Yahoo!ニュース

魔王・渡辺明棋王(36)会心の端歩地獄突きで後手番ブレイクバック 棋王戦第2局勝利で1勝1敗のタイに

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月20日。石川県金沢市・北國新聞会館において棋王戦五番勝負第2局▲糸谷哲郎八段(32歳)-△渡辺明棋王(36歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は17時6分に終局。結果は90手で渡辺棋王の勝ちとなりました。

 第1局では糸谷八段、第2局では渡辺棋王がそれぞれ後手番で勝ち、五番勝負は互いに1勝1敗となりました。

 第3局は3月7日、新潟県新潟市・新潟グランドホテルでおこなわれます。

渡辺棋王、糸谷八段の粘りを許さず

 戦型は角換わり。糸谷八段が端1筋の歩を伸ばす間、後手番の渡辺棋王は早繰り銀に出ました。

糸谷「ちょっとわからなかったんですけど、先手としては少なくとも不満がある可能性も高いなと思いながら・・・」

 渡辺棋王は早繰り銀をさばき、銀交換に成功します。そこで糸谷八段はどう指すか。

糸谷「(右玉に構える)玉上がりがダメだと(▲7四歩と)垂らすぐらいしかないんですけど。それだと(△8四飛▲7五銀△8五飛▲8六銀△8四飛▲7五銀で)千日手の筋になるんで・・・」

 先手番で千日手に持ち込まれては失敗。そこで糸谷八段は右玉に構えます。対して渡辺棋王が端1筋から逆襲に出たのが絶妙の構想でした。

 歩を五段目まで進められた側が歩を突き上げることを俗に「地獄突き」と言います。本局は42手目の地獄突きが渡辺棋王の勝着になったと言ってよさそうです。

「1筋からの攻めっていうのは、やっぱり用意の作戦だったんですか?」

 終局後のインタビューで、渡辺棋王は次のように答えました。

渡辺「ああ、そうですね。持ち駒が角銀歩歩という条件になれば、逆襲できることは知ってたんですけど。持ち駒が角銀歩歩になれば、1筋が手になることは、それは予定だったんで。(途中は駒損になっても)実戦的にアヤをつけていって。後手番なんで、ちょっとわるいぐらいでも、っていう感じで気楽にアヤをつけていくようなイメージではやってたんですけど」

 後手番でよく一手損角換わりを指し、よく早繰り銀を受けて立つ糸谷八段。本局では先手で2手得しているわけですが、その2手を使って端を詰めた手を逆にとがめられる展開になりました。

糸谷「端を突かれてしまうと、逆に端が伸びているのがマイナスになってしまって・・・。そうなんですよね。(後手番で糸谷八段はよく一手損角換わりを採用しているが)1手損だとこの端が伸びてないので、当然端攻めもまだないんですけど。その2手得のイメージでやってたら、端を逆襲されるのをあまり考えてなくて。あれで(端攻めが)成立するのでは端を取った2手が逆にマイナスになってしまっているので、ちょっと冴えなかったですかね」

 ABEMA解説の千葉幸生七段は次のように語っています。

千葉七段「先手が(▲1六歩、▲1五歩と)2手かけて作った主張を真っ向から逆用するということで。うーん、先手としては非常に、悔しい、悲しい、腹立たしい・・・」

 悔しいところではありますが、糸谷八段は端攻めを受けて立ちます。45手目。自陣にじっと銀を埋めたのはさすがの粘りでした。

渡辺「▲2七銀打たれてわからなくなっちゃったんだけど・・・」

 終局後まもなく、渡辺棋王はそう口を開きました。遠くから角を打って攻める筋に自信が持てなかった渡辺棋王。本譜は端に銀を打ち込んで攻めていきます。

糸谷「ちょっと銀は意外だったんですけど。まずいですかね、これはやっぱり」

渡辺「△同銀のときがよくわからなかったんだけど。△1八銀ぶちこんだときに▲同銀△同歩成▲同香で・・・」

 感想戦ではその変化も調べられました。

糸谷「けっこう生きてるかどうかドキドキですけどね」「まあダメですか、普通は」

 糸谷八段からは、そんな言葉が聞かれました。いずれにしても、やはり渡辺棋王好調の攻めは続くようです。

 午前中にしてリードを奪った渡辺棋王。午後に入ってからも、着実に差を広げていきます。

糸谷「本譜は粘りを欠きました」

 糸谷八段はそう振り返りました。しかし代わる手段も難しいところです。

 渡辺棋王は角を糸谷陣に打ち込んで金と刺し違え、すぐにその金を打って相手の飛車を詰ませました。

渡辺「ちょっとこれなんか、筋わるいかなあ、と思ったんですけど」

 局後に渡辺棋王はそう苦笑していました。王者らしく、優勢になっても決して楽観しない姿勢です。心配なところはあっても本譜の順は本筋をとらえ、速い勝ち方だったようです。

 渡辺棋王は端攻めで作った成香を寄せ、さらには攻防に利く1筋に飛車を打ちました。

渡辺「△2八成香寄ったあたりは怖いところもあったんですけど、△1八飛車が攻防になったんで。△1八飛車打ててちょっと安心したところはありますかね。それまではなんか、けっこう、勝ちと言っても変化としてはきわどいんで」

糸谷「本譜でダメだったら、全然ダメですね」

 怪力無双の糸谷八段も、本局は本来の力が出せなかったようです。二枚の角を打ち、渡辺玉に迫って形を作りました。

 勝ちを読み切っていた渡辺棋王。まずは一枚の飛車を切ります。そして90手目。もう一枚の飛車を成り込んで、鮮やかに糸谷玉を即詰みに討ち取りました。

 最終盤、そして終局のシーンには、記録係の秒読みの声がつきものです。本局の場合、持ち時間4時間のうち、残りは糸谷34分、渡辺58分。まだ秒読みという段階ではありません。

「負けました」

 静謐な対局室に響くようなはっきりした声で、糸谷八段は投了を告げました。

 五番勝負はこれで両者1勝1敗のタイに戻りました。いずれも不利な後手番の側が「ブレイク」しての勝利です。

渡辺「タイに戻すことができたので、また3月に残りの三番を一生懸命やれればと思います」

糸谷「タイですので切り替えて、一戦一戦がんばっていこうと思います」

 渡辺棋王が他のタイトルホルダー、豊島将之竜王、藤井聡太二冠、永瀬拓矢王座と感想戦をおこなう際には、ほとんど渡辺棋王がしゃべっています。しかし渡辺-糸谷となれば、しゃべる量もほぼイーブンです。

 終局後はいつものように、頭の回転も早く語彙も豊富な両対局者による、倍速再生のような感想戦が見られました。おそらくほとんどの視聴者はついていけず、おいてけぼりでしょう。どこが笑いのポイントなのか、筆者にはよくわからないところも多くありましたが、勝った渡辺棋王だけでなく敗れた糸谷八段もほがらかによく笑い、実に楽しそうな様子でした。

 両者の通算対戦成績はこれで、渡辺16勝、糸谷6勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事