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藤井聡太NHK杯選手権者、快勝で今期NHK杯ベスト4進出! 伊藤匠七段を下し2連覇まであと2勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月4日。第73回NHK杯将棋トーナメント準々決勝▲藤井聡太NHK杯選手権者(八冠)-△伊藤匠七段戦が放映されました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 結果は93手で藤井NHK杯が勝利。ベスト4進出を決め、2年連続の優勝まであと2勝としました。準決勝では羽生善治九段-中村太地八段戦の勝者と対戦します。

現代将棋最前線

 棋王戦五番勝負第1局でも藤井-伊藤戦がおこなわれた日曜日。現実世界で対局がおこなわれるのと並行して、両対局者が「分身」し、テレビで違う将棋を指しているのが見られるのは、大変なレアケースです。

 NHK杯の対局開始前、両対局者は次のように語っていました。

藤井「ここまでは時間配分を意識しながら、決断よく指せていると感じています。伊藤七段は序盤の研究が深く、中終盤も的確な指し手が多い印象です。大変な強敵ですが、せいいっぱいがんばりたいと思います」

伊藤「藤井NHK杯には前期もNHK杯戦で対戦して、敗れていますので、今期こそはという思いです。戦型は角換わりになるかと思うんですけど、対藤井戦では中盤で差をつけられてしまう展開が多いので、そういう展開にならないようにがんばりたいと思います」

 藤井NHK杯先手で、対局開始。戦型は伊藤七段が事前に述べた通り、すらすらと角換わりに進みました。

 藤井NHK杯は右側、攻めに使う銀を「腰掛銀」(こしかけぎん)に組みます。対して34手目、伊藤七段が6筋の歩を中段に進めて「位取り」(くらいどり)の作戦を選んだのが趣向でした。日進月歩の角換わりの世界。ごく最近では、あまり指されない作戦のようです。

 藤井NHK杯はその位(くらい)を争点とし、一般的には守りに使う左の銀も中段に進めていきました。

 NHK杯は早指しです。それでも驚くような、トップレベルの両者によるよどみのない進行が続いていきます。

 本局で解説を担当する佐々木勇気八段は次のように語っていました。

佐々木「私は置いていかれていますね」「この(伊藤七段の)△6五歩位取りっていうのは、半年前ぐらいにさかんに研究されていたんです。その当時だったらよく覚えているというか、理解が深かったと思うんですけど、半年経っちゃうと『どの変化だったっけな』みたいな」

 藤井NHK杯と伊藤七段は脳内に、厖大な研究のストックを収めながら、それをすぐに引き出せる力もあるのでしょう。

 伊藤七段は的確に受け止めたあと、逆に中央に銀を2枚並べ、勢力争いで押し戻していきました。

藤井「少し攻め込まれる展開になって。こちらがどう受けるかという局面が続いたかなと思います」

 伊藤七段は自分の銀で相手の桂を食いちぎったあと、自陣の桂を跳ねていきます。おそるべきことに、伊藤七段はこのあたりまでは研究の範囲だったようです。

藤井「(68手目)△4五銀とちぎって(▲同歩に)△3三桂と跳ねられたあたりで、お互い少し手が広い感じになったかなと思ったので。そのあたりの数手は非常に難しいところかなと思っていました」

伊藤「△3三桂跳ねるぐらいまでは、ある進行かなとは思っていたんですけど。ただ、こちらがやっぱり駒が少ない展開なので。手が止まってから、こちらが手を続けていくのが難しい将棋だったですね」

 71手目。藤井NHK杯はじっと自玉の上に歩を打ちます。なんとも渋い、地味な受けの手。両対局者ともに、攻めるべきところは攻め、受けるべきところは受けて、形勢互角のまま中盤が推移していきます。

 伊藤七段は桂を中段に跳ね出し、藤井玉にプレッシャーをかけます。対して藤井NHK杯は飛車を大きく横に使い、伊藤陣の歩を取っていきます。

伊藤「(75手目)▲7四飛車と回られた局面はかなり忙しいかなと思ったんですけど。ちょっとそこでうまい順が見えなかったので」

 ここではわずかに、藤井NHK杯がペースをつかんだようです。

あまりに強い藤井NHK杯

 76手目。伊藤七段は藤井陣に角を打ち込みます。迫力のある攻めですが、藤井NHK杯はセオリー通り、岩より堅いとされる金底の歩を打って崩れません。

 伊藤七段は中段に2枚目の桂を進めていきます。どちらの玉に関しても、詰む、詰まないの複雑な手順を考えなければならない、難解きわまりない局面を迎えました。しかし藤井NHK杯はさほど時間を使うことなく、81手目、伊藤陣に銀を打ち込みます。これが正確な速度計算に従った、最善の攻め方でした。

佐々木「強すぎますね。いやあ・・・」

 藤井NHK杯は伊藤玉をあっという間に受けなしに追い込みます。そしてその過程で駒を渡しても、藤井玉は詰まない。

 92手目。伊藤七段は銀を打ち込んで、藤井玉に王手をかけます。そしてうつむきました。

 93手目。藤井NHK杯は玉を引いて逃げます。これで伊藤七段からの追及は届きません。伊藤七段はもう一度うつむいて、額に手をやりました。

読み上げ「20秒、1、2、3、4」

伊藤「負けました」

藤井「ありがとうございました」

記録「まで、93手をもちまして、藤井NHK杯選手権者の勝ちとなりました」

 一同が深く一礼をして、対局が終了しました。

佐々木「本当に強い勝ち方だったと思います」

 佐々木八段は藤井NHK杯の強さを称えました。

藤井「非常に難しい将棋だったんですけど、最後は踏み込んでいって、一手勝ちにすることができたかなと思います」

伊藤「どこがまずかったかというのは、すぐにはわからないですね。かなり激しい将棋だったんですけど、やっぱりこちらが先にちぎれてしまったので、それが残念ですね」

 密度が濃い一局は、比較的早い時間に終わりました。

佐々木「お時間がたっぷりありますので、初手から感想戦をお願いします」

 両対局者はときに笑顔を見せながら、一局を振り返っていました。

まだまだ続く藤井-伊藤戦

 両者の対戦成績は、本局までで藤井NHK杯の7連勝となりました。

 棋王戦第1局もまた、藤井先手で角換わり腰掛銀でした。そちらは後手の伊藤七段が驚くべき新構想を見せ、相入玉から持将棋(引き分け)に持ち込まれています。

 タイトル戦の持将棋は1局としてカウントされるため、両者の対戦成績にはそれぞれ「1分」が加算されます。これから先もまだまだ、両者の戦いは続いていきます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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