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豊島将之叡王(31)相掛かりの秘策的中でリード? 藤井聡太挑戦者(19)時間を使う進行 叡王戦第4局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月22日9時。 愛知県名古屋市・名古屋東急ホテルにおいて第6期叡王戦五番勝負第4局▲豊島将之叡王(31歳)-△藤井聡太二冠(19歳)戦が始まりました。

 豊島叡王は愛知県一宮市、藤井挑戦者は瀬戸市の出身。名古屋での対局は両者にとってはホームと言えます。

 今期王位戦第1局は名古屋能楽堂。叡王戦第3局は名古屋市内の老舗料亭・か茂免(かもめ)。そして本局、叡王戦第4局は名古屋東急ホテルです。

 前日の検分では2組の書体の駒が調べられました。書体はそれぞれ「錦旗」(きんき)と「菱湖」(りょうこ)。どちらともに申し分のない立派な駒です。両対局者ともにどちらでもよいという意見でしたが、豊島叡王が選んで菱湖書の駒と決まりました。

 対局開始前の朝。まず豊島叡王が8時45分頃、対局室に姿を見せました。豊島叡王は前日のインタビューで次のように語っています。

豊島叡王「けっこう成績的に押されていますし、内容も特に叡王戦は苦しい将棋が続いているのかなという感じで。王位戦の方は、有利な局面が作れたりとかもあるんですけど、そのあと中終盤でなかなかうまく指せないという印象です。(叡王戦第4局は)普段どおり。持ち時間がチェスクロックで4時間ということで、そんなに長くはないので、ある程度決断を早くしていきながら指していけたらと思います。1勝2敗という苦しい成績にはなってますけど、最終局に望みをつなげるように、なんとかがんばっていきたいと思います。なかなかうまくいかない対局が続いてますけれども、全力を尽くしてがんばっていけたらと思います」

 豊島叡王に続いて藤井挑戦者も入室。下座に着きました。

 両者の過去の対戦では、藤井6連敗。現在は次第に差が詰まって、藤井6勝8敗となっています。

 藤井挑戦者は前日、次のように語っています。

藤井挑戦者「ここまで豊島竜王・叡王と王位戦と叡王戦で戦ってきて。その中で豊島竜王の強さだったり、自分の将棋の課題というのが見つかることが多かったという印象があります。特に7月、8月はかなり対局が多いので、対局の合間にしっかり休んでいい状態で対局日を迎えられるようにというのは意識しています。叡王戦ここまで2勝1敗で、あと1勝で獲得という状況になっていますけど、自分としてはそのことは意識せずに平常心で臨みたいというふうに思っています。その上で全力を尽くして、いい将棋がお見せできればというふうに思います」

 対局開始前、両対局者は駒を並べます。豊島叡王は「王将」、藤井挑戦者は「玉将」を取って盤上一段目、中央の位置に据えます。「ヒゲ菱湖」とも言われるように、書体が菱湖の玉将の駒は、「玉」の字の下の線、左側が少しはねているの点にも特徴があります。

 両者ともに大橋流で駒を並べ終えたあと、静かに対局開始のときを待ちます。藤井挑戦者はペットボトルから冷たい緑茶をグラスに注ぎました。

 本局の立会人を務めるのは中村修九段(58歳)です。

 9時。

「それでは定刻となりましたので、豊島叡王の先手番でお願いします」

 中村九段が声をかけて、両対局者は「お願いします」と一礼。持ち時間4時間の対局が始まりました。

 先手の豊島叡王は初手、飛車先の歩を突きました。

 後手の藤井挑戦者はまず、グラスに注いでいたお茶を飲みます。そしてこちらも飛車の前の歩を1つ前に進めました。

 60秒未満切り捨ての「ストップウォッチ形式」のタイトル戦であれば、先手はここで報道陣の退出を待って、3手目を指すのが通例です。

 豊島挑戦者はすぐに飛車先の歩をもう一つ伸ばしました。消費時間は6秒。叡王戦はすべての時間をカウントされる「チェスクロック方式」ですので、少しでも時間は節約していきたいという姿勢が表れています。

 関係者が退出していく中、豊島叡王は5手目、角の横に金を上がりました。本局は相掛かりの作戦で臨む方針を明らかにしました。

 豊島叡王はこれまでほとんど、先手では角換わりを選んできました。しかし先日の王位戦では相掛かりを採用しています。結果は藤井勝ちでした。しかし途中まで、藤井王位は苦しさを感じていたようです。

 9手目。豊島挑戦者は中央5筋に玉を1つ上にあがります。中住居の構え。構造上それほど堅くはなりませんが、バランスには優れています。

 豊島叡王は除菌シートでていねいに手を拭いた後、ペットボトルの蓋も拭きました。

 藤井挑戦者は端9筋の歩を突いたあと、マスクをつけかえました。コロナ禍が続く中での対局風景です。

 進んで本局は王位戦第4局の進行とは変わりました。大駒の飛と角を小刻みに動かす繊細な駆け引きの末、角交換から両者似たような陣形に組んでいます。

 38手目、藤井挑戦者は5分58秒を使って端9筋に桂を跳ねます。対して豊島挑戦者はわずか1分21秒で8筋の歩を突きました。

 ここまでの消費時間の通計は豊島18分。藤井1時間21分。豊島挑戦者は1時間以上のリードをしています。両者ともに事前にどのあたりまで想定しての進行なのでしょうか。

 40手目。藤井挑戦者は3分29秒で歩を合わせ、動いていきます。常識的には同歩と応じるよりなさそうなところですが・・・。ABEMAで解説を担当している中村太地七段がコンピュータ将棋ソフトが示す金引きの候補手を見て声をあげました。

中村七段「ひえー、そしてすごい手を示してるな。これ見えないね。いまAIが示してますけど。これしかないんだ。この一手なんですね。いや、これは感心しますね」

 3分20秒。ごく短い考慮時間で、豊島叡王は7筋の金を引きました。

中村七段「いややっぱり! 早いんで想定通りなんですよ、これは。すごいね」

 豊島陣の左側はあまり見慣れない形。プロの公式戦ではまず見られない「アヒル」という陣形がありますが、そのアヒルの左足の形が現れました。ソフトが示す評価値は、少し豊島よし。早くも豊島叡王の深い研究が示された場面なのでしょうか。

 藤井挑戦者は24分52秒を使って、歩を取ります。対して7秒で飛車取りに歩を打つ豊島叡王。ここでまた藤井二冠の手が止まり、時間差はさらに広がっていきます。

 叡王戦五番勝負は昼食休憩をはさみ、通例では夕方から夜にかけての終局となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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