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総手数209手! 永瀬拓矢九段、深夜の死闘を制して渡辺明九段に勝ち、名人挑戦権争いに踏みとどまる

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月19日。東京・将棋会館において第82期A級順位戦6回戦▲永瀬拓矢九段-△渡辺明九段戦がおこなわれました。

 朝10時に始まった対局は深夜1時36分に終局。結果は209手で永瀬九段の勝ちとなりました。

 永瀬九段は4勝2敗で名人挑戦権争いに踏みとどまりました。一方、前名人の渡辺九段は3勝3敗。藤井聡太名人(八冠)へのリターンマッチの可能性は厳しくなりました。

これぞA級順位戦

 少し前までの将棋界は、タイトルを持つ渡辺明、豊島将之、永瀬拓矢、藤井聡太の4人が「四強」と言われていました。しかし藤井名人がすべてのタイトルを保持するに至り、現在では「藤井一強」時代へと入っています。

 藤井八冠の一角を崩すのは誰か。もしそう問われるならば当然、渡辺九段、永瀬九段はまず名前が上がる、有力候補でしょう。

 藤井名人への挑戦権を争う今期A級は豊島九段が6勝0敗でトップ。続いて菅井竜也八段が5勝1敗で追う展開です。

 本局は2敗同士の、挑戦権争い生き残りをかけた戦いとなりました。

 永瀬九段先手で、角換わりになりそうな立ち上がり。そこで後手の渡辺九段は角筋を開かず、村田システム風の序盤作戦を採用します。

 進んで角交換のあと、渡辺九段は右玉に組みます。対して永瀬九段が渡辺陣左右の桂頭をねらって機敏に動きました。

 右玉においては、飛車はおおむね一段目の「下段飛車」が定位置です。しかし64手目。渡辺九段はあえて飛車を二段目に置きました。いかにもひねった手。対して永瀬九段は渡辺玉の上部から押さえ込む形を得て、わずかにリードを奪ったようです。

 終盤では永瀬九段が勝勢に立ちます。終局近しか。そう思われたところから渡辺九段は屈せず、戦いは続いていきます。そして順位戦らしい、深夜のドラマが起こりました。

 永瀬玉は下から追われながら、上部へと逃げ出し、ついには渡辺陣へ入玉を果たします。143手目。永瀬九段は王手に玉を8筋に逃げるか、6筋に逃げるのかの二択を迫られました。渡辺九段は6時間の持ち時間を使い切って一分将棋。対して永瀬九段は6分を残していました。

 永瀬九段は3分を使って6筋に逃げます。途端にコンピュータ将棋が示す評価値は急変。渡辺九段が要所のと金を抜いて、形勢まったく不明となりました。

 永瀬玉は渡辺陣のもっとも奥、一段目にまで達して、つかまる可能性はほとんどなくなります。しかし渡辺九段も入玉して「相入玉」になると、持将棋引き分けか、あるいは規定の駒数が足りず、負けになる可能性もあります。

 永瀬九段は一分将棋の間、正座を通していました。それで膝が痛くなったようです。

永瀬「ずっと長時間正座は体にこたえるので、たぶんあぐらが正解だったのかなと思っています。膝以外は全部元気なので、膝を工夫して、壊さないようにしないといけないなと思います」

 深夜の死闘が延々と続く中、永瀬九段は踏みとどまりました。

永瀬「最後の詰みがきれいな筋なので、詰み筋に入っていれば勝ちなのかなと思いました」

 永瀬九段は詰将棋のようなうまい手順で渡辺玉を詰ましていきます。209手目、タダ捨ての金打ちの王手を見て、渡辺九段は投了。深夜1時36分、ついに大熱戦に終止符が打たれました。

 終局後は十数分、口頭で感想戦がおこなわれました。

渡辺「すみません、ちょっと3時から見たいテレビがあるんで、終わりにしていいですか。まあ、いろいろあったということで」

 渡辺九段が苦笑しながらそう告げて、感想戦はお開きとなりました。

 4勝2敗という成績について尋ねられると、永瀬九段は次のように答えました。

永瀬「まだ残留は決まってないですよね、たぶん。決まるまで、せいいっぱいがんばりたいと思います」

 しかし現時点ですでに、永瀬九段の残留は決まっていました。あとは名人挑戦を目指しての戦いとなります。

 渡辺九段と永瀬九段の対戦成績は、渡辺20勝、永瀬10勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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