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藤井聡太王将、相穴熊で菅井竜也八段を破る 王将戦七番勝負第1局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月7日・8日。栃木県大田原市・ホテル花月において、第73期ALSOK杯王将戦七番勝負第1局▲菅井竜也八段(31歳)-△藤井聡太王将(21歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 7日9時に始まった対局は8日18時30分に終局。結果は120手で藤井王将の勝ちとなりました。

 第2局は佐賀県上峰町・大幸園でおこなわれます。

 両者の対戦成績はこれで藤井10勝、菅井4勝(千日手4局)となりました。

気合みなぎる菅井挑戦者

 藤井王将にとっては王将戦3連覇がかかるこのシリーズ。前々期の第2局ではここ大田原の地で、渡辺明王将(当時)から勝利をあげています。

羽生「昨年はこの場所で対局することができなくて、大変申し訳ありませんでした」

 前夜祭のあいさつで、日本将棋連盟会長の羽生善治九段は苦笑しながらそう述べていました。王将位12期を誇り、大田原対局でも多くの勝利をあげてきたレジェンド・羽生九段。しかし昨年の王将戦七番勝負では藤井王将が4勝2敗で羽生挑戦者をしりぞけて防衛。大田原で予定されていた第7局は指されることがありませんでした。

 今期、菅井八段にとっては、初の王将戦七番勝負登場となります。

「皆さま、笑顔でお願いいたします」

 前夜祭、花束贈呈のあとの写真撮影。司会の女性が、そう声を掛けました。藤井王将はいつものように、にこやかに笑っていました。一方、菅井八段は厳しい表情を崩しません。記者会見の場でも、菅井八段は笑っていませんでした。今シリーズにかける思いが表れていたと見るべきでしょう。

 現代のタイトル戦は、盤上での戦いは激しくとも、盤外はなごやかに進行していくことがほとんどです。一方で過去の歴史を振り返ってみれば、対局開始前に対局者のどちらか、あるいは双方が気合をみなぎらせ、対局開始前から緊張感で張り詰めていた番勝負もありました。

 1995年度の王将戦、羽生挑戦者の七冠がかかったシリーズでは、谷川浩司王将、羽生挑戦者ともに対局前日、硬い表情を崩さず、報道陣から求められた握手を拒むという場面も見られました。

 昭和の時代の王将戦では、木村義雄14世名人、升田幸三元名人、大山康晴15世名人、山田道美九段といった名棋士たちが盤外でバチバチにやりあったエピソードも残されています。菅井八段の厳しい表情から、そうした故事を思い起こしたオールドファンの方もおられたかもしれません。

菅井八段、三間飛車を選択

 対局1日目。七番勝負開幕に先立ち、振り駒がおこなわれます。「歩」が2枚、「と」が3枚出て、先手は菅井八段と決まりました。

 世の振り飛車党の期待を一身に背負って大舞台に登場した菅井八段。まず注目されたのは、どこに飛車を振るかでした。

 5手目、菅井八段は7筋に飛車を回ります。その選択は三間飛車でした。以下は双方ともに穴熊に組みます。両者が対戦した今年度叡王戦五番勝負でも多く現れた戦型で、大方の予想通りだったかもしれません。

藤井「序盤は途中まで叡王戦の将棋とも近い形だったんですけど。今回は少し穴熊に組む前に、△3二金と△4三金を先に組む形にして。それがどう違いが出てくるか。難しいかなと思っていました」

菅井「すごい難しい序盤戦かなと思ってました」

 叡王戦第4局では千日手局が2回現れました。戦型はいずれも相穴熊です。本局も互いに打開が難しく、千日手となる可能性は十分に考えられました。

藤井「(40手目)△2四角と△8四飛車の組み合わせがあんまりよくなかったかなと思っていました。ちょっと△7四飛車に▲6七銀と引かれて、思っていたよりも手が難しい形になってしまったので。△8四飛車に変えて△7四歩と突くような形にした方がよかったかなということは少し思っていました」

 1日目18時過ぎ。1時間23分考えた菅井八段が53手目を封じ、指し掛けとなりました。元王位の菅井八段にとっては、2018年度の王位戦七番勝負第7局以来、久々の封じ手。手順としては藤井王将に封筒を渡して赤ペンで封印のサインを求めるところ、その前に立会人・塚田泰明九段に渡そうとするシーンも見られました。

藤井王将、正確無比の指し回しで制勝

 明けて2日目朝、封じ手が開封されます。選択肢がいくつも考えられる中、菅井八段が選んでいたのは、じっと飛車を浮く手でした。

菅井「すごい手が広いんで。▲4七飛車とか▲5六銀とか、ほかにも手はあったと思うんですけど。そうですね。ちょっとすごく難しい局面だったです」

 対して後手番の藤井王将は31分考えて打開の道を選び、歩を突き捨てて仕掛けていきました。

藤井「▲4七飛車に対して仕掛けていったんですけど。ちょっとそのあと10手ぐらい進むと、少し模様がわるい気がしたので。そのあたりの手順が、もう少し工夫が必要だったかなと思います。(63手目)▲5五歩と突かれたあたりから、少しこちらが、なかなかうまく動いていくのが難しい形にはなってしまったかな、というふうには考えていました。(73手目)▲7六飛車と回られたあたりは、こちらにとって負担になってしまって。苦しくしてしまったかなと思っていました」

 現代のタイトル戦では互いに中盤の奥深いところまで研究し、1日目の早い段階で一気に終盤に進む場合もあります。しかし本局では2日目午後遅くになっても、まだ中盤戦たけなわでした。

 79手目。菅井八段はじっと銀を引き、穴熊にくっつけます。本筋と思われる一手にも見えました。しかし菅井八段は局後、この手を悔やんでいました。対して藤井王将がじっと歩を垂らした手が好手です。

菅井「ちょっと▲4八銀と引いたのがよくなかったように思います。本譜、△8七歩の瞬間にと思ったんですけど。やっぱりこっちが桂馬とか香車に弱い形なので。ちょっと厳しいかなと思いました」

藤井「△8七歩も少し、飛車の利きの影になってしまうので、あまり成算はなかったんですけど。局面を収めにいくのもちょっと大変なのかなという気がしたので、動いていく変化を選びました。攻め合いのときに、少しこちらの玉の方が、どうしても4筋に歩が立ってしまう分、ちょっと薄い形なので、自信がない形が続いてるかなと思っていたんですけど」

 藤井王将は形勢にそれほど自信を持てなかったようです。それでも指し手は正確無比。と金を作って、少しリードを奪いました。

 菅井八段はほぼ飛車損の代償に、いち早く藤井穴熊に迫ろうとします。

菅井「実戦的にというつもりでしたけど」

 103手目まで進んだ段階で、持ち時間8時間のうち、残りは菅井1時間6分、藤井5分。この時間差まで含めて、実戦的にはまだまだ大変なのではないかとも見られていました。

 しかし104手目。藤井王将が時間を使わずに打った攻防の角が、素晴らしい好手でした。

菅井「最後ちょっと△6四角という手がいい手で。その局面はちょっとまずいというか、ぴったりでしたね」

 108手目。藤井王将は菅井陣に飛車を打ち込みます。これもまた攻防の好手でした。

藤井「△5九飛車と打ったあたりは(自陣の)と金を払う筋を見せて、がんばれそうな形になったかなと思っていました」

 120手目、藤井王将は菅井陣に金を打ち込みます。これで受けが難しく、また藤井陣に早く迫る手段も残されていません。

 菅井八段は6分を使ったあと、次の手を指さずに潔く投了を告げました。両対局者ともに深く一礼。第1局は幕を閉じました。

藤井「本局、ちょっと序盤の構想に課題が残ったかなと思うので。そのあたりを第2局に向けて修正していけたらと思います」

菅井「(反省点は)やっぱりちょっと、中終盤の読みの精度ですかね。(第2局以降に向けては)集中してがんばりたいと思います」

 八冠堅持に向けてまず一歩を踏み出した藤井王将。トップクラスの並み居る強敵を相手にしながら、今年度成績も驚異の34勝6敗(勝率0.850)です。

 藤井八冠や藤本渚四段が中原誠現16世名人の持つ年間最高勝率記録0.855を更新できるかも、今年度終盤の大きな注目ポイントです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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