Yahoo!ニュース

渡辺明王将(36)二転三転の終盤を制して王将戦七番勝負2連勝 永瀬拓矢挑戦者(28)は時間切迫に泣く

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月23日・24日。大阪府高槻市・山水館において第70期王将戦七番勝負第2局▲永瀬拓矢王座(28歳)-△渡辺明王将(36歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 23日9時に始まった対局は24日18時40分に終局。結果は渡辺王将の勝ちとなりました。

 渡辺王将はこれで2連勝。第3局は1月30日・31日、栃木県大田原市・ホテル花月でおこなわれます。

究極の二択の連続

 王将戦第1局と第2局の間に指された朝日杯2回戦では、渡辺王将の勝ちでした。

 王将戦第1局、朝日杯では、渡辺王将の先手番でした。

永瀬「今年1年での収穫は、先後の差が大きいということに気づいたことですね」

 『将棋世界』誌2021年1月号のインタビュー記事で、永瀬挑戦者はそう語っていました。本局は永瀬挑戦者の先手番です。戦型は相掛かりで、1日目午前から激しい戦いとなりました。

渡辺「いろんな手があって、かなり読まされる将棋だったですね」

 1日目は56手まで進み、永瀬挑戦者の57手目が封じ手となりました。

 2日目朝、封じ手開封。飛金両取りで、永瀬挑戦者は金の方を取ります。渡辺王将の予想通りでもありました。

渡辺「封じ手は▲6一桂成だろうとは思ったんですけど、△同飛車と△同玉がかなり難しいんで。考えて△同飛車の方をやってみようかなっていう。△同玉の変化もきわどかったですけど。本譜は駒を入れてっていう感じで、息長く指そうかなと思って」

 渡辺王将は封じ手後の二択で悩んでいたようです。将棋ではどちらもありそうな二択で、迷いに迷うことがよくあります。本局ではそうした場面が何度も見られました。

 2日目午前。もしかしたら千日手?という変化も生じましたが、先手番の永瀬挑戦者はその順を選びませんでした。

 66手目。渡辺王将は桂を打って攻めます。ここで昼食休憩に入りました。

 再開時刻は13時30分。永瀬挑戦者はそのずいぶん前に席に戻り、考え始めます。盤を写す画面には、永瀬挑戦者の頭が映りました。盤との間に、どれぐらいの距離を取って座るかは自由。永瀬挑戦者は終盤になると盤に近づいていくタイプです。

 再開後、永瀬挑戦者は角を出ました。渡辺城の外壁をにらむ厳しい攻め。形勢は永瀬優勢と見られました。また渡辺王将も形勢をよくないと思っていたようです。

渡辺「△7六桂と打ってったあたりがちょっとよくなくて、後悔してたんですけど。昼休あけに▲8四角と出られて、その手が見えてなかったんで、その手を後悔して。ちょっとわるくしたと思いました」

 対局場の高槻市には、かつて高槻城が存在しました。

 初心者が将棋を習い始めると、まず上級者からは「自玉を囲うお城を作ろう」と教わります。しかし達人同士の戦いともなると、その原則に従っていない場合が多いことにも気づかされます。

 本局、渡辺玉は上に一つ上がっただけの簡易的な城。永瀬城は守りに適さないとされる「居玉」です。しかしその居玉を攻略するのがなかなか難しい。

 苦しくなった渡辺王将。38分考えて、永瀬陣二段目にじっと飛車を打って詰めろをかけます。局面を複雑に保ったまま逆転のチャンスを待ちました。

 自玉の詰めろを的確に受け、再び手番がめぐってきた永瀬挑戦者。スーツの上着を脱いで、ワイシャツ姿で盤を見つめています。黒いマスクをして扇子であおぎながら、71手目を指す前に熟慮に沈みました。

 筆者手元のコンピュータ将棋ソフト「水匠3」では評価値にして2000点近い差がついていました。しかし優勢をどう勝ちにつなげるか。それもまた将棋の難しいところです。渡辺陣に歩を成るか、それとも飛車を打ち込むか。ここもまた二択でした。そのどちらもよさそうに見えます。

 永瀬挑戦者は42分を使い、一段目への飛車打ちを選びました。対して渡辺王将は少し考えてすっと銀を引きます。このやり取りで、形勢はかなり詰まったようです。

永瀬「▲8一飛車のところ▲7三歩成とかなり迷ったんですけど・・・。長いですけど、そちらを選ぶべきだったかもしれないです。本譜、▲6三との組み立てはちょっと変な気がしましたので。そこは勝負所だったかなと思います」

 現代将棋界は「四強」の時代と言われています。その中でも筆頭格の渡辺王将。和服の袖をまくり、前傾姿勢で考えます。相手に決定打を与えず、地力を発揮して追い上げ、本局もまた白熱の終盤戦となりました。

 89手目。永瀬挑戦者は角を五段目に上がって、渡辺玉に詰めろをかけます。王将戦名七番勝負の持ち時間は各8時間。永瀬挑戦者はここで14分を使って、残りは7分となりました。対して渡辺王将はちょうど1時間を残しています。勝敗は不明。ただし時間は大差がつきました。将棋ではもちろん、時間配分も勝負のうちです。

 残り時間が切迫する永瀬挑戦者。飛車を取らせる間に、渡辺玉に寄せ形を築こうとします。

94手目。渡辺王将は手にした飛車を一段目に打って、初期位置から動かない永瀬玉に王手をかけます。

「ここは究極の二択ですね」

 将棋プレミアム解説の屋敷伸之九段はそう語っていました。持ち駒の金を打って合駒とするか。それとも銀を引いて節約するか。永瀬挑戦者は盤ににじり寄って考えます。そして分で銀引きを選択しました。これは正確な受けです。残りは4分となりました。

永瀬「よくわからないで指してはいました」

 終局後、永瀬挑戦者はその言葉を繰り返しました。

 渡辺王将は銀取りに歩を打って追撃します。これもまた応手が悩ましいところです。永瀬挑戦者も時間があれば勝ちまで見通せたかもしれません。しかし現実には時間がない。ノータイムで銀をかわして逃げました。ここでついに形勢は逆転したようです。

 渡辺玉はひらひらと逃げていきます。対して永瀬挑戦者は角を切って追撃。渡辺玉をほぼ受けなしに追い込みました。

 ソフトの評価値は、ここでは渡辺勝勢。つまり正確に受ければ、渡辺王将よしと示しています。しかしここもまた難しい二択でした。自玉脇に桂を打ってスペースを埋めるのか。それとも角を打つのか。

 残り34分の渡辺王将。3分で決断して角を打ちました。途端にまた評価値は逆転します。

「これで大逆転と言われちゃうとキツいですね」

 解説の屋敷九段はそう述べていました。評価値が見えている観戦者にとっては、形勢は二転三転しています。しかし対局者は自分以外、誰も何も頼りにできないまま、盤の前に座り続けて戦っています。

 永瀬挑戦者は退路封鎖で、タダで取られるところに金を捨てます。これは会心の妙手でした。そして渡辺玉を受けなしへと追い込んでいきます。

 109手目。ここが最後の究極の二択でした。渡辺玉へ王手をかけるのは歩成か、それとも成桂引きか。常識的には歩を成る手がよさそうです。しかしそうすると相手の角筋が通ってきて、永瀬玉に詰みにはたらいてくるかもしれません。

 残り2分の永瀬挑戦者。ここで最後の1分を使いました。そしてあとは一手60秒未満で指す「一分将棋」です。

 110手目。永瀬挑戦者は歩成ではなく、成桂引きを選択しました。この瞬間、永瀬挑戦者の手から勝ちがこぼれていきました。

 永瀬挑戦者は渡辺玉を受けなしに追い込みました。あとは永瀬玉が詰むや詰まざるや。詰めば渡辺王将の勝ちです。

 残り29分の渡辺王将。わずか1分を使って王手をかけ始めました。

渡辺「(終盤は)ちょっと読み切れてなかったですね。(本譜の▲7三成桂に代えて)▲7三歩成の場合、上がどうなってるのか。代案がないからしょうがないと思ってやっていたんですけど、読み切れてはいなかったです。本譜の場合は詰みじゃないかと思ってたんで。だから△6四玉立って詰みなんで勝ちになっているとは思いましたけど、それまではちょっと読み切れていなかったですね」

 渡辺王将は永瀬玉の詰みを読み切っていました。

 116手目。渡辺王将は飛車を成って、永瀬玉に王手をかけます。永瀬挑戦者は深いため息をつきました。渡辺玉に王手をかける際、もし歩を成っていれば、7筋に歩を打つことができて、永瀬玉は詰みませんでした。本譜は「二歩」の禁じ手で歩が打てません。

 名局の終局図ではしばしば、互いの玉が至近距離で向かい合います。本局、渡辺玉は6四、永瀬玉は5六と近づきました。

 120手目。渡辺王将は自玉の利きをいかして天王山に銀を打ち、相手玉に王手をかけます。これでぴったり詰んでいます。

永瀬「(▲7三歩成としておけば)一応詰まない気がしたんですけど、最後の△5五銀を少し勘違いしてしまって。組み合わせを少しうっかりして詰まされてしまったという感じです」

 永瀬挑戦者はしばらく盤面を見つめ、そして中空に目をやりました。

「50秒、1」

「負けました」

 秒読みにうながされるようにして永瀬挑戦者は一礼。投了を告げました。

 渡辺挑戦者はこれでシリーズ2連勝を飾りました。

 両対局者は第3局に向けて、次のように語っていました。 

渡辺「(第3局は)また来週すぐあるので、疲れを取って臨みたいと思います」

永瀬「はい、がんばります」

 両者の通算対戦成績はこれで渡辺13勝、永瀬3勝です。

 感想戦では渡辺王将がいつも通り饒舌なのに対して、永瀬挑戦者は言葉少なめ。渡辺王将が副立会人の糸谷哲郎八段に控え室での検討、見解をたずね、さながら渡辺-糸谷戦のような感じにもなりました。両者はこれから棋王戦五番勝負で戦います。

 年々、観る将棋ファンからの要求水準が上がっている王将戦の勝者撮影。今年の高槻対局では、どのような写真が残されるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事