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「地球の人じゃない」藤井聡太二冠(18)強敵・行方尚史九段(47)相手に芸術的完勝 叡王戦本戦1回戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月17日。東京・シャトーアメーバにおいて第6期叡王戦本戦トーナメント1回戦▲行方尚史九段(47)-△藤井聡太二冠(18)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は16時48分に終局。結果は80手で藤井二冠の勝ちとなりました。

 藤井二冠は叡王戦では初めてベスト8に進出。明日18日におこなわれる永瀬拓矢王座-佐々木勇気七段戦の勝者と2回戦で対戦します。

行方九段、得意の矢倉で臨む

 叡王戦の対局はABEMAのスタジオでおこなわれます。行方九段は開始30分前に現地に到着していたそうです。

深浦「僕ちょっとそれが驚きでね(笑)。行方さんといえば、ちょっとギリギリ・・・。自宅で精神統一して、開始5分ぐらい前に対局室に飛び込んでくるイメージなんですけど」

 ABEMAの中継で解説を担当した深浦康市九段は、そう語っていました。藤井二冠との対局は、歳上で先輩格の棋士にとっても格別の思いがあるようです。

 本局の先手は行方九段。序盤は得意の矢倉模様へと進めました。対して藤井二冠は急戦をにおわせる、いかにも現代風の進行となります。

 行方九段は飛車先の歩を交換します。

 17手目は大きな分岐点。行方九段はじっと飛車を引き上げるのか。それとも積極的に横歩を取るのか。行方九段は3分少しで決断し、横歩を取りました。

 行方九段の歩得VS藤井二冠の手得で均衡が取れている序盤戦。藤井二冠は盤上中央、中住居(なかずまい)の位置に玉を据えます。

 行方九段は矢倉城が築かれた左サイドに玉を寄せました。ただし角を城内に据えたままなので、入城はできません。深浦九段はこの角を「酔っ払い角」と呼んでいました。壁になって遊んでいるこの角がはたらくかどうかが、大きなポイントです。

 34手目、藤井二冠が自玉そばの銀を立って陣形を整備したところで12時、昼食休憩に入りました。形勢は互角です。

 藤井陣を見ると、隅の香2枚をのぞいて、すべての駒が二段目以上に上がっています。上級者であれば藤井二冠が飛車を一段目に引いて大転換する「地下鉄飛車」の構想が見えます。行方九段はその筋を警戒していました。

 12時40分。対局再開。35手目、行方九段は銀を三段目へと上がります。観戦者には自然そのものに見える指し手ですが、局後、行方九段はその手を悔やんでいました。

行方「いい勝負以上あると思ったけど、こっから簡単にダメにしてるなあ・・・」

 40手目、藤井二冠は桂を跳ねていきます。これが行方九段が軽視していた、非凡な構想でした。それは解説の深浦九段も同様だったようです。

 ほとんどの観戦者の目には右サイド、行方陣の攻めの桂が交換になるのだから、わるい取引のようには見えません。しかし藤井二冠の駒台に乗った桂が、のちに左サイド行方玉の死命を制することになるとは・・・。この時点で予想できる観戦者もまた、そう多くはなかったでしょう。

 43手目。行方九段は軽く3筋の歩を突き出します。いかにもプロらしい、筋のよい手。解説の高見泰地七段もこの手を予想していました。しかし藤井二冠の構想は、その上をいったようです。

藤井二冠の鬼桂炸裂

 44手目。藤井二冠は左サイドの桂を跳躍。銀取りに跳ね出していきます。持ち時間3時間のうち、残りは行方49分、藤井1時間23分。

 ここで行方九段は31分を使い、角取りに桂を打ち返しました。残りは17分。中盤で惜しみなく時間を使うスタイルの両者。本局では行方九段の時間消費が先行しました。

 49手目。藤井二冠の側からは、右サイドで手にした桂を左サイドに打って攻めてくる順が見えています。それにどう対処するか。高見七段はじっと端9筋を突く手を候補にあげました。

深浦「はあ・・・。郷田真隆、っていう手ですね」

高見「えっ、めちゃくちゃうれしいんですけど」

 深浦九段にほめられて喜ぶ高見七段。郷田九段といえば、筋のよい棋士の代表格で、指し手の格調の高さはよく知られています。じっと五段目に桂を打たれる手を消して、いかにも落ち着いた本筋に見えます。そして本譜、行方九段もその端歩を突きました。

深浦「・・・すごいなあ。やっぱりここで突けるのは強いですねえ」

 観戦者には、行方九段がわるい手を指しているようには見えません。行方九段は簡単には土俵を割らない粘り腰に定評があります。形勢はわずかに藤井ペースでも、まだはっきりとした優劣がついているようにも見えません。

行方「本譜はけっこう希望が持てると思ったんだけど・・・」

 局後に行方九段がそう振り返った通り、解説陣もそう簡単に決まるとは見ていませんでした。

 藤井二冠は端五段目ではなく、四段目に桂を打って攻めていきます。力強く受ける行方九段。8筋に跳ね出してきた藤井二冠の桂を行方九段が取ってしまえば、逆に形勢は行方よしとなります。

 本局はここからの藤井二冠の攻めが圧巻でした。

 藤井二冠は行方玉とは遠い3筋に歩を垂らしてゆさぶりをかけます。ついで中央5筋に歩を突いて、桂取り。

行方「いやあそっか、筋に入っちゃってんだね」

 行方九段はそう嘆息しました。藤井二冠は軽妙な歩の使い方で行方陣の銀2枚の形を乱したあと、行方玉上部、7筋の歩を突きます。強い棋士は歩の使い方がうまい。そんな当たり前のことを、改めて思い知らされるような絶妙の歩の使い方が続きました。

深浦「いやあ・・・。自分は静かに感動しています」

 どうやって先手陣へ攻めをつなげるのか。深浦九段と高見七段が真剣に検討して、なかなか正解手順は見つかりませんでした。しかし藤井二冠に指し手を示されてみれば、なるほどと感嘆するよりありません。

深浦「この流れるような手順が見事・・・! もう芸術ですよね」

 深浦九段は局後にもう一度、そう振り返りました。驚くべきことに、行方陣には適当な受けがありません。藤井二冠の駒台に乗っている持ち駒の歩の枚数もぴったり足りて、芸術的に攻めがつながっています。

 結果的には、行方九段の角ははたらくことなく、逆に攻撃目標とされてしまいました。

深浦「これちょっと、行方さんに厳しいことを言いますけど、いわゆる『読み負け』ですよね。はっきり藤井さんの方が読み勝っている。棋士にとっては、厳しい負け方ですね」

 行方九段と長きにわたって戦い続け、切磋琢磨し続けてきた深浦九段は、そう語りました。

 これだけうまく指されたらどうしようもないのではないか。気楽な観戦者の立場からすれば、そうとも思われます。しかし実際に藤井二冠と対峙する棋士としては、そうとばかりは言ってられないのでしょう。

地球の人じゃない

 持ち時間を使い切り、一分将棋に追い込また行方九段。秒を読まれながらも懸命に指し続けます。

「将棋は勝ち切るまでが大変だ」

 そんな言葉がよく聞かれます。事実、一般的にはその通りでしょう。そうして行方九段は強敵を相手に、何度も逆転勝ちを収めてきました。

 しかし異次元の天才・藤井二冠はあまりに規格外のようです。優位に立つや、そこから夢でも見てるかのように、あっという間に勝ちへとつなげていきました。

 78手目。残り8分の藤井二冠はどうゴールに向かうのか。さしあたり自陣は飛車取りになっているので、危険きわまりないようにも見えます。

 藤井二冠は3分を使って読み切りました。そして飛車取りを手抜き、行方陣に角を打ち込み、行方玉上部を押さえる鬼桂とのコンビネーションで、一気にフィニッシュへと持ち込みます。毎度毎度、なぜこうも華麗に、また確実に決まるのか。

深浦「うーん・・・。普通の地球人だったら怖いけどね。地球の人じゃないのかな」

 深浦九段は先日、藤井二冠の20連勝を阻止し、改めて「地球代表」と讃えられました。その地球代表の目にはやはり、藤井二冠は地球外生命体と映るようです。

 一分将棋で戦い続けてきた行方九段。57秒まで読まれて次の手を指さず、ついに投了。80手で藤井二冠の勝ちが決まりました。

 終局後、両者の間では長い沈黙の時間が続きました。言葉がないのは、藤井二冠のあまりの強さを目の当たりにした、多くの観戦者も同じだったかもしれません。

「危機感がなかった・・・」

 行方九段の側から小さく声がもれ、ようやく感想戦が始まりました。

 感想戦の終わり頃、両者は再び長い沈黙。紙に書かれた棋譜を見て、一局を振り返る行方九段。そして口を開きます。

行方「昼休明けのすべてが相当問題あったような気がします」

藤井「手が広そうなので、わからなかったですが」

行方「もうちょっとなにか・・・。さすがに無策だった・・・。淡々とやって桂ぶつけられて困ってるようじゃ、しょうがなかったですね。桂馬持たれたときに備えが全然できてなかったんで」

 かくして藤井二冠は叡王挑戦に一歩近づきました。2回戦で藤井二冠と対峙するのは永瀬拓矢王座か、それとも佐々木勇気七段か。今期叡王戦はいよいよ、佳境を迎えつつあります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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