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佐藤天彦九段(34)棋王挑戦まであと1勝!「将棋の日」決戦で羽生善治九段(52)に勝ち挑決進出!

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 11月17日。東京・将棋会館において第48期棋王戦コナミグループ杯・本戦トーナメント勝者組決勝▲羽生善治九段(52歳)-△佐藤天彦九段(34歳)戦がおこなわれました。 

 10時に始まった対局は20時32分に終局。結果は148手で佐藤九段の勝ちとなりました。

 佐藤九段はこれで挑戦者決定二番勝負に進出。勝者組から勝ち上がったアドバンテージがあり、2局のうち1局でも勝てば、渡辺明棋王への挑戦権を獲得できます。

 羽生九段は敗者復活戦に回り、藤井聡太竜王-伊藤匠五段戦の勝者と挑決進出をかけて戦います。敗者復活組は挑決において、2連勝が必要となります。

佐藤九段、大一番で横歩取り3三桂型を採用

 振り駒の結果、先手は羽生九段。後手の佐藤九段は横歩取りに誘導します。

 後手番で横歩を取らせるのは佐藤九段の得意戦法。2016年、羽生名人-佐藤挑戦者の名人戦七番勝負でも、横歩取りを採用しています。

 横歩を取った先手が有利なのか。それとも手得をする後手が有利なのか。以上は将棋界における長年のテーマです。現代では木村義雄14世名人(1905?-1986)が「横歩取り先手よし」の定説を確立しました。

 しかし後手側からも新しい工夫が見られ、現在でも定跡のアップデートは続いています。羽生九段もまた最近、後手をもって横歩を取らせる側でもあります。

「横歩も取れないような男に負けては、ご先祖さまに申し訳ない」

 1990年、南芳一王将(現九段)に挑戦した米長邦雄九段(のちに永世棋聖、1943-2012)はそんな発言をしていました。

 横歩を取るのも取らないのも自由です。相手が研究してきているところに飛び込んでいくのは、損という考え方もあります。しかし15手目、羽生九段はきっぱりと横歩を取りました。

 16手目は後手にとって大きな分岐点です。3三の地点に角を上がるのが現代ではメジャーな指し方で、内藤國雄九段の名にちなんで「内藤流」とも呼ばれます。ただしその歴史は古く、江戸時代最強の名人とも言われる大橋宗英(1756-1809)の定跡書にも著されています。

 宗英名人は旧暦11月17日、御城将棋の日に亡くなりました。現代では11月17日は「将棋の日」と定められています。また木村14世名人も11月17日が忌日です。

 佐藤九段は本局、3三に桂を跳ねました。以前から指されていた作戦ではありますが、どちらかといえばマイナーな指し方です。佐藤九段自身は公式戦で一度も指したことがない作戦を、この大一番でぶつけてきました。

羽生九段、見せ場を作るも届かず

 序盤では両者とも中段に飛車を置いて、息の長い駆け引きが続けられました。形勢は互角。後手番の佐藤九段にとっては、まずまずの進行だったのかもしれません。

 65手目。羽生九段は踏み込んで攻めに出ました。駒割は飛と金桂の交換となって、羽生九段の駒得。しかし飛を渡すだけに当然反動はあります。どちらがいいのか難しそうなところでしたが、局後、羽生九段はこの判断を反省していました。

羽生「いやでもやっぱり、飛車を捨てていったのが、あんまりよくなかったような気がします。ちょっとあのへんから少しずつ模様がわるくなってしまった気がするんで。そうですね、ちょっとやりすぎてしまったような」

佐藤「こちらもやっぱり金がくっついていない美濃囲いなので。薄いので。相当ちょっと判断が難しかったという印象なんですけど」

 73手目。羽生九段は忙しい局面で、じっと取られそうな香を逃げます。いかにも羽生九段らしい玄妙な一手で、難解な終盤戦に入りました。

 81手目。羽生九段は成桂を寄せて、佐藤玉に迫っていきます。局後の感想戦では、この手に変えて、飛車取りに金を打つ手も検討されました。

羽生「これ(▲8六)金とかでしたか」

佐藤「ああ、いま打つんですか。ほお・・・。いやあ・・・。なるほど・・・。ああ・・・。へえ・・・」

羽生「いや本譜、(角取りに)△6五桂打たれたときに思わしい手がなかったんで。ここで催促して」

佐藤「うーん、そうか・・・」

羽生「いやいやいやいや・・・。そうか・・・。これをやる一手だったような気がするなあ・・・」

 どちらがいいのかは難しそうなところですが、もし金を打っていたら、いかにも羽生九段が好みそうな、複雑な進行になっていたのかもしれません。

佐藤「▲8六金のあたりもごちゃごちゃしてますし、本譜もわからなくて。いや、すごい混沌としていたのかな、という感じです」

 本譜、羽生九段は飛車で金を取らせる順を選びました。以後も観戦者にとっては手に汗を握るような熱い終盤戦が続いていきます。

 124手目。佐藤九段はじっと自陣に歩を打ちました。自玉に迫る成桂のはたらきをわるくさせようという、渋い受け。対して羽生九段はじっと、佐藤玉から遠ざかるように、成桂を逃げます。これもまた、なかなか指せない手です。

 佐藤九段は大駒3枚の威力で羽生玉に迫っていきます。最後はきれいに羽生玉を詰ませて終局。大きな一番を制しました。

 羽生九段にとっては残念な結果となりましたが、随所に羽生九段らしい指し手が見られた熱戦でした。感想戦では羽生九段から「ひょえー」という声が何度も聞かれました。

 挑戦者決定二番勝負に進んだ佐藤九段は有利な立場で、対戦相手の登場を待ちます。

 伊藤五段の新型コロナウイルス感染により延期されていた敗者復活戦は11月29日におこなわれることが発表されました。その勝者と羽生九段は対戦します。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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