勝負手でした。

藤井「▲7七桂とぶつけてからかなり、こちらの玉がちょっと危険な状態が続いて。秒読みの中ではちょっと、どうなっているかわからなかったんですけど。ただこちらとしても、龍2枚を押さえ込まれてしまうと、はっきりわるくなってしまうので、やむを得ないところかなと思って指していました」

 66手目。糸谷八段は龍取りに銀を打ちます。

糸谷「いや、ちょっと全然わかんなくて。本当になんか『こんなわかんないの珍しいな』ぐらいにわかってなかった」

 早見え早指しの糸谷八段が局後にそうぼやくぐらい、難解な終盤でした。

 形勢ほぼ互角のままスリリングな終盤戦に入ったあと、71手目、藤井八冠は王手で端角を打ちます。これがぴったりの攻防手。藤井八冠が抜け出したようにも見えました。しかし秒読みの中、まだまだどうなるかわかりません。

 92手目、糸谷八段は飛車を打って王手をかけます。ここで糸谷八段も時間を使い切り、以下は両者ともに一分将棋となりました。

藤井八冠、圧巻の切れ味

 79手目。藤井八冠は7筋に歩を打って、飛車の横筋を遮断し、自玉の安定をはかります。

藤井「最後、▲7八歩から▲6八玉と受けに回って。少しこちらの玉が耐久力のある形にできたのかなというふうに思います」

糸谷「最後ちょっと何かあったかなと思ったんですけど。ちょっとわからなくて。いや、そうですね。ちょっと最後が本当に難しい将棋なってしまって。△8一銀打ったあたりは相当難しいと思ったんですけれども、ちょっとそのあと、よかったのかわるかったかもわかんないですけど。最後の一押しがちょっと考えつきませんでしたね」

 83手目。藤井八冠は香を取ります。局後のコメントによれば、おそるべきことに、このあたりで糸谷玉の詰みを読んでいたようです。

 88手目。糸谷八段は龍を引きます。藤井八冠が誤れば、すぐに逆転しそうにも見える最終盤。息詰まるような攻防を経て、いよいよクライマックスの局面を迎えました。

 89手目。藤井八冠は龍を入りました。角筋を通しながらの両王手。さらには龍を切り捨てて、これで糸谷玉は詰んでいました。秒読みの中で、なんともすさまじい切れ味です。

 98手目。糸谷玉は盤上中央、5五の地点に追われて出てきます。ここで6七の藤井玉と接近しました。筆者がこれまで将棋を観戦してきた上では、互いの玉が接近するような対局は、熱戦、名局が多いように思われます。本局は比較的短手数ながら、密度の濃い名局といえそうです。

 99手目。藤井八冠は攻防に打った角を成り込んで、王手をかけました。鮮やかな収束。これで糸谷玉は逃げ場がありません。

 12時2分、糸谷八段は投了。藤井八冠が決勝進出を決めました。

藤井八冠、さらに勝率上昇

 藤井八冠と糸谷八段の対戦成績は藤井八冠の8戦全勝となりました。

 藤井八冠の今年度成績は42勝6敗1持将棋となりました。

 勝率0.875は史上最高記録を上回るペースです。

永瀬九段、長手数の熱戦を制する

 ▲永瀬九段-△西田五段戦は、振り飛車党の西田五段が四間飛車を選択。対して居飛車の永瀬九段は穴熊に組みました。

 戦いが始まり、中盤では西田五段がペースをつかんだようにも見えました。しかし永瀬九段が堅く遠い玉を頼みに着実に攻めを通し、優勢を築きました。

 西田五段は粘り強く指し続けます。そして永瀬陣への入玉を果たしました。

藤井「これは長そうですね」

 先に終わった藤井八冠がそうつぶやいたところからも、延々と指し手が続いていきます。

 永瀬玉も上部へと逃げ出し、いよいよ相入玉の形に。持将棋(引き分け、指し直し)が成立するためには、西田五段は駒数が足りません。

 219手目、永瀬九段が成桂を引いた手を見て、西田五段は投了しました。

 トーナメントの頂点をきわめるのは藤井八冠か、それとも永瀬九段か。いよいよこれから決勝戦です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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