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冬将軍・渡辺明王将(36)角換わりの熱局を制し王将位防衛に向け先勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月10日・11日。静岡県掛川市、掛川城・二の丸茶室において第70期王将戦七番勝負第1局▲渡辺明王将(36歳)-△永瀬拓矢王座(28歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10日9時に始まった対局は11日18時43分に終局。結果は125手で渡辺王将の勝ちとなりました。

 第2局は1月23日・24日、大阪府高槻市・山水館でおこなわれます。

渡辺王将、密度の濃い終盤戦を制する

 振り駒の結果、先手は渡辺王将。戦型は角換わり腰掛銀の最新型となりました。1日目は終盤の入り口あたりまでハイペースで進みました。

渡辺「定跡形だったんで、1日目は。手数こそ長く進んだんですけど。前例離れてからは難しかったですね」

 75手目。渡辺王将は守りの銀を立って攻めに厚みを加えつつ、角筋を通します。ここではすでに永瀬挑戦者は自信がなかったようです。端9筋から攻めていくのか。それとも自陣中段に銀を入れて受けるのか。

 76手目。永瀬挑戦者は攻めは細いと見て、1時間22分の長考で受けを選びました。

永瀬「ただそれ以降、互角と思った局面がなかったので、少し苦しい作戦を選んでしまったのかもしれません」

 じっと手を渡された渡辺王将。選択肢はあまりに広いところでした。永瀬挑戦者から見ると選択肢は「10択ぐらいあるような気がした」そうです。

 渡辺王将は48分を使って決断。77手目が封じ手となりました。

渡辺「封じ手はちょっといろいろあったんで。封じ手はいくらでも考えたいところだったんですけど、そういうわけにはいかないんで(苦笑)」

 終局後、渡辺王将はすぐに封じ手の局面でどう指すべきだったかを永瀬挑戦者に尋ねていました。永瀬挑戦者が一例として角を切って攻める順を示します。

渡辺「こんなんでやっつけられんの?」

 渡辺王将はそう笑っていました。いくつもの候補手があり、どれも難しいところでした。

 渡辺王将が選んだ封じ手は、相手の銀、銀、桂、3枚の駒が利いている天王山に歩を突き出す手でした。

渡辺「そんな成算があったわけじゃないんですけど。まあそうですね、それでどうなってるかって感じでやってみたんですけど」

 3択を突きつけられた永瀬挑戦者。すぐに次の手は指せません。

永瀬「こちらとしては同桂が難しければ同桂としたかったんですけど、それも成算が持てずに同銀(直)と指してしまったんですけど。それも形勢がわるかったような気がするので」

 2日目からは互いに時間を使い合って、力のこもった終盤戦となりました。

渡辺「終盤戦なんでもう、どうしても長考にはなりましたよね、はい」

 三段目に浮かんでいる永瀬玉に対して、渡辺王将は王手をかけて攻め続けます。永瀬挑戦者も反撃し、どちらの玉形も危ない形となりました。

 89手目。渡辺王将は飛車取りで永瀬陣に銀を打ち込みます。永瀬玉にも近いところで厳しい。このあたりからはっきり、渡辺王将がペースをつかんだようです。

 90手目。永瀬挑戦者は飛車を逃げず、端9筋に歩を成って反撃します。これが勝負の呼吸というものなのでしょう。

 形勢のよい渡辺王将にとっては悩ましいところ。素直にと金を払う手、すぐに飛車を取る手、角を打って王手する手など、いろいろな手段が見えます。

渡辺「この手は何分ですか?」

 渡辺王将は記録係の伊藤匠四段に尋ねます。渡辺王将は22分を使って桂を打ち王手をかけました。持ち時間8時間のうち、残り時間は渡辺2時間6分、永瀬1時間21分。持ち時間も切迫してきた永瀬挑戦者。17分を割き、玉を中段に横滑りさせ逃げます。

 飛車を取らせる間に手番を得て、角を取りながら王手をかける永瀬挑戦者。さすがの追い込みで、勝っても負けても一手違いの形勢です。

渡辺「ちょっと明快さに欠ける局面がずっと続いたんで、なかなか決め手がつかめない展開が続きましたね」

 比較的時間に余裕のある渡辺王将。時間を使って最終盤の構図を描きます。考えること45分。飛を打って王手銀取りをかけ、銀を取りました。自陣の金を取らせるのでリスクはあるところですが、振り返ってみれば正着だったようです。

 今期七番勝負はスーツで通すことを宣言している永瀬挑戦者。ジャケットを脱ぎ、脇息(ひじかけ)にもたれ、身をよじるようにして盤上を見つめます。粘り強い受けには定評のある永瀬挑戦者も、ここは対応が難しくなりました。

 対局室の外からは終日、鳥のさえずりが聞かれていました。夕方にはそれがやみ、17時、防災無線からは「遠き山に日は落ちて」のメロディーが流れてきました。歌川広重「東海道五拾三次」では、掛川は秋葉山遠望が描かれています。

 続いて伊藤四段の声。

「永瀬先生、残り40分です」

 そして対局室の外からは、カラスの鳴く声が聞こえてきました。

「永瀬先生、残り25分です」

 その声を聞いたあと、永瀬挑戦者は自陣に金を打って受けます。そのあとで一つため息をついたのは、苦しさを感じているからでしょうか。しかしここからの受けは渡辺王将の意表を突くものでした。

 渡辺王将にとってはここで残り1時間9分残っていたことが幸いしました。もちろんそれは偶然のことではなく、戦略に基づいてのことです。

「渡辺先生、残り50分です」

 その声を聞いて1分後、渡辺王将は金を取りながら永瀬玉に詰めろをかけます。

 永瀬挑戦者も相手が考えている間に読んでいたのでしょう。すぐに銀を打ってしのぎます。

 ここでまた渡辺王将は考えます。ソフトが示す評価値からすれば渡辺王将勝勢。しかし永瀬玉はそう簡単には寄りません。ここでまた渡辺王将は時間を使って考えます。残り時間は次第に接近してきました。

渡辺「寄せ方おかしかったですか?」

 渡辺王将は感想戦でそう尋ねていました。しかし本譜の順で間違いはなかったようです。

 渡辺王将は自玉が詰まない一手の余裕をいかして華麗なフィニッシュに入ります。飛車を切って銀と刺し違え、その銀を打って上から押していき、さらにはその銀を捨てます。

渡辺「一応それで自玉が詰まないなら勝ちなんじゃないかとは思ってやってたんですけど。ただ駒をいっぱい渡す順なんで。もともとはそういう予定じゃなかったんですけど、ちょっと他がわかんなくなってしまったんで」

 永瀬挑戦者は残り10分を切って、秒読みが始まりました。コロナ禍の現在。秒を読む伊藤四段の前にはアクリル板が置かれました。

 永瀬玉は上、右、左から渡辺王将の攻め駒に包囲されます。勝ち将棋、鬼のごとし。二十数手前、飛車を取ってそっぽにいった銀も寄せにはたらいてきました。そして「成」ではなく「不成」で入ったことで、打ち歩詰めの変化も回避されています。

「残り9分です」

 残り時間が削られていく声を聞きながら、永瀬挑戦者は盤面を見つめ続けます。

 永瀬挑戦者はジャケットを着ました。攻防ともに手段が尽きて、投了前に身支度をしているのではないか。観戦している筆者にはそう思われました。

「残り3分です」

 120手目。永瀬王座は銀を打ち捨てて渡辺玉に王手をかけました。

 これはいったい、どういう意図なのか・・・?

 無意味な思い出王手? しかし上級者がそんなことをするはずがありません。

 永瀬挑戦者はさらに金を打って王手をします。

 なんと驚くべきことに、渡辺玉は受け間違えると、たちまち頓死する筋があります。将棋は強者を相手に勝ち切るまでが本当に難しい。それを思い知らされるような場面です。

渡辺「寄せにいって、一応自分の方は詰まないと思ってたんで。勝ちだろうとは思ってやってたんですけど。ただ、駒渡してるんで、頓死する可能性は恐れてはいましたけど」

 125手目。王手で打たれた金を飛車で取れば大頓死。渡辺王将は最後の罠を見破りました。残り26分のうち3分を使い、正確に桂で取りました。

 残り3分の永瀬王将。2分を使って時間を使い切りました。そして次の手を指さず、深々と頭を下げ、投了を告げました。

 渡辺王将は防衛に向け、幸先のよいスタートを切りました。

渡辺「始まったばかりなので。対局は久しぶりだったんですけど、まあそれなりにやれたんで。またここから調子を上げていければいいかなと思います」

 近年の王将戦では恒例となっている掛川対局。渡辺王将は6戦して全勝です。

渡辺「そういうふうにかたよってますけど・・・。ある程度、3つ4つと勝っていくと得意なんじゃないかと思うところもあって。そういうのがいい結果になってるかもしれないですけど(笑)。基本的にはあんまり、理由はないかなと思いますけど」

 縁起をかつがない合理主義者の渡辺王将らしい分析でした。恒例の勝者撮影では、どのような新手が見られるのでしょうか。

 一方の永瀬挑戦者。

永瀬「よくなった局面は少なくともなかったと思うので。互角の局面があればそれをキープしたかったような気がします。難しい局面を作れなかったので、次から作れるようにしたいと思います」

 両者の通算対戦成績は、渡辺11勝、永瀬3勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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