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天才・藤井聡太棋聖(18)筋違い角を打ち合う大熱戦を制し、棋聖位初防衛まであと1勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月18日。兵庫県洲本市・ホテルニューアワジにおいて第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局▲藤井聡太棋聖(18歳)-△渡辺明名人(37歳)戦がおこなわれました。

 9時に始まった対局は20時3分に終局。結果は171手で藤井棋聖の勝ちとなりました。

 藤井棋聖はこれで五番勝負2連勝。あと1勝で棋聖位初防衛となります。

 第3局は7月3日、沼津御用邸東附属邸第一学問所でおこなわれます。

 7月19日に19歳の誕生日を迎える藤井棋聖。今期棋聖戦第4局(7月18日)までにもう1勝をあげれば、18歳のうちに防衛達成。屋敷伸之現九段(19歳0か月7日)を抜いて史上最年少防衛記録も更新します。

 また今期防衛を果たせば棋聖2期、王位1期でタイトル通算3期となり昇段規定をクリア。渡辺明現名人の記録(21歳7か月)を抜いて史上最年少での九段昇段となります。

 藤井棋聖の今年度成績は8勝2敗となりました。

 年度勝率は8割に復帰しました。

お互いに筋違い角を打ち「互角」

 藤井棋聖先手で、戦型は相掛かりとなりました。

藤井「相掛かりにはしてみようかな、というふうに思っていました」

渡辺「(戦型予想は)予想というかまあ・・・。戦型は決めてもらってというか」

 序盤の早い段階で、類例からははずれた展開となりました。

藤井「相掛かり自体は予定だったんですけど、そのあとは変化が多いので、ちょっとどういう展開になるのかわかってなかったです。(24手目)△4四角と出られたあたりから経験がない形になって、一手一手難しかったな、という気がします」

 角交換のあと36手目、藤井棋聖は5筋四段目に角を据えます。元の角の筋とは違うラインにはたらく、この「筋違い角」がどう活躍するかが、本局の大きなポイントとなりました。

藤井「こちらが▲5六角と打ってからあまり類例のない形になったんですけど、その中でちょっとバランスを取るというのが難しくて。そこは課題だったかな、というふうに思います」

 藤井棋聖の角は相手陣3筋の歩を取る戦果をあげます。ただし駒得がすぐにはよしとならないのが将棋の面白いところで、形勢はイーブンです。

 39手目、藤井二冠は筋違い角を打った場所に引き戻しました。

渡辺「休憩に入れてください」

 定刻より5分早い11時55分。選択肢の多い難しい局面で昼食休憩に入りました。

 藤井棋聖の選択は握り寿司。海近くの美味しいところで、棋理にかなった自然な選択と思われます。ちなみに藤井棋聖、前局はあさりカレーでした。

 一方、渡辺挑戦者の「淡路島ぬーどる」は新手。旅に出る際には、事前にリサーチばっちり、用意周到な渡辺挑戦者のこと。もしかしたら事前に研究しての採用だったかもしれません。

 13時、対局再開。40手目、渡辺名人は棒銀に出た攻めの銀を引きます。いかにも上級者らしい繰り替えで、陣形を立て直しました。

 43手目。藤井棋聖の角は7筋で歩を取りました。これで2歩得です。そして形勢にはまだ差がつきません。

 44手目。今度は渡辺挑戦者が筋違い角を打ちます。互いに筋違い角を打ち合い、形勢は「互角」です。

 ところで「互角」の角とはもともと、牛の角のことだそうです。

ご‐かく【互角・牛角】(牛の角が左右互いに長短・大小のない意から)互いに力量に優劣のないこと。平家物語[2]「仏法王法―なり」。「―に渡り合う」(広辞苑第7版)

 言葉の由来としては、将棋の角とは関係がありません。とはいえ、将棋では角のはたらきで優劣がなければ、形勢は互角という場面もあるでしょう。本局においては両者の筋違い角が、盤上の主役となりました。

 渡辺玉は金金銀の3枚で組み上げられた「金矢倉」に収まります。対して藤井玉は「居玉」のまま。気づいてみると、いつの間にか玉形でリードしているというパターンは、渡辺挑戦者の将棋でよく観測されます。

 形勢互角といえども、じっとしていては2歩損が響いてくる渡辺挑戦者は攻めていきます。

渡辺「まあいかないとしょうがいないですけど、ちょっと無理だろうとは思ったんです」「どの変化もちょっとわるいんでしょうけど」

 両者ともにさほど自信がないという進行。つまりは難しい形勢のようです。

再度の筋違い角打ち合い

 両者の筋違い角は一度交換になり、盤上から消えます。そして58手目。今度は先に渡辺名人が筋違い角を据えました。端9筋から居玉の藤井玉上部までにらみ、いかにも感触のよさそうな好打です。

藤井「中盤で△9四角と打たれる手を軽視していて、ちょっとそこからは苦しい展開が続いていると思っていたんですけど」

渡辺「難しいというか、一局なんでしょうけどね。互角ぐらいはキープできてるのかな、という感じでやってました」

 対して藤井棋聖は盤上中央5筋、また同じ位置に筋違い角を据えます。こちらも攻防に利く好位置です。

 互いの角のはたらきがよく、バランスが保たれたまま、形勢は依然「互角」に近い。両者ともに感想戦で何度か「自信ないです」と口にしていました。

 一方、長考派の藤井棋聖は残り時間が少なくなっていきます。

 65手目。藤井棋聖は17分を使ってじっと金を寄ります。ほとんどの人が読めない、予想できないであろう自陣整備。相手の意表を突くと意味では、あるいはこのあたり、勝負師としての顔をのぞかせたのかもしれません。

 持ち時間4時間のうち、残りは藤井棋聖、わずかに7分。対して渡辺挑戦者は50分を残しています。

 藤井棋聖は金を中段に進め、相手の角を渡辺陣に押し込みます。藤井棋聖はその点ポイントをあげていますが、代償として陣形はバラバラ。整然と金銀3枚の矢倉に収まる渡辺玉とは対称的に、藤井玉は居玉で、いかにも勝ちづらい形です。

渡辺「けっこう大変にはなったかな、という・・・」

藤井「そうですね、自信ない気が・・・」

 78手目。渡辺挑戦者は守りの金を攻めに使うべく上がります。

渡辺「うーん、まあでも金ぐらいかなあ」

藤井「ええ、でも金出られて」

 符号は△5四金。奇しくも昨年の第2局、藤井七段(当時)が指した△5四金は鮮烈な印象を残しました。

 本局、渡辺挑戦者が△5四金と出た時点で、残り時間は藤井5分、渡辺38分。長考派の藤井棋聖は比較的早い段階で持ち時間が少なくなります。しかし残り数分という段階になると、逆になかなか減らさないように心がけています。本局もまた、そうなりました。

強者は巧みに歩を使う

 そろそろ中盤から終盤に入ろうかというところ。盤上全体において、両者による歩を使った華々しい攻防が繰り広げられます。当然のことではありますが、強者は歩の使い方が実にうまい。互いに巧みに歩を使い合って、互いの陣地を乱し合う終盤戦に入りました。

 84手目。渡辺挑戦者は押し上げた金を支えに天王山、5五の地点に銀を打ち、中央を制圧します。「駒は中央に」という言葉通り、本筋と思われる迫り方。5筋の向こう側、底には動かぬままの藤井玉がいます。

 藤井棋聖はじっと角を逃げ、形勢を互角に保ちます。ABEMAの中継ではコンピュータ将棋の評価値を換算して「勝率」と呼ばれる数字が示されています。それが依然「50%-50%」。渡辺挑戦者も次第に時間を削られ、白熱の終盤に入りました。

 86手目。渡辺挑戦者はじっと6筋の自陣の歩を突き上げます。いかにも本筋を思わせる、格調高い一手。しかしこの場合は手順前後で、あとから突く方がよかったようです。実戦の進行では渡辺陣の角が使えず、逆に攻撃目標となりまひた。

渡辺「本譜は角が攻められちゃったんで」

藤井「(手順を変えられると)これは自信がない気がします」

 終局後すぐ、渡辺挑戦者はこのあたりを悔やみました。

 89手目。藤井棋聖は盤面左サイド、端9筋の歩を突きました。角頭の急所なので、部分的には厳しいとはわかります。しかしこの忙しい局面で、右サイドの渡辺玉からは遠く離れた逆側の端に手がいくとは・・・。盤面を常に大きく見ている、いかにも藤井棋聖らしい一手でしょうか。

 藤井棋聖は角香交換の大きな駒得を果たしました。盤上には互いによくはたらく角が1枚ずつある「互角」でした。しかし藤井棋聖が2枚の角、両方を得てからは、形勢の針は「互角」から次第に傾き始めたように見えました。

 渡辺挑戦者はこれ以上自分からは崩れぬよう、じっと離されずについていきます。勝負はまだまだわからない。藤井棋聖は前傾姿勢となり、手ぬぐいを口にあてて考え続けました。

 105手目。藤井棋聖は渡辺玉のすぐ近く、金取りに歩を打ちます。この応手が実に難しい。

渡辺「3筋の▲3三歩の対応ですかね。そこが難しくてわかんかったですけど。本譜はなんか、やってるうちにちょっとずつ損してったような。はい」

 渡辺陣の金銀は歩の連打で上ずっていきます。そのあとの117手目。藤井棋聖は渡辺陣に角を打ち込みました。これも筋違い角。そして矢倉を攻略する急所のラインです。渡辺挑戦者は金取りをどう受けるか。

渡辺「いやあ、この受け方わかんなかったなあ・・・」

 渡辺挑戦者は、金をよろけるように逃げました。評価値の推移を見る限りでは、この手が敗着となったようです。代わりに銀を引いておけば、まだまだ大変だったか。感想戦において、渡辺挑戦者はその感触を確かめるように、銀を引いていました。

渡辺「銀か。これはでも不利感がありますね」(苦笑)

 渡辺陣の金矢倉を構成していた2枚の金のうち、1枚は渡辺挑戦者の意思で中段にまで進みました。しかしもう1枚は心ならずもひっぱり出された形です。

 123手目。藤井棋聖は中段に銀を打ちます。これが大局を制する両金取りでした。

藤井「▲5四銀と打ったあたりからは少し、こちらの玉が寄りづらくなったのではないか。そのあたりでよくなったかどうかわかんないですけども、難しくなったのかなと」

渡辺「そこでなんかないと、まずいですよね」

 残り時間は藤井3分、渡辺6分。藤井棋聖は先に時間的い追い込まれながらも、いつものように残り数分になってからが減りません。一方、時間では大量にリードしていたはずの渡辺挑戦者は刻々と時間を削られていきます。

 盤上の形勢推移とリンクするように、残り時間もついに逆転。渡辺挑戦者が先に時間を使い切り、一手60秒未満で指す「一分将棋」に追い込まれました。

 藤井棋聖に軽妙な歩の攻めで翻弄され続け、形勢も時間も苦しくなった渡辺挑戦者。対処的に駒台の持ち駒は増え、1枚もなかった歩は、いつしか8枚になっていました。

 129手目。藤井棋聖は薄くなった渡辺玉のすぐ近くに角を成ります。

渡辺「そうか・・・。4三にふわっと成られてねえ・・・」

 馬に居座られては持たない渡辺挑戦者。金銀を連打して馬を相手陣へと追い返します。

渡辺「ちょっとこの(駒の)張り方は効率が・・・。なんかスカスカしてあんまり堅くなってない。でももうしょうがないないか」

 しかし藤井棋聖はまだ楽観していなかったようです。

渡辺「えっ? 本譜大変、これ? いやもう、ダメかなあ、と思ったんだけど。でももう駒損(角香交換)がすごいからなあ・・・」

 137手目。藤井棋聖はまたもや渡辺陣に軽妙な歩を放ちます。玉そばの垂れ歩で、どう応じても攻めが早くなる。

渡辺「うーん、やっぱそれが痛いっすね」

 垂れ歩は「と金」へと昇格し、最後に渡辺玉の死命を制することになりました。

渡辺「ないですよね、(自陣の)手の入れ方が」

 受けが難しくなった渡辺挑戦者。140手目、藤井陣本営に歩を打ちつけて反撃に出ます。対して正確に受ける藤井棋聖。残り時間も3分から減りません。

藤井棋聖、華麗なフィニッシュ

 153手目。藤井二冠は自玉上部に迫っている歩を払いながら、銀を捨てます。これが馬筋をきれいに通す、次の一手のような美しい決め手でした。渡辺挑戦者がただの銀を取れば、藤井棋聖は王手で馬が入って渡辺玉は一手一手の寄りとなります。

 渡辺挑戦者はただで取れる銀を取らず、歩を打って馬筋を止め、辛抱します。すると今度は藤井陣にいた筋違い角が中段に躍り出てきました。そこでもまた歩を打って辛抱する渡辺挑戦者。

 藤井棋聖の銀はただで取られることなく、相手の金と交換になりました。さらに自陣で遊んでいた攻めの銀は、相手の攻めの銀と交換になります。藤井棋聖の駒台には、相手玉を寄せるための持ち駒が揃いました。盤上ほぼすべての駒がはたらいて、いよいよ収束に向かっていきます。

 166手目。渡辺挑戦者は53秒まで読まれ、飛車取りに香を打ちました。これは形作りです。扇子で仰いで自身に風を送りながら、藤井棋聖が決めるのを待ちました。

「残り2分です、40秒」

 藤井棋聖は持ち時間を使い切ることなく、勝ちを読み切りました。そして銀を打ち、渡辺玉に王手をかけます。

 171手目。藤井棋聖は金を打って王手をかけます。二十数手の長手数で、渡辺玉は詰みです。

 渡辺挑戦者はうなだれ、左手のこぶしを額に当てます。次に身体を起こし、右手でおしぼりを手にして、顔を拭きました。そしておしぼりを置き、今度はグラスを手にして、しばらく中空を見つめます。

「30秒」

 記録の秒読みの声を聞いてから、グラスに少し残っていた冷たいお茶を飲み干しました。

「40秒」

 藤井棋聖は静かに盤上を見つめます。すべてを読み切っている。その様子が表れています。

「50秒、1」

「あ、負けました」

 渡辺挑戦者は投了の意思を告げ、深々と一礼。藤井棋聖も一礼を返して、大熱戦も幕を閉じました。

 両対局者はマスクをつけて、報道陣を待ちました。その間、渡辺挑戦者は藤井棋聖に話しかけ、86手目、6筋の歩を突き上げた手について反省の言葉を述べていました。

渡辺「突き(△6四歩)じゃ遅いんでしょうね。そっからずっとそっちのターンになっちゃんたんで」

藤井「確かに、手番が来たのかなと」

 渡辺挑戦者はこのあたりについて、ブログに記しています。

 藤井棋聖と渡辺挑戦者の対戦成績は、藤井棋聖から見て7勝1敗となりました。

 7月3日におこなわれる第3局について、両者は次のように語っていました。

藤井「あまりスコアのことは意識せずに、今まで同様にまた盤に迎えたらと思います」

渡辺「まずは一つ返すことを目標にやっていきたいと思います」

 渡辺挑戦者は今期棋聖戦五番勝負で、タイトル戦登場は39回目となります。過去38回のうち、番勝負を制したのは実に29回。そして驚くべきことに敗れた9回でも、ストレート負けの経験はありません。前期棋聖戦五番勝負では2連敗から1勝を返しました。今期はどうなるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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