新参・斎藤慎太郎八段(27)A級を8勝1敗で制し名人挑戦権獲得 元名人・佐藤天彦九段(33)に勝利
2月26日。静岡県静岡市・浮月楼においてA級順位戦最終9回戦、全5局がおこなわれました。
▲斎藤慎太郎八段(27歳)-△佐藤天彦九段(33歳)戦は0時15分に終局。結果は163手で斎藤八段の勝ちとなりました。
A級1期目の斎藤八段は8勝1敗の好成績で、みごとに名人挑戦権を獲得しました。
斎藤八段は4月から開幕する七番勝負で渡辺明名人(36歳)に挑戦します。
斎藤八段、今期A級をしめくくる勝利
名人位3期を誇る佐藤天彦九段。今年度A級ではまず2連勝したものの、そこから3連敗を喫しました。
佐藤「スタートはよかったんですが、そのあとまた連敗とかもありまして。それでいろいろ考えて、途中からちょっとフォームを変えたところがありまして。ちょっと振り飛車模様の将棋を指してみたりですとか。そのあたりは、自分の中ではけっこうなチャレンジかなあと思っていたので。大げさに言えば・・・そうですね、シーズン途中でのフォームチェンジっていうのはまあ、降級を覚悟していたところもあったんですけど」
棋士になって以来、ほとんど居飛車で戦ってきた佐藤九段。しかし今年度10月末、藤井聡太二冠に王将戦リーグで先手中飛車を採用し、ファンや関係者の間からはどよめきが起こりました。順位戦では6回戦、佐藤康光九段戦を相手に後手番の陽動振り飛車で勝っています。
佐藤天彦「結果的には最終局前に、昨年より早く残留を決められて。それはよかった点かなとは思うんですけど。最後、残留を決めてからちょっと結果が出なくて」
前節8回戦では糸谷哲郎八段に先手三間飛車で臨んでいます。こちらは佐藤天彦九段の負けでした。
そうした流れの中で、本局では後手番となった佐藤九段が振り飛車を採用するのではないかと予想していた人は多かった。
戦型は横歩取りでした。後手番で横歩取りに誘う作戦は、佐藤九段のエース。名人位獲得の原動力にもなっています。
「評価値ディストピア」という佐藤九段の言葉があります。
コンピュータ将棋ソフトが示す評価値だけを見れば、振り飛車と同様に、横歩を取らせるのは損な作戦です。
近年は「青野流」といった先手側の手法も整備され、後手番で横歩を取らせる棋士は少なくなりました。しかし新しい工夫を重ねる棋士もいて、この戦法は指され続けられています。
斎藤八段は横歩取りへの誘いにきっぱりと応じました。
斎藤「先手番として主導権を取れないかなあと模索してたんですけど、なかなかそのプランが見えなくて、けっこう持ち時間の面で苦労したかな、という感じでした」
佐藤「ちょっとこちらからすると右辺の形がまとめづらくなってしまいまして。うーん・・・。ちょっと左右の駒が分裂しているような感じで。序盤からちょっとまとめづらい。形勢も難しいとは思ったんですけれど、ちょっとまとめづらい将棋になってしまったのかなあ、と思いました」
夕食休憩までに進んだのは44手。順位戦らしいスローペースでした。
斎藤「少し、もしかしたら模様がよくならないかなあ、と期待してたんですけど。なんか進んでみるといまひとつだったのかなあ、という気もして。ただ本譜は美濃囲いを堅く主張して、難しいぐらいにはなってたかな、と思います」
互いの飛車が中段で動き合う難解な中盤戦。夜戦に入ってからもじりじりとした進行が続きます。
斎藤「(プレッシャーは)ないようにとは思っていたんですけど、ちょっと中盤で手が伸びなかったので、やっぱり緊張感がかなりあったかなとは思います」
21時15分。斎藤八段にとっては名人挑戦権争いの競争相手である広瀬章人八段が敗れました。その瞬間、斎藤八段の名人挑戦は決まっています。
しかし斎藤八段は広瀬八段の勝敗を気にしていませんでした。
斎藤「周りの結果は気にせず、この将棋に集中していましたので、まったく気づかずやっていましたし。この将棋は本当、大変な将棋だったなと思います」
斎藤八段は中段の飛車を下段に引き、中央5筋へと転換しました。その陣形を見ると、斎藤陣は中飛車のようにも見えます。これが中住居の佐藤玉に照準を合わせる好着想でした。
斎藤「途中で中飛車にして視界が開けてきたかなあ、と思って」
佐藤「一時は少し盛り返したかなあ、とちょっと思ったときもあったんですけど。うーん、しかし、考えてみると、ちょっとやっぱりよくないかなあという感じで。中飛車を見せられて、どうしても玉形の差が大きくて。決戦のような順になると勝てないような感じがしましたので。そのへんで考え直してみると、やっぱりわるいのかなあ、という感じがしてました」
先にリードを奪ったのは斎藤八段でした。そして次第に優位を確立していきます。
佐藤天彦九段は飛車を切り、猛攻をかけます。苦しいながらも、これがさすがの勝負術でした。自玉への攻めは粘り強くしのぎ、相手玉へはいやらしく迫る。互いに時間が切迫する中、ときにノータイム指しをおりまぜ、猛然と追い上げていきました。
コンピュータ将棋ソフトが示す評価値は、終始斎藤八段がリードしていました。しかし人間同士が戦う、深夜の順位戦。何が起こるのか、最後までわかりません。
斎藤「そうですね、(75手目に中飛車にして)そこからは少しずつ自信はあったんですけど。でもちょっと終盤に見落としもありましたので。最後はもう、わからないまま指していたという感じでしたね」
121手目。斎藤八段は自陣に飛車を成り返って受けます。
佐藤「龍引かれてちょっと足りないですか。いや、だいぶ・・・」
終局直後、佐藤九段はその局面を振り返っていました。
斎藤「なんとか残してほしいというぐらいで・・・」
佐藤「そうか、でも足りなそう」
「将棋界の一番長い日」と称されるA級最終戦。他の4局は終わって、本局は最後の一局となりました。
いつ果てるともしれない終盤戦が続いたあと、いよいよフィナーレが見えてきました。
斎藤「勝ちになったと思ってから長くなってしまいましたので(苦笑)。本当に最後は▲8二飛車成って、詰みが見えた局面ですかね」
159手目。斎藤八段は▲8二飛成と王手をかけます。佐藤玉はこれでぴったり詰んでいます。
163手目。斎藤八段は銀を打って王手をかけました。
「いやあ」と何度も声をあげながら、戦い続けてきた佐藤九段。座り直して上体をゆっくり起こします。そしてがくっと首が落ちました。
記録「50秒、1、2・・・」
佐藤「負けました」
0時15分。本局の終了を持って、将棋界の一番長い日も幕を閉じ、2020年度A級順位戦は全日程を終えました。
A級1期目の斎藤八段は8勝1敗。堂々たる成績で名人挑戦を決めました。
斎藤「1期目のA級でしたので、実力以上の成績になったかなあ、と思います。急所で集中力を切らさず、やれていたのが生きたかなあ、と思います。初めての2日制のタイトル戦ですので、まずはしっかり準備や対策を整えて。初めてのことばかりだと思うんですけれども、雰囲気に飲まれず、自分の将棋で戦いたいと思っています」
佐藤天彦九段は4勝5敗で長いリーグを指し終えました。
佐藤「本局も、来期への順位っていうのもあるんですけど、相手がやっぱり挑戦権を目指されているということで。自分の来期の順位だけではなく、いい将棋にできればというか、なにか意地のようなものを見せられたらなあ、と思っていたんですけれど。ただちょっと結果は出なかったというか。ただそうですね、内容としては力を出し切れたかな、という感じがしますので。また来期、頑張りたいと思います」
佐藤九段のTwitterは、いつも通りの定番のフレーズで締めくくられていました。