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羽生善治九段(50)神速の突き捨て! 豊島将之竜王(31)金冠で応じる 大注目の王位戦挑決進行中

松本博文将棋ライター
(記事を書きました)

 5月24日。大阪・関西将棋会館においてお~いお茶杯第62期王位戦・挑戦者決定戦▲羽生善治九段(50歳)-△豊島将之竜王(31歳)戦がおこなわれています。

 東京在住の羽生九段。本日は豊島竜王のホームである大阪・関西将棋会館に移動しての対局となります。

 5階・御上段(おんじょうだん)の間で、床の間を背にして座るのは豊島竜王。現在の将棋界の席次では、豊島竜王は2位、羽生九段は5位となります。

 藤井聡太王位は3位。ただし棋聖戦五番勝負、そして王位戦七番勝負ではタイトル保持者として、自分より席次上位の棋士が相手であっても、上座にすわることになります。

 ゆったりとした動作で、駒をいつくしむように並べていく羽生九段。最後は「ぐりぐり」とするかのように、右端の歩を置きました。

 王位リーグでは抽選時にあらかじめ先後が決まっています。挑戦者決定戦は振り駒によって先後を決めます。

 記録係が振った5枚の歩は、畳の上に「歩」が2枚、「と」が3枚。

記録「と金が3枚出ましたので、羽生先生の先手番でお願いします」

 統計的には、将棋はわずかに先手が有利です。また上位になればなるほど、先手番の勝率が上がるようです。本局、まずは羽生九段がわずかにアドバンテージを得ました。

記録「それでは時間になりましたので、羽生先生の先手番でお願いします」

 礼に始まり、礼に終わる将棋の対局。豊島竜王、羽生九段ともに「お願いします」と一礼をかわします。羽生九段の声は、穏やかでゆったりしたものでした。

 羽生九段は初手、角筋を開きます。対して豊島竜王は飛車先の歩を伸ばしました。

 序盤は矢倉模様へと進んでいきます。角を互いに中段に上がって向かい合わせ、羽生九段は早囲いから片矢倉(棋聖・宗歩の名にちなんで天野矢倉とも言います)を含みとする。これは先日の木村一基九段戦と同じ「藤井矢倉」のコンセプトです。

 本局は▲羽生ー△木村戦とは違う進行になりました。

 38手目。豊島竜王は銀を引いて銀矢倉への組み換えを見せます。まだなにも起こらなそうな序盤。羽生九段は突如として、相手陣の玉頭、2筋の歩を突き捨てました。目の覚めるような、あまりに早いタイミング。午前中からびっくりしたという方も多いでしょう(筆者もその一人です)。

 この筋の歩の突き捨てに対しては、一般的に同銀と同歩、2通りの応手があります。銀矢倉に組み換えるタイミングならば、これを同歩に限定させることができます。

 羽生九段の意図は、盤上に示されてみればなるほど、観戦者にも理解できます。しかしあまりに早い突き捨ては逆にとがめられることもあります。その得失、成否は、一局が終わってみないとわからないでしょう。

 江戸時代の有名な一局▲天野宗歩ー△八代大橋宗珉戦では、やはり銀矢倉に組み換えるタイミングで歩の突き捨てが来ました。

 図で▲8六同歩ならば△8五歩の継ぎ歩があります。実戦では▲8六同銀△3九角と進んで、宗珉リード。宗珉は一世一代、最高のパフォーマンスを見せ、大天才宗歩を降しました。通俗的な伝説では、宗歩は無念のあまりに血を吐き、この敗戦が響いたために名人になることはできなかった・・・とされています。(あくまで伝説です)

 ▲宗歩ー△宗珉戦は宗珉側の駒台には相手陣に打ち込める角と、継ぎ歩で使える歩が揃っています。一方、羽生九段の駒台にはまだなにもない。だからこそ、さらにインパクトがあります。

 羽生九段は突き捨てが入ったことに満足して、向かい合った角を引き上げ、片矢倉ではなく、オーソドックスな金矢倉に組みました。

 互いに先に動くことが難しい展開となり、47手目、羽生九段がじっと飛車を一段目に引いた局面で昼食休憩に入りました。

 再開後の48手目。豊島竜王は玉頭に金を上がりました。玉頭に銀を据える形は「銀冠」(ぎんかんむり、ぎんかん)と呼ばれ、好形の代表です。一方で「金冠」は損得が微妙なところ。本局の場合は羽生九段の早めの突き捨てをとがめようという意図があるのかもしれません。

 豊島竜王は金銀4枚で「金冠」を組み上げました。

 対して羽生九段は5筋、4筋、3筋とリズミカルに歩を突いて、動いていきます。

 時刻は14時30分を過ぎました。現在は豊島竜王の攻めに応じ、羽生九段が9筋に銀を引いた局面まで進んでいます。これからいよいよ本格的な戦いが始まりそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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