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やはり過酷な五番勝負 女性初の棋士を目指す里見香奈女流五冠(30)好局を逆転で失い、編入試験2連敗

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月22日10時。東京・将棋会館において棋士編入試験五番勝負第2局▲里見香奈女流五冠(30歳)-△岡部怜央四段(23歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は17時48分に終局。結果は132手で岡部四段の勝ちとなりました。里見女流五冠はこれで試験2連敗。あとがなくなりました。

解説者も全力で応援

 第1局と先後は入れ替わり、本局は里見女流五冠の先手。戦型は小学生の頃から指し続けている、十八番の中飛車でした。そして5筋の歩を中央に進め、位を取ります。

 ABEMAで解説を担当していたのは菅井竜也八段でした。2003年3月におこなわれた小学生名人戦では、菅井八段は岡山県、里見女流五冠は島根県代表でした。

菅井「初めて会ったのが(旧学年で)小学4年生ですね。自分が4年生で、里見さんが5年生ぐらいのときで。小学生の全国大会で初めて会ったというか、初めて見たという感じでした。そのとき里見さんもう有名で。女の子ですごい強いみたいな。そのときも中飛車でこの5五歩位取り中飛車を得意にされてた印象ですね」

 菅井八段によれば、里見女流五冠は努力の人。この戦型を指し続けることによって経験を積み重ね、スペシャリストとして恐れられる存在となりました。

 岡部四段は攻めの銀を手早く繰り出す作戦。対して里見女流五冠も中段に銀を進めて対抗します。このあたりまでは想定内だったか。

里見「先後も決まってるので、それなりに対策を練ってという感じではありました」

 菅井八段もまたこの戦型のオーソリティー。解説にも熱が入ります。40手目、里見女流五冠が左の桂を跳ねたとき、菅井八段も歓声をあげました。

菅井「おっ、跳ねた! これ跳ねてほしかったんですよ」

 観戦者もまた菅井八段の熱い反応を見て、笑みがこぼれた場面でしょう。

菅井「なんか、応援しているみたいですけど・・・。間違いなく応援しているから。里見さんの応援ですからね」

「解説者は中立であるべき」というのは原則です。しかし本局のような場合、菅井八段が堂々と里見女流五冠を応援して、どこからも文句は出ないでしょう。

 45手目、里見女流五冠が角を上がり、岡部四段の手番で昼食休憩に入りました。

里見優勢に

 12時40分、対局再開。岡部四段は穴熊に組み替えます。対して里見女流五冠は角のを上下させ、戦機を待ちました。

 60手目。岡部四段は5筋の歩を突っかけて動いていきます。

岡部「少し先手が苦労しているのかと思って仕掛けていったんですけど。いやでも、そこまでやっていく局面ではなかったかもしれないですね」

 岡部四段は穴熊らしく、積極的に動いていきます。そして84手目。岡部四段は取れる銀を取らず、里見陣に金を打ち込んで攻めていきます。

菅井「へえ! そんな手あるんだ!? そんな手あるんだ!? すごい手だけどな・・・」

 菅井八段は驚きます。一目は無理筋。それは岡部四段も承知の上での勝負手だったようです。

岡部「(84手目)△5七金の局面はちょっと自信ないかなと思っていたので。ちょっと手前もよくなかったかな、という感じですか」

 里見女流五冠はうまく対応します。里見陣の美濃囲いはいつしか分厚さを増し、金1枚、銀4枚が中空にまで手をつなぐ形。振り飛車の名手で受けの達人だった、大山康晴15世名人を思わせるような陣形となりました。

一瞬の逆転劇

 92手目。岡部四段は角を打ち込んで攻めます。持ち時間3時間のうち、残りは里見12分、岡部10分でした。ここでははっきり優位に立っていた里見女流五冠。2分を使って金を打ちます。この瞬間、里見陣は金2枚、銀4枚。見たことのない分厚い陣形となりました。

 残念なことに、この金打ちを境に形勢は入れ替わりました。代わりに歩を打ち、角筋を遮断する順が優ったようです。

 チャンスを見逃さなかった岡部四段。角を切って銀と刺し違え、急所に桂を打って攻め続けます。

岡部「自分から局面を動かしにいったんですけど、少しちょっと無理気味だったかなと思ったんですが。そうですね、ちょっと苦しさは感じてたんですけど。△3六角成から△2四桂と打って、けっこう難しくなってるかなと思いました」

 岡部四段の攻めは切れず、穴熊に収まっている玉が遠い。形勢ははっきりと逆転しました。岡部四段はゆるまずに龍(成り飛車)を切り、寄せに入りました。桂打ちの王手に対して、里見玉はよろけるように逃げます。

菅井「ちょっとこれはダメだなあ」

 多くのファンの声も代弁するかのように、菅井八段はそう嘆きました。

菅井「なんかなあ・・・。いやもう、あんな攻めないと思ったけどな。むちゃくちゃだけどなあ、居飛車の人。これ。むちゃくちゃな将棋だけどなあ」

 そうぼやきたくなる気持ちも、痛いほどよくわかります。

「山形の星」の名の通り、勝ちになってからの岡部四段は強かった。あとは逆転をゆるさず、着実に寄せの網をしぼっていきます。

 132手目。岡部四段は角を成り、里見玉を左右はさみうちの形にします。これで受けなし。

記録「40秒・・・。50秒・・・。1、2、3」

里見「負けました」

 秒読みの声にうながされるようにして、里見女流五冠は投了。岡部四段が深く一礼を返して、終局となりました。

里見「大事なところで間違えてしまったので、仕方ないかなと思います。(大事なところというのは)△5七金打と打たれたあとぐらいからです。(第3局は)自分の力を出し切れるようにがんばりたいと思います」

 里見女流五冠はそう語りました。

やはり過酷な試験

 終局直後の里見女流五冠は、打ちひしがれているようにも見えました。

菅井「やっぱり試験、過酷だなあ、と思いましたね。ちょっとこう・・・。最後に言うことじゃないんですけど。『6割5分勝ってるから、もう棋士にしてあげたら?』とか思いますけどね。だって6割5分勝って、この試験でまた3勝って、ちょっと・・・。それでフリークラスじゃ割に合わないからなあ。ちょっと酷ですよね、試験がね」

 これもまた、多くのファンの声を代弁するものでしょう。

 女流棋界の第一人者としてハードスケジュールの中、さらにこの過酷な五番勝負を戦う里見女流五冠。ここから大逆転劇を見せることはできるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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