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史上最高勝率ペース藤井聡太王将、一気3連勝 王将戦七番勝負第3局、菅井竜也八段の向かい飛車破る

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月27日・28日。島根県大田市・国民宿舎さんべ荘において第73期ALSOK杯王将戦七番勝負第3局▲菅井竜也八段(31歳)-△藤井聡太王将(21歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 27日9時に始まった対局は28日16時41分、94手で藤井王将の勝ちとなりました。

 七番勝負はこれで藤井3連勝。防衛、3連覇まであと1勝と迫りました。

 藤井王将は防衛を果たすと、登場したタイトル戦番勝負を20回連続で制覇。大山康晴15世名人を抜き去り、史上1位の記録を達成します。

 藤井王将の今年度成績は39勝6敗(勝率0.867)です。

 藤井王将は依然、史上最高勝率を上回るペースで勝ち続けています。

菅井八段、立て直せるか?

 第2局は藤井王将の完勝ともいえる内容でした。それからあまり間を置く時間もなく、第3局のときを迎えました。

 対局が始まる前日、菅井八段は次のように語っていました。

菅井「修正する時間ですとか、そういう研究の時間っていうのは本当、少なかったんですけど。まあなんかでも、自分の中ではいい状態で今日を迎えれたかなというふうに思っていて。ちょっと前局は、まあ内容的にもそうですし、うーん、なんか、2日制の将棋の内容ではなかったので(苦笑)。まあちょっと、棋士になって一番の恥かなというふうに自分では思っていたんですけど。まあなんかでもこう、自分にとって必要な恥だったんじゃないかなというのを思っていて。それでまたちょっと、3局目に挑むにあたって、自分の中でいろんな不安とか、ちょっと集中しきれてない部分もあったんですけど、一気に吹き飛んだ感じがしました」

「棋士になって一番の恥」というのは、重い言葉です。将棋界最難関とも言われる激戦のリーグを勝ち抜いて挑戦者になった菅井八段が弱かろうはずがありません。しかし七番勝負という注目される晴れの舞台において、棋士人生であまり例のないような完敗を喫してしまう。そうしたあたり、将棋は残酷なゲームと言うよりありません。

菅井八段、向かい飛車に

 振り飛車党の菅井八段が毎局どこに飛車を振るのか。それが今シリーズは大きな注目ポイントです。第1局、第2局は三間飛車でした。

 本局、先手の菅井八段は7手目、飛車を8筋に。藤井王将の飛車と同じ筋で向き合う「向かい飛車」を選んだわけです。両者の対戦においては、初めての作戦選択となりました。

菅井「なんかちょっと、ずっと同じ戦型が続いていたので。ちょっと違うことをやってみようかなと思いました」

 居飛車の藤井王将。第1局、第2局では、藤井王将は穴熊の堅陣に組んでいます。そして穴熊が残ったまま、一度も王手をかけられることなく、完璧に近い勝利を収めています。

 本局23手目、菅井八段は角を交換して王手をかけます。本シリーズにおける「初王手」となりました。藤井王将は、同玉と取る手に時間を使い、左美濃に組みました。

藤井「序盤はあまり想定していない展開になって。角が向かい合ってる形での駒組になったので、そのあと、いろいろな展開が考えられて。一手一手、難しいところかなと思っていました」

 序盤の駆け引きの中、両対局者にとっては難しい選択が続いていきます。

菅井「(1日目夕方の)封じ手の少し前がちょっと大事なところなんですけど。結局判断がつかないまま指して、あんまりよくない選択だったと思うんですけど。(31手目)▲6六角とお互い角を合わせたあたりの指し方で、普通は先に▲5八金と上がる形なんですけど。なんか一番普通に指すのが、一番よかった気がします。(1日目で指しにくくした?)そうですね。攻めるしかなくなっているんで。しっかり受けられると負けという将棋になってますね」

 菅井八段は飛を8筋から7筋に寄せ、積極的な動きを見せます。対して藤井王将の対応が的確で、8筋にと金を作るなど、ポイントを挙げた形になりました。前局同様、1日目にして差がついたのではないか? そうした見方をする観戦者も少なからずいたようです。しかし藤井王将は形勢を楽観していませんでした。

 菅井八段が45手目を封じて指し掛け。1日目が終了しました。

大山康晴の系譜

 この日の夜、事前に収録されていた、ABEMA地域対抗戦が放映されました。

 結果は以下の通りです。

北海道・東北 2-5 中国・四国

小山怜央四段○-●藤本 渚四段

小山怜央四段●-○菅井竜也八段

広瀬章人九段●-○菅井竜也八段

戸辺 誠七段●-○菅井竜也八段

小山怜央四段○-●菅井竜也八段

小山怜央四段●-○糸谷哲郎八段

野月浩貴八段●-○糸谷哲郎八段

 チーム中国・四国の主力である菅井八段は、3勝1敗と大活躍をしていました。

 チーム中国・四国のスローガンは「力戦 個性派 大進撃 ~大山 升田のごとく~」。「大山 升田」とはもちろん、岡山県出身・大山康晴15世名人(1923-1992)と広島県出身・升田幸三元名人(1918-1991)のことです。

 王将位通算20期など数々の信じられないような記録を打ち立ててきた大山15世名人。その全盛期には19回連続でタイトル戦制覇という大記録を達成しています。

 藤井王将の活躍によって、そうした記録にも再びスポットライトが当てられることになります。

 岡山出身の菅井八段にとって、大山15世名人は同郷であり、また振り飛車を多く指したという点でも、偉大な先達です。

 菅井八段にとっては、本局対局場となった島根県はゆかりの深いところ。現地で菅井八段を応援されていたファンの方も多かったことでしょう。

藤井王将、珍しいうっかり

 2日目、菅井八段の封じ手が開かれます。大方の予想通り、飛車取りの歩打ちでした。

藤井「封じ手の直前(43手目、飛車取りに)▲8三歩と打たれたときに、本譜、△7二飛車と寄ったんですけど、そのあと▲5五歩と▲8二歩成の組み合わせがちょっと気づいていなかったので。6二の方がよかったかなということは、はい、思っていました。(48手目△8四角成は)部分的な狙い筋ではあったんですけど。(封じ手で)▲7三歩打たれている形だと、ちょっと6二飛車の配置がちょっと弱い感じが。▲8二歩成とされたときに、ちょっとそうですね、少しずつ6二飛車がねらわれてしまう形になっているので。それほど成算がある感じではないかなと思っていました」

 この日の午前に放映されたNHK杯では、藤井王将が解説役を務めていました。

 あまりに忙しいのでよく「分身」する藤井王将。来週の日曜は見かけ上、棋王戦第1局とNHK杯準々決勝で、伊藤匠七段とのダブルヘッダーが組まれています。

 藤井王将ややリードと見られていた55手目。菅井八段は自陣に角を打ちます。なんとも思いつきにくい勝負手でした。対して藤井王将は、すぐには次の手を指さず、昼食休憩に入ります。

 昼食休憩をはさんで考えること51分。藤井王将は飛車取りに歩を打ちました。

藤井「うまく指せばよくできる可能性のある局面かなと思っていて。(本譜の)△7五歩と△8六とでちょっと迷っていたんですけど。本譜はちょっと△7三桂▲8七角と、と金を払われる手をうっかりしてしまって(苦笑)。なんかだいぶ、まずい順を選んでしまったなと思っていました。読み抜けてしまって。△8六との方がよかったか。あとはそうですね、△7五歩▲6六飛車に単に△7三桂と取るか。なにか違う順をやらなくてはいけなかったと思います」

 藤井王将はせっかく作ったと金を取らせる順を選びました。いつもながらの深謀遠慮・・・かと思いきや。実はうっかりとは驚きです。史上初めて、全八冠を制覇した藤井王将も人の子。ごくまれに、そうしたこともあります。

藤井王将、圧巻の3連勝

 コンピュータ将棋ソフト(AI)が示す評価値の上では、菅井八段が盛り返した形となりました。ただし逆転までには至っていません。

 64手目。藤井王将は5筋に歩を垂らし、と金作りを見せます。

藤井「△5六歩と垂らした局面は自信がなかったんですけど」

 菅井八段は攻めの拠点になっている歩を相手陣で成り捨て、自陣に打つ辛抱を見せました。

菅井「△5六歩と垂らされたときに▲4六角と打つ手もありましたけど、ちょっと負けなので、やっぱりちょっと1日目で苦しくしたのがまずかったと思います」

 藤井王将は相手の攻め駒を盤上から消しながら、自陣に龍を引きつける手厚い指し回しで、優位を確かなものとします。

藤井「龍を自陣に引きつける、△6三龍と引きつけた形が、けっこう安定しているかなと思ったので。そのあたりは指しやすくなったかなと思いました」

 藤井王将は自陣の飛車を取らせる間に、相手の角をはずし、相手陣にと金と成桂を作ります。

 94手目。藤井王将は成桂を前に進めます。菅井八段は、攻防ともに手段が尽きた盤面を5分間見つめたあと、次の手を指さず、潔く投了しました。

藤井王将、防衛まであと1勝

 終局後、両対局者は次のように語っていました。

藤井「中盤はけっこう、お互い、難しい局面だったと思うんですけど。その中で、いくつか読みが甘いところがあったので。そこは反省点だったかなと思っています。(王将戦3連覇、出場したタイトル戦番勝負の20回連続連覇まであと1勝)七番勝負は全体で一つの勝負かなと思っているので。次もあまりそういったことは意識せずに、これまで通り臨みたいと思います」

菅井「ちょっと、スコア的にはかなり厳しいですけど、最後まであきらめずにがんばりたいと思います」

 両者の対戦成績はこれで藤井12勝、菅井4勝となりました。

 第4局は2月7日・8日、東京都立川市「オーベルジュ ときと」でおこなわれます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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